実家を勘当された落ちこぼれ無能聖女、うっかり人助けして王子様に求婚される
「セイ、お前のような穀潰しは勘当だ!!
今すぐこの家から出ていけ!!
ジークフリートの家名を名乗ることも許さない、肝に銘じておけ!!」
そう叫ぶ父を、私は妙に冷静に見つめていた。
母と妹も嘲笑を浮かべている。
遅かれ早かれ、こうなることは予想出来ていた。
「なんだ、その目は!?」
父の手が振りあげられ、気づいた時には私の頬を叩いていた。
勢いあまって、私は吹き飛ばされるようにして倒れる。
痛かった。
でも、これは私が悪いのだ。
私が、無能として生まれてきたから。
だから、全て私が悪いのだ。
でも、それでも……。
私は打たれた頬を押さえつつ、それでもなんとか体を起こし、立ち上がる。
そして、精一杯の礼儀を両親へ示した。
「お父様、お母様。
ここまで育てていただき、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。
事実だった。
こうして折檻されることは多かった。
でも、彼らは私の命を奪うことだけはしなかった。
たしかに生まれながら、次期大聖女候補として期待された優秀な妹との扱いの差は大きかった。
着るもの、食べるもの、勉学、教養。
私には奴隷と同じだから、着るものと食べるものは奴隷と同じもの、勉学と教養は何一つ与えられなかった。
一方、妹のメアリには最上級のものが与えられていた。
ことある事に比べられ、それでも私は仕方ないと思っていた。
同時に、そんな優秀な妹がいることが誇らしくもあり、恥ずかしくもあった。
私なんか早く捨てればいいのに。
そう何度も考えた。
実際、妹もなんどもそれを両親に訴えていた。
『こんな穀潰し、早く家から追い出して!!』
『こんなのが姉だなんて嫌!!』
でも、それが無理だとわかると、私への態度が両親以上に厳しいものになっていった。
なにせ、扱いが奴隷以下だ。
みすぼらしく、水浴びも満足に出来ていないことも多い。
『やめて近づかないで!垢がつくでしょ、シッシッ』
『普通、自分から出ていくでしょ?
ほんと、考える頭がない馬鹿は理解力が低くて嫌ね』
妹からの言葉は痛かった。
でも、事実だった。
私は馬鹿だ。
考える頭もなにもない。
理解力が低いのはその通りだった。
それでも精一杯、この家の掃除は頑張ってきたつもりだ。
この家を掃除することだけを、命じられていたからだ。
それしか出来ない、と両親は理解していたのだ。
しかし、それも満足してもらえなかった。
というのも、メアリがいるだけでこの家、そして敷地内は聖地のように清浄な場所となっていたからだ。
聖女の持つ魔力による効果だった。
私が掃除をすると逆に穢れる、両親、妹、そしてこの家で働くもの達から常々言われていた。
それでも、この仕事を任せていたのは穀潰しでもなんとか使おうとした結果だろう。
でも、実家に迷惑をかけるのも今日までだ。
私が居なくなれば、この家はもっともっと繁栄するにちがいないのだから。
本来なら持って生まれるはずの魔力はゼロ。
五歳の時の儀式で判明した。
職業こそ、十五歳の成人の儀で【聖女】を神から与えられたが、魔力が無いなら意味がない。
私が成人となったから、両親は私を育てる義務も無くなった。
つまり、この家に置いておく理由が消失したのだ。
だからこその、勘当だった。
私は身一つで、外に放り出された。
もともと持ち物なんてなかった。
せいぜい纏っているボロ服と、予備のボロ服くらいだ。
せめてもの情けなのか、ボロ服を入れるボロ鞄を渡された。
私の実家は、代々【大聖女】を輩出してきた名家だ。
そのため家自体もとても立派だ。
お屋敷、と呼ぶにふさわしいほどに大きくて立派な家だ。
私は門の外へ、衛兵達に蹴られて転がされた。
それでも最後に、深々と頭を下げてその場から去った。
これからどうしよう。
外の世界なんて知らない。
待っているのは、おそらく死だ。
そんなのわかっている。
大聖女の住まう大神殿に行けば、施しくらいウケられるだろうか。
いいや、ダメだ。
大神殿には妹も次期大聖女候補として、お勤めがあり足を運んでいる。
鉢合わせするわけにはいかない。
実家に、迷惑がかかるのは目に見えている。
せめて、だれにも見つからないところで終わろう。
そう考えた。
そうしてフラフラと人目を避け、なるべく裏路地を移動した。
最後を迎えるのは、街の外のほうがいいだろう。
魔物か野生動物が、死んだ後のあとしまつをしてくれるはずだ。
そうして街を出ようとしたが、ここでは逆に衛兵に『許可なく出るな』と叱られてしまった。
「どうしよう」
奴隷の脱走だと思われてしまったが、すぐにただの浮浪者だとわかってもらえた。
「とにかく、許可なく出るのは許されてないんだ。
シッシッ、さっさとここから離れろ」
「で、でも、どこに行っていいのかわからなくて。
私はどこに行けば??」
「はあ?!
