プロローグ
「奥さんと幸せにね。」
「分かったような口利きやがって」
先生は、少し目を細めて笑った。
それにつられて私も笑った。
「大学でも頑張れよ、じゃあな。」
「うん、バイバイ!」
廊下は静かになった。私は教室へ向かおうとした。だが、足は動かなかった。意図しない涙が溢れてくる。これで良かったんだ。今の私が言えることは全部言ったはずだ。プレゼントの中に入れた手紙にも書いた。それなのに、なんで泣いているのか自分でも理解できなかった。
この三年間、色々なことがあった。
悠人先生に出逢ったこと。
毎日、質問をしに行ったこと。
事あるごとプレゼントをあげたこと。
お返しを貰ったこと。
泣きながら相談したこともあった。
あの半円の休憩スペースでたくさん話もした。
偶然を装って山の下まで一緒に帰ったこともあった。
そしていつの間にか。
――既婚者である悠人先生を恋愛的に好きになってしまった。
正直、先生との日々を挙げるとキリがない。先生は、私たちとの日常を楽しんでくれていたのだろうか。その答えは、最後まで分からなかった。
私は、誕生日プレゼントで先生からもらったワンポイントに桜の花びらがついているピンクのハンカチで涙を拭って、ゆっくり歩き出した。いつまでも廊下に立っているわけにはいかない。親友が教室で待っているのに。
教室の扉を開けると、誰もいないはずの教室に一人、親友の夏華が座っていた。私は何故かほっとした。
「遅かったじゃん……って大丈夫?」
夏華は、すぐ私が泣いていることに気がついた。私は平気なふりをして言った。
「大丈夫だよ、なんでもない。少し泣かされちゃっただけ!」
「最後まであいつに泣かされてるじゃん」
お互いに目を細めて笑った。
けど、私の脳内では平気じゃなかった。ずっと先生の言葉が引っかかっていた。あれが、悠人先生との最後の会話だった。
――三年前の春。私があの先生に初めて会った日から、すべてが始まった。




