揺れ始めた気持ち
あれから夏華とは仲良くなり、一緒に先生の所へ行くようになった。
放課後になると、どちらからともなく声を掛けて、二人で教室を出るのが当たり前になっていた。
「今日も行くの?」
「そりゃ、もちろん!」
「飽きないね~」
「あの人のこと知れるなら飽きもこないよ」
「やっぱり好きなんじゃない?」
「だから違うってば!」
そんなやり取りをして、廊下を並んで歩く。最初は一人で歩いていたのに、今では友達と話しながら歩くようになって、それが少し楽しくなっていた。
今日も先生のことを待ち伏せする。
この一連の動作も、毎日やっていれば慣れるものだ。
先生が教室から出てくる。先生は、こちらを見て、少し呆れた様子でこう言った。
「……また来たのか。」
「今日は二人ですよ!」
「見れば分かるよ。」
相変わらず素っ気ない。でも、ほんの少しだけ表情が和らいだ気がした。
気のせいだろうけど。
そんなある日、ふと思い出した会話があった。
「先生って、きのこの山かたけのこの里、どっちが好きですか?」
「きのこの山。」
「あ、私と一緒ですね。仲間だ!」
「そうなのかぁ。」
それだけのやり取りだったのに、なぜか印象に残った。
あ、そうだ。
「ねぇ、夏華。」
「なに?」
「先生にさ、なんかあげたら反応してくれるかな?」
夏華は少し考えてから、にやっと笑って言った。
「反応してくれるよ。毎日行ってるんだし。」
その日の帰り、私たちはコンビニに寄った。
お菓子売り場の前で立ち止まる。
夏華が不思議そうに聞いてくる。
「何あげるつもりなの?」
「え?きのこの山。」
夏華は、びっくりした表情を浮かべて聞いてくる。
「え!?それでいいの?」
「うん、先生きのこの山派らしいし。」
「あーそうなんだ。だけどさ、せっかくならおつまみもあげたら?先生は大人なんだし。」
「おつまみか……けど、何食べるかわからないじゃん。」
「柚葉なら当てられるっしょ!」
「え~マジかぁ……」
私は最終的に夏華に乗せられ、きのこの山とビーフジャーキーを買った。
放課後、いつも通り先生を待つ。
でも、今日は少しだけ落ち着かなかった。
「先生~」
声を掛けると、先生はいつも通りこちらを見た。
「もうまた来たのか……」
「今日は質問じゃないですよ。」
そう言って、私は袋を差し出した。
「これ、先生に。」
先生は一瞬だけ手を止めた。
「……なんだこれは。」
「前に言ってたので買ってみたんですよ。」
そう言うと、先生は袋の中を覗いた。
そして、少し間が置いてから言った。
「……まさか!」
その声は、いつもより大きかった。
驚いたような、でもどこか嬉しそうな顔をしていた。
そんな表情を見たのは初めてだった。
いつも無愛想で、あまり笑顔も出さなかったのに。
私の胸は少し締めつけられた。
――先生って、そんな顔するんだ。
次の瞬間には、いつもの表情に戻っていた。
そして、先生はいつもの調子で言った。
「……ありがとうな。」
それだけ言って、何事もなかったかのように先生は職員室に戻っていった。
私の頭の中では、先生のあの表情が忘れられずにいた。
たったそれだけのやり取りだったのに、なぜか胸に残った。
理由は分からない。
ただ、いつもと同じはずなのに、少しだけ違って感じた。
――もしかして。
ふと、そんな考えが浮かんだ。
恋愛的に好き、とまではいかない。
でも、ただ先生を見る心情とも少し違う。
なんとなく、応援したくなるような。
もっと知りたくなるような。
悠人先生は、私の中でそんな存在になってしまったのかもしれない。
けれど、その時の私は、その感情にまだ名前を付けなかった。
その日の帰り道、夏華と一緒に帰っていた。
「ねえ。」
「なに?」
「もうさ、好きなんじゃないの?悠人先生のこと。」
「だから違うってば!何回言わせるの?」
「だって、先生を見てる柚葉の目、完全に恋してる目だったよ。」
夏華は笑いながら言った。
多分、恋をしたわけではない。
ただ、悠人先生が私の胸がざわつかせる存在なだけだ。
その時の私は、そう思うしかなかった。