そんなの知るか!!
仕事の邪魔なんだよ、臭ぇし、さっさと失せろ!!」
「ご、ごめんなさい!!」
私は裏路地に逃げ込んだ。
そのまま、どこともしれない建物を背に蹲る。
いつの間にか、父に叩かれ腫れていた頬の痛みが消えていた。
というか、腫れも引いている。
それにしても、せめて、だれにも迷惑をかけない場所で最後を迎えたかっただけなのに。
どれくらいそうしていただろうか。
近くで、キィ、という扉が開く音がした。
続いて、
「ん?」
という、男性の声。
「うわぁ、マジか」
その声にゆるゆると顔を上げる。
前髪で目を隠した青年が立っていた。
同時に、とてもいい匂いが青年が出てきた扉の向こうから漂ってきた。
ぐぅきゅるるるる~、と私の腹の虫が鳴る。
それを聞いて、ガシガシと面倒くさそうに青年が頭を搔く。
「どうにも、ダメだなぁ」
と、青年が呟いたかと思うと、私に声をかけてきた。
「おい、えーと、お嬢ちゃん??」
「はい?」
「ちょっと、そのまま待ってな」
「はぁ……?」
そう言って、扉の中に戻ったかと思うとすぐに戻ってきた。
手には、やわらかそうなパンがあった。
それも二つ。
「ほら、食べな。
お腹減ってるんだろ??」
「え、え??」
戸惑う私に、青年が無理やりパンを渡してくる。
私の体は正直で、パンを受け取るとガツガツとはしたなく食べはじめてしまった。
「よく噛んで食べろよ。
美味いか?」
「ぷまいです」
「そうかそうか」
そうして、あっという間にパンを食べ終わると、今度は青年に建物の中へと案内された。
そこは街の食堂だったらしい。
「アレ~??
再出勤??」
と、厨房にいた別の人に話しかけられた。
女の子だった。
私と同じくらいか、もう少し上くらいの真っ白い髪と赤い瞳をした女の子。
「ハル店長、違う違う。
外にいたんだ。
お腹すいてるっぽかったし、訳ありっぽいしってことで保護したの」
ハル、というのが女の子の名前らしい。
青年の説明に、ハルさんは納得したらしい。
「じゃあ、シャワー使う感じ??」
「そうそう、今なら大丈夫でしょ?」
青年とハルさんがそんな会話を交わしたかと思うと、さらに建物の奥へと私を連れていく。
「あ、あの」
「ん、あぁ、俺の名前はミッドウィンター・ベルウッド。
ベルって呼ばれてる」
「は、はぁ。
あ、私はセイです」
「セイな、よろしく」
そして連れてこられたのは、浴室だった。
実家のものより狭いが、それでも湯船があってシャワーまで設置されている。
湯船には、今は湯はないのでシャワーだけ使うよう一方的に言われてしまう。
ただの街の食堂にこんな施設があるなんて、もしや貴族御用達の店なのでは??
「使い方はわかるか?」
「あ、はい」
「よし、んじゃ、こっちがシャンプー、こっちがトリートメントな。
こっちがボディソープ」
???
