気づきたくなかった心
あの日を境に、私は先生に会いに行くのをやめた。
また会いに行ってしまったら、また苦しくなるかもしれない。
そう思うと、足が向かなかった。
別に先生が居なくても、私は普段と同じように学校生活を送れると思っていた。
けど、いつものように笑えない。話せない。
――いつの間にか、私は先生が居ないと学校生活を送れなくなっていた。
放課後、私は夏華と並んで帰っていた。
いつもと同じ帰り道なのに、今日はやけに静かだった。
「……ねえ。」
夏華がぽつりと口を開いた。
「最近さ、先生のとこ行ってないよね。」
ドキッとした。
「……まぁ、ちょっと忙しくてさ。」
適当にごまかす。本当は違うのに。
「ふーん。」
夏華は、少しだけ間を空けた。
「てかさ。」
夏華の声のトーンが、少しだけ変わる。
「この前、泣いたでしょ。」
「……え?」
「目、めちゃくちゃ赤かったし。」
バレていた。
何も言えなかった。
「別に、なんでもないよ。」
「……ほんとに?」
夏華は咄嗟に否定した。
「なんでもなくて泣く人、いないでしょ。」
夏華は、あっさり言った。
その言葉がやけに刺さった。
「……先生のことでしょ?」
心臓が、強く鳴った。
「違うってば。」
すぐに否定した。
でも、声が少しだけ弱かった。
夏華は、それを見逃さなかった。
「じゃあなんで、三日間も会えないだけでしんどくなってるの?」
何も言えなかった。
「三日会えなかったくらいで、あんな顔しないよ。」
責めているわけじゃない。
ただ、確かめるみたいな言い方だった。
「……わかんない。」
気づいたら、そう答えていた。
本当に分からなかった。
夏華は、優しい声で言った。
「それってさ。」
夏華は、少しだけ私の方を見て言った。
「”好き”ってことなんじゃないの。」
その言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
――好き。
そんなはずない。
私はすぐにそう思った。
だって、相手は先生だし。
それに、結婚してる。
ただ、話していただけで。
ただ、気になっていただけで。
それだけのはずだったのに。
――じゃあなんで、三日間会えないだけでしんどくなってるの?
夏華の言葉が、また頭の中で響く。
言い返せなかった。
何も、言えなかった。
気づきたくなかった。
この気持ちの正体なんて、知りたくなかった。
でも。
心の中で、何かが静かに認め始めていた。
――ああ、そっか。
私。
先生のこと、好きなんだ。
そう思ってしまった瞬間、胸の奥がじわりと熱くなった。
でも、それと同時に、どこか冷たいものが広がっていくのを感じた。
――どうしよう。
頭の中に浮かんだのは、それだけだった。
好きだと分かってしまった。
いつの間にか私は、既婚者の国語教師に恋をしてしまったのだ。
でも、それでどうすればいいのかなんて、分からなかった。
この気持ちは、どうしたって報われるものじゃない。
そんなこと、考えなくても分かっていたはずなのに。
気づいてしまった今は、どうしようもなく苦しかった。
――知らなければよかった、知りたくなかった。
ふと、そんなことを思ってしまう。
あのまま、”なんとなく気になる”で止まっていれば。
こんな風に、苦しくなることもなかったのに。
隣を歩く夏華の存在が、少しだけ遠く感じた。
何か言われた気がしたけど、うまく頭に入ってこなかった。
私はただ、自分の気持ちでいっぱいだった。
――このままじゃ、だめだ。
そう思った。
これ以上、この気持ちを大きくしたら。
きっと、もっと苦しくなる。
だから。
私は、心の中でひとつ決めた。
――もう、会いに行くのはやめよう。




