身内びいきの妹自慢はほどほどにしてくださいませとお願いしておりましたのに。
「お前がアリアローネ・ライレンバッハか」
国内の貴族が入学を強制される──というより、卒業の資格を取らなければ国内で貴族と認められない王立貴族学園の入学式が終わり、指定された教室へ移動するよう促される左右に合わせて立ち上がったアリアローネは、真正面から掛けられたぶしつけな呼びかけに足を止め、ことさらゆっくりと顔を上げた。
数人の取り巻きに囲まれて立っていたのは、この国の第三王子バルフォリオ・ド・セネルリーゼ。きらめく金色の髪と青い目、はっと目を引くほどに整った顔立ちで、すらりと背が高い。身長はアリアローネより頭一つ以上高いので、期待外れだと蔑むような視線が物理的に見下げている。
「第三王子殿下にご挨拶いたします。ライレンバッハが第六子、アリアローネでございます」
紺色の装飾のないシンプルなワンピース姿のアリアローネは静かに礼をとる。
「辺境の者たちがライレンバッハの先祖返りと絶賛する末娘がどんなものかと思えば」
明らかな侮蔑を含んだ言葉と、視線。それを受けてアリアローネはこてんと首を傾げた。
「まぁ 日ごろから兄姉には身内びいきの妹自慢はほどほどにしてくださいませとお願いしておりましたのに。お耳汚しのほど、失礼いたしました」
片手を頬にあて、ほんの少し眉を下げて、アリアローネが困ったように笑う。
アリアローネには3人の兄と2人の姉がいる。
第二子である次兄は学に優れ、現在宰相府で最年少の宰相補佐に抜擢。
第三子である長姉は美しく社交に優れ、王家の血筋を汲む公爵家に嫁ぎ、王太子妃の相談役として出仕。
第四子である次姉は魔法の才があり、魔法省でトップ3に入る実力者。
第五子である三兄は武に優れ、昨年学園を卒業して入った王立騎士団の注目株。
おそらくこの4人が、ことあるごとにアリアローネを絶賛しているのだろう。彼らのアリアローネびいきは、とにかく強い。
長兄は文武、魔力全てに秀で引く手あまただったが、辺境領を継ぐため領地におり、一男三女の父である。
この兄姉5人とも、とんでもなく容姿に優れているのだ。皆美しく濃い金髪、深い緑の瞳。瞬きをすれば風が起こるような長く密なまつ毛。しっかりと整った鼻筋。唇は個々に違うが、とにかく美男美女ぞろいの顔面偏差値の高さ。頭も性格もよく体力があり声まで美しい。
領地で自領の騎士団と訓練を欠かさない長兄はもとより、普段文官として働いている次兄も体を鍛えておりがっしりとした美丈夫だし、日々鍛えている三兄は言わずもがな。姉たちは豊かに広がる巻き毛で、体つきは出るところが出て、キュッとくびれたウエストの持ち主。
ライレンバッハが揃うと国が傾くのではといわれるほどの美形ぞろいなのだ。
そして、当のアリアローネといえば。
腰まで届くまっすぐな黒髪は毛先が緩く巻かれて学生らしくハーフアップでまとめられている。
紫紺の瞳は大きすぎず小さすぎず、くるりとカールしているまつ毛は長くも短くもなく、また多くも少なくもない。
鼻筋は通っているが、これまた高くも低くもない、大きすぎず小さすぎない鼻。鼻の穴が見えるほど上を向いているわけでも、横にべったりと広がったりはないが、それゆえに特筆するほどのことがない。
そして、大きくもなければ小さくもない、厚くもなければ薄くもない、おそらく軽く紅を引いた唇。
指をさして笑うほどに悪くはないが、パッと見て印象が残りづらいどちらかというと薄い顔立ち。
身長はこの国の貴族の平均を下回り、まだ10歳ほどだと言われても納得してしまうくらい低く、体は全体的に薄っぺらい。
入学式に参加している同年の女子と比べても、かなりの発達不足な体つき。
兄姉たちを基本とするなら相当に、貧相であることは否めない。
また、アリアローネはこれまで一切、王都で行われる未成年の社交──母や姉に連れられて同門や彼女らの友人間で行われる茶会──に参加したことがない。
兄姉たちが絶賛する末妹は、果たしてどんな美人なのかと王都では噂され、アリアローネが入学する今年、みなかなりの期待していた。のだが。
「全く。小さすぎて制服も間に合わなかったと見える。それともなにか? 自分だけ特別だとでも言いたくてそんな恰好をしてこの場に臨んだのか?」