よくわからない言葉が出てきた。
私が首を傾げたからか、ベルさんが説明してくれた。
髪を洗うものと、体を洗うもの、つまり香油らしい。
「着替えは用意しとくから、上がったらそれ着てくれ。
こっちと、今着てるのは洗濯するからそこのカゴに入れること」
「あ、はい」
私は流されるまま、シャワーを使わせてもらった。
言われた通りにいつの間にか用意されていた服に着替える。
下着まで新品の物が用意されていた。
……あとで高額な金品を要求されるやつだ、これ。
もしくは、身売りされるのかもしれない。
飲食店に見えて、実は奴隷商の店なのかも。
そこまで考えて、でも他に行くところもないのだ。
身売りされるなら行き場所に困らない。
なら、好都合だ。
私は着替えを終え、事前説明されていた道具で髪を乾かした。
脱衣場には、大きな鏡付きの洗面台まで設置されていて、ますますここはなんの店なんだろうと思った。
奴隷商かもと思ったが、もしかしたら女性が体を売る店なのかもしれない。
だから、こんなに設備が整っているし、食事を提供するから厨房もあるのかもしれない。
しかし、どちらにせよ身売りすることには変わらない。
私は髪を乾かし終えると、脱衣場を出た。
するとベルさんが待っていてくれて、今度は客席へと案内された。
他にもお客さんがいたので、一番隅っこの席へと連れていかれ座らせられた。
ベルさんとは、テーブルを挟んで向かい合う。
「さて、と。
なんであそこにいたか聞いてもいいか?」
私は、掻い摘んで説明した。
嘘を言っても仕方ないので、正直に説明した。
実家のこと。
実家は名家だけれど、私にはその一族でいる資格がなく勘当されたこと。
資格が無い理由を全て話した。
「そっかー、あの大きなお屋敷の娘さんだったのかー。
でも、家をおいだされちゃった、と」
「はい」
「それで街の外にも出れず、行くあてもなくて途方にくれてこの店の裏口にいた、と」
「はい」
「なるほどなるほど。
じゃあ、ここで働いて貰うことってできる?」
「はい」
ん???
「え?」
「実は、主戦力だったベテランアルバイト達が諸事情で辞めちゃってね。
募集してたんだよ。
仕事内容は料理を運んだり、お客さんから注文をきいて料理を作る人に伝えることと、あとは店の掃除やお買い物ってところかな。
見てわかると思うけど、ここ飲食店だからね。
ゆくゆくは調理も担当してもらうことになるけど」
「で、でも、私、貧乏で」
「え、売上盗む予定とか立ててる?」
「い、いえ、そんなことは」
「じゃ、いいじゃん」
「で、でも、私、読み書きも出来ないし。
教養もないし。
働いたこともなくて」
「大丈夫、大丈夫。
読み書きとかは教えるから。
それに実家で掃除してたんなら、まずは店の掃除から始めてもらえばいいし」
「で、でも、わたしは……」
何の役にも立たない、馬鹿だから。
そう続けようとしたけれど、ベルさんは笑みを浮かべて、私より先に言葉を続けた。
「こうして会話が出来て、自分の言葉で意志を伝えられてる。
だから、大丈夫だよ。
仕事はちょっとずつ覚えていけばいい。
誰だって、最初からできるわけじゃないんだから。
大丈夫大丈夫」
あっけらかんと言われた【大丈夫】という言葉に、込み上げてくるものがあった。
視界が歪んで、気づけば涙を流していた。
こんなに優しくして貰ったのは初めてだった。
こうして、私はこのお店【シリウス】でお世話になることとなった。
ちなみに住み込みで、三食の賄いとおやつ付きである。
お店の二階が住宅になっていて、店長のハルさんが今は一人で住んでいるらしい。
けれど、私のような住み込みの従業員を雇うために部屋数はあるとの事だ。
ちなみに、ベルさんは副店長代理らしい。
歳は二十二歳とのことだ。
姉が一人いるらしい。
ベルさん自身は一人暮らしとのことだった。
そうしてあっという間に、月日は流れ、気づくとお店の世話になって半年が経過した。
最初は不安だらけだった仕事も、ベルさんや店長、他の先輩達に教えて貰ってなんとか覚えることが出来た。
読み書きに計算、礼儀作法まで教えて貰えた。
「やっぱり、セイちゃんが来てからお店が綺麗になったよねぇ」
ある日のこと、常連さんにそんなことを言われてしまった。
