絆の芽
作り置きしていた部分がざっくり消えてました。何話分消えてしまったのだろう(泣)
これからは小まめに保存しとこ…。
書き直しているので、今回からは何度かに分けて更新すると思います。
―――薄闇の夢を見ていた。
そこの理はとても自然な状態で
呼び声の持ち主が見知らぬ者であることすら
気にならなくなっていた。
トントントン
―――求めに応えて腕を上げた時、
意識の端を何かが掠った。
ドンドンドンッ
誰かが『オレ』を薄闇から引き剥がした。
ティッカードはある部屋のドアをノックしていた。神将の部屋のドアである。
ドンドンドンッ
幾度ノックしても応答はなく、最早叩くというよりも殴っているかの騒音だった。
まさか倒れているのではないかと思うと気が気ではなかった。
「閣下?」
『まさか』と思っても、あの幼い外見を思い出すと否定しきれない。外見通り本当に幼いのであれば、やせ我慢をしている可能性が否めなかった。
「……閣下……!」
礼を失する事だと理解しているが、試しに扉を押してみると、キィと小さく軋みながら内側へ開いた。鍵は掛っていなかったらしい。鍵の存在を知っていて掛けなかったのか、知らなかったのか、あるいは――掛ける余裕などなかったのだろうか……。
「失礼いたします!」
意を決し薄暗い室内へと足を踏み入れる。眠っている可能性を考慮して、焦る心に反して扉は静かに閉めた。
神将ともなれば城内で一番豪奢な部屋を望む事も出来たというのに、寝室が分かれておらず、控えの間すらない。部屋をぐるりと見渡すほどの広さもなく、程なく目的の人物がバルコニー側の寝台にもたれ掛かっている様子が目に留まった。
身動き一つしないその姿にどきりとし、余分な家具一つとしてない部屋を早足でよぎる。
神将への距離が半分を超えた頃、目の前の姿にふと違和感を覚え、足を止めた。
(誰……だ……?)
いや、この部屋にいる以上神将閣下に間違いはない。それに本人だと『感じる』。それでも疑問を覚えてしまうには理由があった。
神将の身を包んでいた神紋持つ穢れ無き長衣は、街区の子供達が着るような丈の短い簡素な服に変わっていた。黒玉のサークレットは額になく、虹色に輝いていた金の髪はくすんだ金色になっている。
俯いて陰になっているため、顔は分からない。
再度足を踏み出し、ゆっくりと近づいていく。
ティッカードは『彼』の傍らに跪き、触れようとして一瞬ためらった後、優しく前髪をかき上げた。髪質は受けた印象よりも存外柔らかく、指の間をするりと流れ落ちる心地よさに、いつまでもこうしていたいとも思われた。
寝顔は穏やかだった。
(なんとも……あどけない……)
同じ顔だとは思うが、目を瞑っているから本人だと断定は出来ない。印象もかなり異なる。戦場にいた神将は大人びて年齢不詳だったが、『彼』はとても幼く見える。
姫は言っていた。『あの方は幼くていらっしゃる』と。
(御幾つなのだろうか…。…見た目通り……?)
だが、益々神将本人だと思うようになった。
「……閣下」
指先が額に軽く触れた時、ぴくりと瞼が震えた様に見えた。
(瞳が、見たい……)
突如、猛烈に彼の瞳の色を見たいという想いに襲われた。
「閣下…どうか御目覚めください。私に…貴方の瞳を、見せてください……」
反応したのは、どちらだろうか。
額から流れるように落ち、包み込むように頬に触れた手の平の熱か。それとも、耳朶に触れるほどの距離で囁かれた、熱い吐息のような言葉にか。
彼の瞼が大きく震え、うっすらと開かれ始めた。
(ああ……新緑の緑だ……)
目覚めたばかりの彼は視線をしばし彷徨わせ、そしてついにティッカードをその視界に捉えた。
「……ティッカード……?」
その瞬間、ティッカードは知らず笑みを浮かべていた。
「……? あ、れ……? 何でティッカードがオレの家にいるんだ?」
彼は簡単に言うと、寝惚けていたのだ。
自分が城で意識を失ったのだと直ぐには思い出せず、普通に家の自分の部屋で目覚めたと思い込んでいた。そのため己の口でティッカードの名を呼んでおきながら、自分の口調にまで気が回らなかった。
それどころか、呑気にも、
(うわ……、こんな間近で人の顔見たの初めてだ……)
などと思っていた。
「閣下…」
(…………閣下…………?)
とは言え、いつまでも寝惚けている筈がなく、彼も当然覚醒へと導かれた。
「……え!」
ザッと、冷水を浴びたようにはっきりと意識が浮上し、ぎょろぎょろ周囲を見渡した。
「え! オ、オレの部屋じゃない!? 」
慌てて服を叩いたり引っ張ったりして、自分の『私服』を確認している。
「ぇえ!? でもこの服…、ど、どうして……!?」
終いには額に手をやり、サークレットが無い事も確認して泣きそうなほど混乱した。
「落ち着いてください、閣下」
その混乱に釣られることのない静かな呼びかけが、彼の心の荒波を和らげた。
「……ティッカード」
「はい」
「オレの外見、どうなってる…?」
「くすんだ金の髪、緑の瞳。大きくて綺麗な目をされていますね」
「よ、余計な感想はいいってっ」
予想外の攻撃に、彼は頬をうっすらと染めている。
「服装も込めて一言で申しますと、街にいる普通の子供のようです」
「……ティッカード」
「はい」
「オレが、分かるのか?」
「神将閣下であらせられます」
彼はティッカードの目を真っ直ぐに見つめ、どうして分かるのか無言のまま問いかけた。
「当然です。私は貴方の副官ですから」
心に切り込んで来るかのような曇りなき藍色の瞳に、何故かうろたえてしまった。
「私は貴方を知りたい。公私ともに貴方の支えとなりたい。そう思っています」
確固たる絆が築かれるほどの時間を、まだ共にしていない。だけど。
『オレ』が『僕』だと直ぐに気付いた。
『知りたい』とも言った。
『知りたい』と言われた時、心の内がほんのり暖かくなった。
「ティッカード」
「はい」
名を呼んで、応えてもらう。それだけで奥底が温まった。
ならば、反対に名を呼んで貰ったら? 想像するだけで、期待に胸がふわふわする。
「リジュ。オレの名は、リジュ・ウィルス、だ」
ティッカードは驚いてやや目を見開き、そして嬉しそうに顔を綻ばせた。
「リジュ様」
「『様』はいらない。『オレ』は下区で生まれ育った、ただの十四のガキなんだからさ」
「……リ、リジュ」
「ああ」
やっぱり、予想通りだ。呼んでもらうと、ウキウキする。
「そうだ、リジュだよ」
数ある呼び名の中で、最も好きな名だ。
「『理の樹』。父神が与えてくださった、人としての名」
一番多く名乗ってきた、大切な名だ。
リジュは満面の笑みを浮かべた。
ようやく更新できました。
夏は忙しくて…なかなかできません。週一位は更新したいものです。