嘲りを含んだ王子の言葉に、アリアローネはますます困ったような顔で一つ溜息をこぼす。
周りでこの寸劇を見ている同級生たちはみなそろいの制服姿だ。男女ともに紺色のブレザー。男子は白のシャツに濃いグレーのスラックス。女子は白のブラウスにくるぶしより少し短い程度のフレアスカート。
そんな中で一人、色目は同じ紺でも私服らしきワンピース姿のアリアローネの存在は、その背の低さも相まって異質に浮いている。
「ああ、申し訳ありません。けれどわたくし、今日をもって学園に来ることはございませんので、わざわざ制服を作る必要がなくて。先ほど殿下がおっしゃったとおり、わたくし、ライレンバッハの先祖返りで、このように容姿が全く違っておりまして、お姉さまたちの制服は、その、寸法が合いませんでしたので……紺でさえあれば私服でも構わないと学園長のお許しは頂いております」
おっとりと弁明した口調のアリアローネに、王子が怪訝に眉を顰める。
そして周囲は、なるほどそれでと、辺境伯家の兄姉たちとアリアローネが全く違う容姿である理由を知った。
「お前はこの学園を卒業しなければこの国の貴族として認められないことを知らないのか?」
「もちろん存じておりますわ。私、すでに全ての教科の卒業試験を終えておりますので、この後学園長より卒業証書を頂いてライレンバッハ領へ戻る予定でございます」
「は!? なっ!! 学園での三年の教育課程を全て、終えた……だと?」
緩やかな笑みを浮かべたアリアローネに、王子が思わずといった様子で大きな声で聞きただす。
「はい。昨年、三兄と一緒に試験を受けまして、全てで合格を頂きました」
「バカなことを申すな! 全てとは、魔力実技なども含むのだぞ。お前は病弱で王都にも来たことがないと聞いているぞ!」
「いえ。王都には毎年来ておりますが? 所用により茶会などには出ておりませんが、別に病弱でもありませんし? 辺境領は辺境故、自分で馬に乗らねば移動もままなりませんし、それなりに魔獣もでますので、幼少より兄姉とともにそれらの対応もしております」
王子が『ハァ!?』と大きな声を上げ、周りも少しどよめいている。
「お前のような子供が魔獣に対応するなど信じられるか!! ここは我が国の最高学府だぞ! 合格するわけがない!! そもそも、一度も通うことなく卒業するなど聞いたことがない!!」
「……と、仰られましても。学園の規定では通学の是非はなく、教師が卒業たる資質を持つと判断すれば三年を待たずともよいとされておりますが?」
王子の顔に、そのような規定など知らぬと書かれているが、その無知を特に指摘することなくアリアローネは笑みを保ち続けている。
「だっ 大体、この学園は入学は容易くとも卒業は難いと言われているほどに高度な魔法能力の証明と学問とを修めねばならぬのだぞ! そもそもお前は俺の婚約者候補なのだろう!?」
「はい?」
アリアローネのしとやかな笑みに、一瞬ヒビが入るが、すぐさま塗り直されたことに王子もその取り巻きも、幸い気付かなかったようだ。
「高度な魔法能力の証明は実技で、さらに論文も提出しています。学問については兄姉の教科書などで学んで、昨年の卒業試験でも十分証明し、短期間ではありますが教師陣との討論、数学と歴史と経済の論文も追加で提出しました。そして、婚約者候補についてですがそのような事実は、ございません」
「何を言う! お前は俺の婚約者になるためにこの年まで婚約者を決めていないのだろうが!?」
王子の言葉に、取り巻きたちがうんうんとうなずいている。
「あの、なぜ、わたくしに婚約者がいないと思っておられるのです?」
「この国の貴族の婚約は国王の承認が必要なのだぞ。お前の婚約の申請はない!」
まだ少年然とした厚みの足りない胸をはり、王子が言いきる。
「ああ『この国の貴族同士の婚姻婚約は、王の裁可を必要とする』という王国法第12条の1項の」
「そうだ!!」
またしても顔に法律の何条とか知らぬと書いてあるので、アリアローネはさらりと打ち返した。
「なぜそのような王国法が定められたか語りたいところではありますが、それは今関係ないのでおいておいて、第12条の2項を、殿下はご存じですか?」