それを聞いていた先輩達も、うんうんと頷く。
「わかる~」
「実家で掃除の手伝いしてたからだよねぇ」
「私の部屋も掃除してほしい」
「あんたは、まず自分で汚部屋を綺麗にしなさいよ」
別に特別なことは何もしていない。
実家にいた時のように時折見かける黒いモヤを払っているだけだ。
その後にふつうに拭いたりはいたりしてるだけだ。
「んー、やっぱり皆もそう思う??」
と、そこにハル店長まで会話に参加してきた。
ハル店長は、私より二つ上の十七歳らしいが、店を切り盛りしていることもあってずっと大人である。
ハル店長は、私の顔をジィっと見つめる。
「ベルも言ってたんだけれど、もしかしてセイには魔力があるんじゃないかって」
ハル店長の言葉に、私は苦笑して手をパタパタ振ってその可能性を否定する。
「そんなことは有り得ないですよ」
「そうかなぁ」
ハル店長は納得はしていなかったが、深く追求する気も無かったらしい。
この話題は、そこで一旦終わったのだった。
さらに数日後。
その日、私はハル店長に頼まれて食材の買い出しに来ていた。
その帰り道の事だった。
「大聖女様含め、聖女様たちはお前のような輩に施しなどしない!!」
どうしても大神殿の前を通らざるをえず、足早に通り過ぎようとしていた時に、そんな声が聞こえてきた。
見れば、大神殿の門番が人間を蹴り出しているところだった。
「そ、そんな、せめて、はなしを……。
おねがいです、おれは……」
蹴り出された人は、全身包帯でぐるぐる巻きになっている。
声からして、まだ若い。
私やハル店長くらいの年頃の少年だろうか。
弱々しく門番への腕をのばし、懇願しようとするが腹を蹴りあげられそのまま放置されてしまった。
「死ぬなら、よそに行って死にな」
心無い言葉を門番は叩きつけるだけだった。
その光景に、半年前の私を思い出した。
そして気づいたら、私はその人へ声をかけていた。
「あの、肩をお貸ししますので移動しましょう」
そのまま、少し移動する。
なんとか人気のない場所までやってくると、持たされていた水筒から水をわけてやる。
少年はゴクゴクと美味しそうに水を飲み干した。
「ありがとう」
「いいえ、困った時はお互い様ですから」
顔と口以外は包帯だらけだ。
と、少年は自身の包帯だらけの手を見つめる。
驚いているらしい。
「あの、どうかしましたか?」
「そんな、まさか?!」
私の問いには答えず、少年は手の包帯を解き始める。
現れたのは、普通の手だ。腕だ。
まさかまさか、と狼狽えて少年はもう片方の手と腕の包帯を取り払う。
それから、信じられないものを見る目で私を見た。
「君は、いったい」
少年の言葉の途中で、大神殿の鐘が鳴り響いた。
午後三時を告げる鐘である。
「あ!お店に帰らないと!!」
午後五時までに、客席の掃除をしなければならないのだ。
慌てて帰ろうとする私の手を少年は掴んでくる。
「ま、まって、君、名前は?!」
「あ、私、セイって言います!
それじゃ!!」
少年の手を振り払って、私は店へかける。
今日は、ベルさんも夜からお店に入っているのだ。
ベルさんと一緒に仕事をするのが、最近の楽しみになっていた。
そんなこんなで、さらに日々はすぎていった。
そして、その日は唐突におとずれた。
店の前に、隣国の王族の紋章が描かれた馬車が停まったかと思ったら、騎士を伴ってあの少年が店にやって来たのだ。
対応はハル店長がしたのだが、どうやら少年は隣国の王子様で、私に用があるということがわかった。
他のお客さん達には、いったん店から出てもらった。
その代わり、外で先輩たちが飲み物を無料サービスすることで対応した。
ハル店長とベルさんを同席させてもらって、私は王子様から先日のことについて説明を受けた。
なんでも、自国で反王政派の人達からタチの悪い呪いを受けたらしい。
それは、全身にアザとして浮かび上がり、やがて対象者を絞め殺す呪いだったらしい。
強力な呪いで、この国の大聖女様でしか対処できないものだったらしい。
そのため彼は独りお忍びでこの国にやって来て、大聖女様に呪いを解いて貰おうとしたのだ。
しかし、それは叶わなかった。
まぁそれを、あの日、たまたま通りかかった私が何故か解いてしまったというのだ。
「ま、まってください!
