表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第六章 修羅姫の初陣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/57

第52話 月明かりの誘惑




「おっ!? お嬢、どうした? 眠れないのか?」



 テントから顔を出すと、パキパキと木がはぜる小さな音が聞こえた。

 火の番をしていた男は、背を向けたまま横顔をこちらに向ける。


 彼は盗賊たちの中にいた元貴族、名前は『ロイド』という。

 家を捨てたため、家名も出身も名乗ってはくれなかった。


 しかし、それでは今後、不都合が生じるかもしれない。

 そう考えた私は帝都に移り住んだ際、父から化粧料として与えられた村『メイヨール』の名前を彼に与えた。


 こうして、彼は『ロイド・メイヨール』となった。


 他の盗賊たちも同様だ。

 土下座までして強く望むから、揃って『メイヨール』の出身を与えている。


 ヒルダによれば大盤振る舞いすぎるらしいが、私にはいまいちピンとこなかった。

 軽い気持ちだったが、盗賊たちのような流れ者には、非常に重要な意味を持つのだとか。


 この戦いが済んだら、彼らの戸籍もちゃんと作る予定だ。

 それを告げると、盗賊たちは抱き合って泣くほど喜んだ。


 私としては、この戦いの後も自由になる手駒が欲しかっただけだが、水を差すほど無粋ではない。ヒルダには深々と溜息をつかれたけれど。



「……ヒルダは?」



 テントから身体も出して立ち上がり、辺りをキョロキョロと見渡す。

 だが、お目当てのヒルダの姿は、どこにも見渡らなかった。



「姉御なら周辺の警戒に……。あ、そうか、小便か!」

「えっ!?」

「弱ったな。俺じゃ駄目だし……。我慢できるか?」



 その瞬間、ロイドは勘違いをしたようで、無精髭が生えた顎を右手でさすりながら眉を寄せた。


 確かに、出会って以来、私が用を足す際は、ヒルダは必ず付き添っていた。

 そのせいで、ロイドだけでなく、盗賊たちも私が一人では用を足せないと、完全に信じきっている。

 何度か訂正したものの、彼らは上級貴族のご令嬢はそういうものだと認識しているらしい。


 それでも、それを確かめさせる現場を、まさか見せるなんて有り得ない。

 私は自分の認識を改めさせるのを諦めていた。



「うん、まあ……。」

「じゃあ、火に当たるか? 白湯でも……。って、それも駄目か。余計に近くなるな」



 だから、私はロイドの勘違いに便乗することにした。


 どうせテントに戻っても眠れない。

 それなら、ロイドと雑談でもして過ごすのも悪くないと思った矢先、森の奥に二つの輝きが見えた。


 一瞬、大きく輝いたそれは光を集めて煌めく虹彩だった。



「お嬢様、どうなさったのですっ!? もうとっくに寝たのではっ!?」



 そして、私がそれに気付いたように、ヒルダも私に気づいたのだろう。

 藪をかき分ける音と共に、彼女は血相を変え、大慌てで駆けてきた。



「おお、丁度良かった。お嬢が小便だ」

「ロイド! 『様』を付けろと、何度も言っているでしょ!

 それと、お嬢様は小便などしません! お聖水と言いなさい!」

「なんだ、そりゃ?」

「ははは……。みんな、寝てるんだし、静かにね?」



 街道を大きく迂回して、敵に見つかる可能性は低いとはいえ、私たちは潜伏中である。

 森の静けさに響き渡るヒルダの怒号に、私は思わず顔を引きつらせるしかなかった。




 ******




「ここまで来れば、大丈夫です。さあ、どうぞ」



 ヒルダに腕を引かれ、野営地から随分と離れた藪の中へやってきた。

 パンツを下ろされ、膝を持たれ、背後から抱えられるたび、私はいつも同じことを考える。


 戦場では、女も『立ちション』をするのではなかったのか。

 私が『立ちション』をしたのは、母の肖像画の前で一度きりだけ。


 結局、こうしてヒルダのお世話になっていた。



「どうしましたか? さあ、存分に」



 そんな悩みを抱える私に、ヒルダは焦れたらしい。二度、三度と体を揺すった。

 だが、出ないと言うか、そもそも私はもよおしていない。


 正直に言おう。

 私が眠れなかったのは、もよおしたからでも、戦いを前に気が昂ったからでもない。


 どうにもムラムラしたものが止まらなかったからだ。


 だって、仕方がない。

 ヒルダとの夜を過ごしたのは、温泉旅行の滞在最終日の夜である。もう半月以上も前の話になる。


 それでも、今日までは戦場に急ぐことが最優先で、そんな気持ちなど湧きもしなかった。

 ヒルダも同様だろう。私を求めてくることはなかった。


 しかし、今夜は駄目だ。

 私は現場を見たわけではないが、ヒルダとイザベラさんが熱い時間を過ごしたのを知っている。

 夕方、小川で水浴びを一緒にした時、ヒルダの右内ももにキスマークが付いていたのも確認済みだ。


 嫉妬で心がざわめき、想像が止まらない。

 テントの布一枚隔てた暗闇で、どうしても二人の顔が頭を離れない。

 胸の奥に灯った熱は、息苦しいほどに膨らみ、もう眠りなど訪れるはずもなかった。



 限界だった。



「ね、ねえ……。つ、月を一緒に見ない?」



 だから、二人だけの秘密。私はヒルダを求めるときのサインを送った。

 恥ずかしさに顔を俯かせると、期待を早くも溢れさせた身体が、月明かりを受けて艶めかしく反射していた。

 そのせいで、ますます頬が熱を帯び、耳まで真っ赤になっていくのを自覚してしまう。



「……えっ!?」



 すぐ耳元で、ヒルダが息を呑むのが分かった。

 当然だろう。イザベラさんの元から帰ってきて以来、私はヒルダに冷たく当たり、嫌味ばかり言っていた。


 それこそ、夕食後に『たまには一人で寝たいから、別のテントで休んで』と突き放してもいた。

 それなのに、今になって都合よく彼女を誘惑している。自分のずるさを思うと、胸の奥がひどくむず痒かった。



「イ、イザベラさんにしたのと同じことを……。う、ううん、もっと凄いことを、シて?」

「お任せ下さい!」

「えっ!? えっ!? な、なにっ!? ど、どうしたのっ!?」



 突然、ヒルダが私を抱えたまま走り出した。

 私の髪に、彼女の荒い鼻息が熱を帯びてかかり、くすぐったいほど揺れた。



「お嬢様は声が大きいですからね。もっと離れないと、バレてしまいますよ?」

「ば、ばばば、馬鹿ぁ~……。そ、それはヒルダのせいでしょ?」

「ウフフっ……。お嬢様、可愛いです」



 私たちが野営地に戻ったのは、約二時間後のことだった。

 無論、ロイドは酷く心配して待っていたが、『月を一緒に見ていた』と言い訳しておいた。嘘はついていない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