まさか王国法について質問を受けるとは思ってもいなかったのだろう、はくはくと口を開け閉めし、きょろきょろと目をさ迷わせ、目に付いた自分の取り巻きの中でも賢そうな顔をした男子に代わりに答えろと態度で示しているが、取り巻きの男子は高速で首を横に振っている。
「ご存じないようですので説明いたしますと『王家はいつなん時も貴族に対して婚約婚姻を強制してはならない』です」
ずっと変わらぬ笑みのアリアローネが、噛んで含めるようにゆっくりと歌うように王国法第12条2項を諳んじる。
「な!? 別に俺はお前に婚約を強制しているわけではないぞ! ただこの年までほかの貴族家との婚約の届けがないのならば、おそらく俺の婚約者になろうとしているのだと母上が」
「ならば質問を変えますが、第三王子殿下にも婚約者はいらっしゃらないという認識でよろしいですか?」
「お、俺は! 学園で、よき相手を見つけるのだ!!」
「左様ですか。がんばってください」
表情は笑みのまま、アリアローネは至極感情の乗らない声音で返す。
「俺のことはいい! お前こそ! 婚約者のないまま学園にも通わぬならばどうするのだ」
「どうもいたしません。わたくし、すでに婚約者はおりますので」
ざわり。と、周囲の空気が動く。
「は!? な? お前! 国王に無断で婚約するとは! 王国法の何条、とかまで理解しておきながらそれを破るというのか!? いやまさか! まさか平民と?」
「王国法をしっかり理解しておりますので、わたくしは婚約しているのですよ。それと殿下、貴族は平民と婚約できません。12条の第3項です。平民と婚約する場合は貴族籍を抜ける必要がありますので、この学園に入学する資格は消失しますね」
なんなの? どういうこと? といったひそひそと全くひそやかではないやり取りがそこここで行われている。
「まず、先ほど置いておいた第1項ですが、これは遡ること約120年前、とある貴族家が婚姻により結託し資産、兵力を結集し王家転覆を狙ったことにより制定されました。王家にあだなす婚約婚姻は認めないことで、勢力の分散を図るためです。
また、第2項は、逆に王家が貴族家に無理な婚約婚姻を強制し、勢力を過度に分散させることを防ぐことが目的です。
これにより、貴族家においては双方で婚約を整えたのち、王家へ奏上し、裁可を得ます。王子王女との婚約については、貴族家より王家へ打診を行い、精査され、決定となります。ここまでよろしいですか?」
理路整然と流れるように説明して、一旦時間を置くようにアリアローネは笑みを深める。
「でもこの法律、穴というか、どうしてもふさげない道がございまして。セネルリーゼ王国以外の国の貴族とは、セネルリーゼ国王の裁可なしで婚約できるのですよ。さすがに、他国の貴族との婚姻については国王の干渉は外交上の衝突につながりかねませんので」
ふふふ。と肩をすくめるように、楽しくて仕方ないというようにアリアローネは微笑む。
「わたくし、ディーウィル国ハイネンバルグ辺境伯のご子息と、四年前に婚約しておりますの。お隣ですので、この王都に来るより近いのですよ。この学園の卒業資格があればあちらでも貴族籍は持ち続けられるのですが、あちらの魔法学校にある魔道具科に編入することが決まっておりますの。婚約者とも近くに居られますし、今からとても楽しみで」
再度、先ほどより大きなどよめきが広がる。魔法大国ディーウィルの魔法学校は大陸随一といわれている最難関で、この学園で優秀な魔法能力と認められ卒業したとしても合格できるとは言い切れない。
またここで、第三王子がその婚約に難癖をつけることも、王国法を説明したことで封じている。王子は何か言いたい様子だが、言おうとするたびに取り巻きが肩や腕に触れて意識を向けさせ首を横に振り、失言を防いでいる。
さすがに皆、気付き始めた。
ライレンバッハの末娘は、あの優秀な兄姉が自慢げに言う通りの、とても優秀な、少女であるのだと。
「それではみなさま、ごきげんよう。第三王子殿下に置かれましてはよき学園生活をお送りくださいませ」
徹頭徹尾と言いたいところだが一度崩れかけたものの、内面をうかがわせない笑みのまま、アリアローネは優雅に礼を取り、軽い足取りで学園長室を目指した。




