反動
所々で入る、三行ほどの短い文は、色々な人の想いです。
誰から誰への想いかは表明しませんので、想像してみてください。
「お待ちください、閣下」
城内に用意された私室に入ろうとするリージュを、ティッカードの張り詰めた声が引きとめた。
「なんでしょうか」
「……祝宴に出られない理由は、本当に先ほどの通りなのですか」
戦勝の祝賀会は、長時間人に関わると制約に抵触する危険があると、固辞していた。
「本当です。祝宴に出たがためにペナルティーを受けてしまっては、本末転倒でしょう?」
「……戦場で、お怪我をされたのでは……?」
大げさに目を見開いてみせる。
「傷一つ負っていません。あなたが護ってくれましたから」
わざとらしく身体を動かしてみせるが、疑いの眼差しは消えない。そんな彼の身体の向きを無理やり変えさせて、背中を押し出した。
「ほら、宴会が終わってしまいますから。僕の代わりに楽しんでください」
再び振り向かれる前に、素早く部屋の中へ入ってしまう。
ドアに背を預けてズルズルと座り込み、副官の気配が完全になくなるまで身動きを取らずにじっとしていた。
「意外に鋭いんだな…」
右腕が腹から胸までをさする。
「それに、制約も意外と厳しい…」
この持続する痛みは、契約違反のペナルティーだ。神子以外の神が助力した場合のペナルティーは、本来ならばこの国に対して発生する。それを、リージュは自分に降りかかるように無理やり曲げていた。
しかしあの程度の呪二つに反応するとは、予想外だった。
そもそも神であれば、言葉を発しなくても想うだけで呪は成立するのだ。それをわざわざ呪文を構成してまで用心したというのに。
(慣れよう……)
理の枝から生まれた剣で敵を倒すことには、制約は反応しなかった。だが、この先呪を使わずにいられるとは限らない。
ならば痛みに慣れるしかない。
(大丈夫だ…大丈夫……)
それでもきっと、これは他の神よりも緩い罰なのだ。
どうせ今更やめる訳にはいかないし、やめるつもりもない。何よりリージュはこの為に生まれてきたのだ。
そう、だから慣れるしかない。
(うん…大丈夫…)
共に、と願うきっかけは
きっと、誰も意識せぬほどに
ほんの、ささやかなことなのだろう――。
祝賀会はにぎわっていた。
例え巡回騎士団一つ潰されようとも、闇の軍を追い返す事が出来たのは、この国にとって勝利と言い切れるほどの出来事であったのだ。
しかしその明るい会場の中、ティッカードは顔色を暗く沈めていた。
「どうした? 随分と暗い顔をしているではないか」
祝賀会も中盤に差し掛かろうかという頃、ティッカードに話しかける女性がいた。他の女性たちのように無駄な宝飾は一切身に着けず、それでいて上質な光沢を持つ生地によって、自身の美しさを誰よりも引き立たせている。だが、その口から出てくる言葉は無骨な男のようだ。
「……これは、姫殿下。この目出度き夜に殿下にまみえし…」
「うっとうしい挨拶はいらぬ。それより、いかがした」
「は……」
「気にかかる……か? あの方がここにいらっしゃらない事が。ならばお前はここで何をしている」
「それは」
祝賀会に出ない理由におかしな所はない。なのに気にかかるのは、戦場で見た最後の表情のせいだ。何かを抑えるような、堪えるかのような――。
「ティッカード、あの方のことをどのように聞いている?」
「個人的に神の寵愛を受けていらっしゃるため、神々ほどには契約違反の懲罰を受けずに、授けられし御力を揮うことが可能である、と。さらには神子様同様不老となられている為、外見よりも御年を召されているとも」
「うむ、そのように発表されている」
「『発表されている』?」
それではまるで、真実は別にある、と言っているかのようだ。
「あの方は幼くていらっしゃる」
眉を顰めて問うティッカードに対し、姫将軍は言い聞かせるように話し続ける。
「私では駄目なのだ。あの方は私の知らぬ私の本心を知っておられる。故に、あの方にとって、私は庇護対象でしかない。だがお前は違う」
淋しそうな眼差しだった。
「お前はあの方の副官だ。私がいくら感謝の気持ちを伝え、御恩をお返ししたいと願い出ても、あの方は受け付けてはくれまいが、初めからあの方を補佐する者として目通りしたお前であれば、御傍にあることを許されよう」
「御傍にいたいと願って許されますか」
「言ったであろう。あの方は幼くていらっしゃる、と。あの方は我らを安全な処に置いてでも御守りくださるが、我らが距離をおいてあの方を孤独にすることが正しいと思うか? 御心が傷つかないと?」
ティッカードはすぐにでも神将の元に駆けつけた想いに駆られた。
どうして独りにしてしまったのか。力があるからといって、心が無いわけではないというのに。
あの表情を見時、何か只事ではないと感じた。感じながら神将の言葉に従って、こんな所に一人で来てしまった。
命令に従うだけが副官の役目ではないと、自分は知っていたのに……!
「姫、御前を辞することお許しください……!」
「許すも何も、行けと言っていたつもりなのだがね?」
姫将軍の言葉を最後まで聞いたか聞いていないのか。すぐさま走り去る後姿を、姫は暖かな微笑みを浮かべて見送っていた。
一回のストーリーが、短くなってきてるかも…?
が、がんばって書きます。