なにかの間違い、いえ、勘違いです!
私はたしかに【聖女】の職を与えられていますが、魔力ゼロの能無しなんです」
必死にそう説明すると、王子様は信じられないとばかりにハル店長とベルさんを見た。
二人は、アイコンタクトを取り合うとベルさんが私のことを説明してくれた。
そして、
「しかし、彼女の能力について不可解なことがあるのも事実なんです。
それで、再調査をしてはどうかと提案しようとしていたところなのです」
「え、そうだったんですか?」
ベルさんは頷いた。
ハル店長も頷いた。
二人は、それぞれ私が店に来てから起きた事象について説明した。
私がお冷を出したお客さんの持病が完治したとか、しばらく入院予定だった人が急に元気になったとか。
私が店の掃除をするようになって、まるで神聖な場所と同じように、店が神気を帯びるようになったのだとか。
王子様は真剣にそれらの話を聞いて、やがてこう結論づけた。
「セイさん、貴女には魔力があります。
それも、大聖女になりうる程の魔力が」
「そ、そんな、そんなはず」
無い、と思う。
無い、はずだった。
「おかげで、俺は助かりました。
貴女は俺の命の恩人なのです。
その魔力と優しさを見込んでのおねがいです。
どうか、俺の伴侶となってくれませんか?
店長どのたちのお話を聞いて、貴方があのジークフリート家の血筋であることもわかりましたし。
そういった意味でも申し分ありません。
お願いします、俺と結婚してください。
不自由はさせません。
幸せにすると、誓います。
今度は俺が貴方をまもります、ですから、どうかお願いします」
私はどう答えていいかわからず、ベルさんを見た。
私をこの職場に採用してくれた人を見た。
きっと、辞められると困る、と反対してくれると思った。
「す、すごいじゃん!!
どうするの?
受けるの??」
と、そんな反応をされてしまった。
何故か、胸がズキっとした。
「え、いえ、その」
「俺は受けた方がいいと思うなー。
こんな熱烈に告白されることなんてないと思うし」
私は、ハル店長へ視線をやる。
「まぁ、セイの人生だし。
自分のことなんだから、自分で決めな」
ハル店長はいつものように言ってくる。
断れるわけなんてないのだ。
相手は王子様で、私は、勘当された身だ。
胸の痛みを無視する。
やっと必要とされたのだ。
それも、まだちゃんと調べていないけど、あれだけ欲しがっていた魔力があることもわかった。
喜ぶべきなのだ。
これは、喜んでいいことなのだ。
「わかりました。
この話、お受けします」
言い切って、気づいた。
あぁ、わたし、本当はベルさんのことが好きだったんだ。
たぶん、初恋だった。
伝える前に散ってしまう恋もあるのだと、初めて知った。
王子様はとても喜んでくれた。
この人もきっといい人だ。
わざわざ、能力目的でも私のためにお店にまで来てくれたのだ。
これからは、この人の為に働こう。
そして、恋をするかはわからないけど、でも愛せるように頑張ろう。
せっかく、私を選んでくれたのだ。
せめて、がっかりさせないようにしよう。
こうして、私の新しい人生がはじまったのだった。
それからしばらくして、実家が大神殿を謀っていたと判明した。
なんでも、次期大聖女とまで謳われた妹には、そこまでの魔力はなく、諸々の捏造と証明書類の偽造が疑われ、やがてそれらが確定した。
両親と妹は光の届かない大罪人のための牢獄に収監され、家に勤めていた者たちは国外追放処分となったことを、ハル店長が手紙で教えてくれた。
家族のことは好きだった。
なんとかしたいと考えたが、私はこの時既に他国へ嫁いでおり、すでに他人となっていた。
私が動けば、新しい家族となった王子に迷惑がかかる。
なによりも、あの人たちは私が動いて助けようものならきっと怒るにちがいない。
父は、今度こそ平手打ちだけでは済まないかもしれない。
それを知っているから、予想できてしまうから、そしてなによりも私を選んでくれた王子様のためにも、何もしないことにした。
私は、今を大切にする。
そう決めたのだ。




