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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第六章 修羅姫の初陣

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第53話 歓喜の午後




「んっ……。」



 針葉樹の常緑が作る陽だまりの中、そよ風が木漏れ日と私の髪を揺らしていた。

 右手に持つカップからは、立ちのぼる湯気とともに香りが漂う。

 小指を立てたままそれを唇に運び、目を伏せながら、思わず口元に微笑を浮かべた。



「お嬢様、おかわりは如何ですか?」



 傍らにはヒルダがポットを携えて控えている。

 何も言わなくても伝わる私の称賛に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


 自分で言うのも何だが、なかなか絵になる光景だと思う。

 もし絵画にするなら、題名は『令嬢の麗らかな昼下がり』あたりが妥当だろう。


 ただし、減点ポイントもある。

 私が腰掛けているのは古びた倒木で、使っている品々は実用重視のブリキ製だ


 だが、ここは戦場。優雅さなど必要ない。



「ぜひとも飲みたいところだけど……。その一杯に相応しいのは、私以外にいるようだね」

「まあ、誰ですか? お嬢様を差し置いて」

「くふっ……。私が気づいたんだから、ヒルダはもっと前に気づいていたはずでしょ?」



 正面に目をやると、広がっていたのは優雅さとは正反対の光景だった。

 むさ苦しい男たちが地面に腰を下ろし、薄汚れた服に無精髭を伸ばしたまま、肉やスープをがつがつと貪っている。

 水筒をラッパ飲みし、脂で汚れた手を服で拭うなど、マナーの『マ』の字も感じられない。


 唯一の美点は、食事に夢中で静かであることだけだった。


 遊撃隊の任に就いて五日目。

 昼食の大休憩を取る準備のため、周辺の偵察に向かっていたヒルダが、先行していた他の遊撃隊を発見して戻ってきた。


 彼らは途方に暮れていた。

 朝になると、部隊の半数以上が脱走し、自分たちの食料まで持ち去ってしまい、昨日から何も食べていないのだという。

 もしやと思い、ヒルダに周辺をさらに広く探ってもらうと、別の二部隊が同じような目に遭っていたことが分かった。



『こちらも残りの食料は心許ない』

『あなたたちに渡せば、帰り道の分しか残らない』

『だから、食料を提供する代わりに、私の指揮下に入ること』

『そろそろ森歩きにも飽きたし、奇襲を一度だけ敢行してから帰ろう』



 途方に暮れていた彼らを集め、私は提案した。

 ウォースパイト侯爵家の権威もあって、彼らは素直に私の指揮下に入った。


 しかも、我が国にとっては苦しい戦況も、私たちにとっては都合よく働いていた。

 私たちと出会う前に、彼らの一部隊が街道方面を偵察し、すでに戦況を確認していたのだ。


 サウアラ王国軍は、セベリンの街の最寄りの村を手に入れ、堂々と進軍を開始していた。

 一方、テオが率いるアルビオン帝国軍は、セベリンの街の前に築いた陣地で、敵を迎え撃つ構えを見せている。


 私たちが街道に向かって進んだ地点には、街道を進軍するサウアラ王国軍の長く伸びた隊列、その横腹があった。

 私たちの総勢はわずか47人。サウアラ王国軍に比べ、圧倒的に不利な状況だ。


 しかし、街道を横切ることに成功すれば、先には森が広がる。

 わずか百メートルほど走り抜ければ、少数の私たちでも戦略的に有利な状況になる。森の木々が追撃を阻んでくれるからだ。


 その敵の中団が混乱に陥る一瞬の隙を、テオが見逃すはずない。

 陣地を捨てて総攻撃に打って出れば、アルビオン帝国軍は五分以上に戦えるだろう。その先をどう裁くかは、テオの役目だ。


 あとは、私たちが仕掛けるタイミング次第だった。


 その判断を下したのは、約二時間前のこと。

 偵察を十五分おきに送り出し、次第に焦り始めた仲間たちを落ち着かせるため、夕飯には早かったが、食事を摂らせていた。



「はぁっ、はぁっ! お味方、大苦戦! 総崩れは時間の問題です!」



 枯れ色の藪を掻き分け、息を荒げた男が駆け込んできた。

 食事中だった男たちは慌てて身を引き、道を空ける。額に玉のような汗を浮かべながら、男は私の前で膝をついた。



「ヒルダ」

「はい、お嬢様」



 たちまちざわつき始めた周囲をよそに、私は男に視線をむけたままヒルダを呼んだ。

 ヒルダは空のマグカップに水を注ぎ、男に差し出す。



「ありがとうございます!」



 男はそれを乱暴にひったくると、喉をゴクゴクと鳴らしながら、一気に飲み干した。

 その間に、私は戦況報告で気になった疑問を尋ねた。



「大苦戦なのは分かるけど……。総崩れって、どういうこと?

 川を渡るときに眺めただけの素人目にも、あの陣地は固そうに見えたけど?」

「我が軍は、街と繋がる橋を落とした様子!

 そして、時を置かず、攻勢に転じました! 背水の陣です!」



 続いた戦況報告に、誰もが息を飲み、一瞬後にざわめきが大きく広がった。

 私も思わず立ち上がったが、皆とは驚きの種類が違う。私の場合は、ただの喜びだ。


 そう、私はこれを待っていたのだ。

 あまりの喜びに笑みが抑えきれず、侯爵家の令嬢としてどうかと思いながらも、天を仰ぎ、大口を開けて笑い声を上げた。



「くふっ……。あはっ……。あぁーーっはははははははっ!

 やっぱりな! お前なら、そうすると思っていたよ!

 テオ、お前は馬鹿だよ! 馬鹿! 大馬鹿だ!

 でも、嫌いじゃないぞ! そんなお前の馬鹿さ加減が、私は大好きだ!」



 テオの目論見は明白だった。

 これから東方領は雪深い時期を迎えるため、援軍は間に合わない。


 逆に言えば、セベリンの街が敵の手に落ちれば、サウアラ王国軍は街までの支配権を確立してしまう。


 その結果、春を待てばサウアラ王国は東方領を切り取り放題になる。

 東方領はセベリンの街から裾野を広げる広大な盆地で、生産力重視の国策のため、我がウォースパイト侯爵家領まで大軍を阻む防衛拠点は存在しない。


 だからテオは、持てる兵力を全て使い、両軍の兵力をすり潰す捨て身の戦を選んだ。

 この戦いに勝てず、敵軍の撤退を強いられなくても、春に集結する援軍を少しでも手助けするために、命を投げ出すつもりなのだ。


 わざわざ陣地を築いたのも、そこに罠を仕掛け、混乱するセベリンの街の住民たちをスムーズに避難させる安心感を得るためだろう。


 そもそも、街を挟む川の向こう岸に陣地を築いた時点で、違和感を覚えていた。

 私の期待を裏切らなかったテオと、これから飛び込む激戦の最中に、背筋が歓喜にぞくぞくと震えた。



「変っ……。身!」



 ヒルダを除き、口をポカーンと開け、こちらを呆然と見ている。

 私は握った左手を胸に置き、キーワードを放つ。指輪から輝きが溢れ、光の帯が私を包んだ




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