闇夜の中で
前書きって、いつも何を書こうか悩みます。
書かなくてもいいんだと、最近気づいたのですが、今更なくしても変かな…と思ったり。
光の民の夜は早い。
城内や騎士団、警備隊などは交代制で夜通し警戒態勢を引いているが、月が頭上に昇る頃にはほとんどの民が眠りについていた。
暗闇は闇の神の支配下にあると、一般的に認識されているからである。
建物から漏れる光がほぼなく、月の淡い光に照らされた道をリジュは二番目と共に歩いていた。
祖父が恐らく心配して起きて待っているだろうと思ってはいたが、兄と共にあるこの静かな時間が心地よく、ゆったりとした歩みを変えることはしなかった。
ずっと人間でいたかった。そう泣いたリジュを、二番目は神として無責任だと責めることはなかった。
悩み苦しむ度、二番目は優しく接してくれる。あからさまな慰めの言葉はないが、落ち着くまで頭を撫でてくれたり抱きしめてくれたりする。
二番目がいなくては、リジュはとっくに駄目になっていただろう。
人間でいたいという心に反して、耐えきれず、人間でい続けることは出来なくなっていたに違いない。
だが、思い悩む都度、二番目の優しい気配に慰められ、心は落ち着いてまだ頑張ろうという気になれるのだった。
「もう大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
黙って横を歩いていた二番目が、街区と下区の境付近で言葉を発した。
「ならば、私はそろそろ……」
「? 二番目、どうかされましたか?」
ふいに声も歩みも止めた二番目に、疑問を投げかける。
「……人の気配だ」
「え……?」
離れた暗い路地裏へ流す、二番目の視線の先を追いかけて見やる。この姿の時の身体能力は人間の物であるため、言われるまで気がつかなかったが、確かにその路地には人がいるようだった。しかし今のままでは人相どころか姿形の判別がつかない。
このような時間にあのような場所にいる。これ程怪しい事はない。どんな人物か確かめるべきだろう。
肉体の隅々に意識を拡散させ、力を行き渡らせる。存在変換するほどの力は必要ない。ただ身体能力を僅かに向上させられれば良かった。
少しずつ視界がクリアになっていき、暗闇に潜む人物の輪郭が鮮明になっていく。一人ではなく二人いるようだ。
「……!」
「どうした、五番目」
二番目は、肩を揺らがした五番目の動揺を見てとった。
「……一人は知り合いです。もう一人は…どこかで見覚えが…」
服装からすると、商人のようだ。ごく最近見たようなきがするが……。
もっと近くでならば思い出すだろうか。
路地の手前に、木箱が幾つか壁に沿うように置かれているのを見つけた。
「二番目はここで待っていてくださいますか」
「構わないが、油断せぬ様に」
「はい」
注意を受けるまでもなく、何があっても対応できるように肉体に力を行き渡らせたままで近づいていく。
わざとらしくならぬよう、注意深く木箱に足を引っ掛けた。
「あっ」
木箱は、大きくはないが、この静かな夜には充分なほどの音を立てた。
「! 誰だい?」
暗闇にいた人物は、突如現れた人の気配に驚き、誰何した。
「あたた…、あれ…? もしかして、おっさん?」
「君は…リジュ君……」
「こんばんは」
いつも通りの印象を与えるように、灰色の髪をした人物へゆるく微笑んでみせる。
「奇遇だな、こんな所で会うなんてさ」
「リジュ君、こんな時間にどうしたんだい…」
時も時だし、場所も場所だ。完全には警戒を解けないようだ。
「オレは仕事帰り。初日だから慣れてなくって、こんな時間になっちゃったんだよ」
明るい声で話しかける。
「おっさんこそ、どうしたの」
「おい……ハズロ、誰だ?」
「あ、ああ…、下区の子でリジュ君と言うんだ」
「はじめまして」
「ふぅ…ん。俺ぁ、行商人のエスタだ。まぁ、よろしく…な」
エスタは商人らしいと言えば商人らしい、リジュをぎらついた目で上から下まで探るように見ていた。やはり昔から知り合いであるハズロよりも警戒心が高い。
リジュはそんなエスタを流し目で見つつ、商人にしては警戒心の異様な高さに違和感を感じていた。
「仲良しなんだ?」
「まあね、放浪師も行商人も命の危険度は同じくらいだから、生きて再会できる相手ってのは少なくてね。お互いに顧客の要望とか、色んな情報を共有してるんだよ」
「今日は俺の暇ぁ持て余してる貴族の客がぁ、放浪師の話を直に聞きてぇってんで、こいつを連れてってやったんさぁ」
「相当退屈だったらしくてね、お陰でこんな時間になってしまったんだよね」
「へえ…」
この辺りでハズロはリジュの態度に戸惑いを覚えたらしい。
「リジュ君、どうかしたのかな? 何だかいつもと違う気がするのだけど……?」
「そう? クス、こんな暗い処で会ったことがないからそう感じるんじゃない?」
(そろそろ潮時かな?)
リジュは現在、普段とは比べ物にならないほど肉体に力を満たしている。人間の範囲を超えていないとはいえ、精神が全く影響を受けないわけではない。
通常時を意識してはいるが、親しい相手には違和感を覚えさせる可能性があった。
「ごめん、じーちゃんが心配してるから、そろそろ帰らなきゃ」
「あ、ああ、そうだね。すまないね、君はまだ子供なのに引きとめて」
「気にすんなって! また話を聞かせてよ。今度は昼間にね!」
「もちろんだよ。まだまだ話してない事は沢山あるから、楽しみにしておいで」
「ありがと! ……エスタさんも」
暗い錆色をした行商人の目を見上げ、口元だけで笑いかけた。
「今度、何か珍しいものがあったら見せてくださいね」
「…………機会があったらなぁ」
「クス……それじゃ」
二人のいた路地裏を追い越し、もう一度振り向いた。
「おやすみなさい」
それは二人への挨拶でもあり、離れた場所で見守っていた兄への挨拶でもあった。
二番目は微かに頷いて、空気へ溶けるように姿を消した。
(明日、確認しないと…)
放浪師、もしくは行商人を招いた貴族が存在しているか、確認しなくてはならない。
親しい人を疑うことは心が痛むが、怪しい者を見て見ぬふりは出来なかった。
どれ程小さな芽であろうと、危険なものは放置する訳にはいかない。
守ると決めたのだから……。
話がなかなか先に進みませんね。
主人公も人から一歩引いた感じなのが、なかなかなくならないし…。
もっと頑張ります!