呪いのような愛
短いですが、わりと重要な話です。
リジュは花畑の中にいた。
地上にある、神の住処。神の降り立つ場所。
リジュの目の前には、幼き無垢なる母親が花に埋もれて眠っている。彼女がなにをしようと、何処で眠ろうと、それを妨げる者は存在しない。
「帰るところを、すまないな」
ぼんやり母を見守るリジュの背後から、声がかけられた。
「お気になさらないでください、二番目。貴方の言動は、いつだって僕の事を考えてのことと知っています」
二番目へと振り向いたリジュは、僅かに首を傾けて用向きを尋ねた。
「今日は何かありましたか?」
「……お前の喜ばしい感情が、私の処まで伝わってきた」
リジュは緩く微笑した。
「副官が、僕のこの姿を見て、神将だと気づいてくれました。僕を知りたいと言うので、名を教えて呼んで貰いました。とても、嬉しかった…」
嬉しかったと言いながら、その目を伏せた表情は寂しさに溢れていた。
「その後、何があったのだ。先ほど、お前から不安を感じた」
二番目は、優しくリジュの頭を撫でながら問いかけた。
「何も…、何もありません……。ただ、僕が勝手に不安になっただけです。怖くなっただけ、です」
「何が怖いのだ?」
「……人間は、神を憎むことも嫌いになることもできない……。僕は、人間としても、神将としても、神としても、いずれの時も神の軛から逃れることはできません。人間は誰も僕を嫌いにならない……。そう、作られています…」
「それが恐ろしいか」
「向けられる愛情の、どこまでが本物なのですか!?」
大きな手の平の温もりを頭上に感じながら、吐き出す言葉は止まらなかった。
人間は無条件でリジュに愛情を抱く。例えリジュに手ひどく扱われたとしても、決してリジュを嫌うことはない。
「僕を支えたいと言った、僕を知りたいと言った、彼の感情の何処までが本当で、何処からが強制されたものなのでしょう!? 全て真実か、全て偽物か、それを判断することはできません! だから、だから怖い……!」
リジュは二番目から身を離し、蹲って激しく地を叩きつけた。その際に乱雑に扱われた花々は花弁を散らし、宙をゆるりふわりと舞い落ちる。
こんなにも美しく幻想的な景色の中、体の震えは止まらなかった。
この愛情は呪いに近い。家族の愛、友情、あらゆる人からの愛。その全ての根底に疑いを抱かずにはいられなくなってしまう。
一度考えてしまえば、もう二度と頭から離れなくなると、知っていたからこれまでは見ない振りをしてきたのだ。
「恐れるほど、それほどに、お前は彼に傍にいてほしいと思ったのだな」
二番目は腰を落とし、末の弟の体を抱きしめた。
「でも、そんなこと、思ってはいけない……! だって、彼の想いは偽物かもしれないのに……!」
「だが、本物かもしれない」
「それは誰にも分からない……!」
「そうだ、分からない。ならば、信じるだけだろう」
「…………!」
リジュはしばらくの間、声も出さずに兄の胸を濡らし続けた。
「…………」
「僕は…」
やがて、ぽつりと呟く。
「僕はどうして神なんだろう…」
「五番目…」
リジュは二番目の手を回した。
回した手でぎゅうっと抱きつき、小さな声で囁く。
「僕は、ずっと人間でいたかった……」
リジュの神の血が覚醒してから死ぬまで続く苦悩です。しかも、神だから寿命が長い。ほぼ、永遠の苦しみ。
好意を向けられても、完全に信じることができない。
そういう苦悩は今後も出てくると思います。