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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第六章 修羅姫の初陣

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第51話 満月の下の決意




「んっ……。」



 遠くの森の奥から、フクロウの鳴き声がかすかに聞こえる。

 刈り取った草を敷き詰めた上に張られたテントの中で横たわるも、なかなか寝付けず、肩まで毛布を引き寄せた。


 戦況は、私が想定した以上に切迫していた。


 敵である『サウアラ王国』は国境の砦を奪っただけでは飽き足らず、その勢いのまま進軍を開始。

 後方基地になっているセベリンの街との間に点在する三つの村のうち、すでに二つが敵の手に落ちていた。


 その兵力は約五万。

 しかもこの数字は強行偵察による概算に過ぎず、実際にはさらに多い可能性が高かった。


 一方、我が国の兵力も約五万。

 ただし、その数はあくまで帳簿上の理想値に過ぎなかった。


 国境の砦に駐留していた第五騎士団の一万は、敗退を重ねるごとに数を減らしているだろう。

 また、東方領の領主たちによる連合軍は平時の公称で一万五千を超えるといわれているが、私自身がそうであったように、到着が遅れている者たちも少なくないはずだ。


 無傷なのは、セベリンの街で休暇中だった第五騎士団の五千人。

 さらに、強行軍に次ぐ強行軍を重ね、驚くほどの速さでセベリンの街に到着した、テオが率いる第七騎士団の一万だった。



「ふぅ~~~……。」



 駄目だ。やっぱり眠れない。

 上半身をむくりと起こして、深い溜息を漏らす。


 残念ながら、兄には会えなかった。

 兄は東方領の領主連合軍を率い、敵の進軍を少しでも遅らせるための遅延戦闘に出陣しているとのことだった。


 テオにも会うことは叶わなかった。

 彼はセベリンの街に接する川の対岸で、防御陣地の構築に陣頭指揮を執っており、面会を申し込むどころか門前払いされる始末だった。


 結局、私たちが頼ることのできる存在は、ヒルダの元恋人であるイザベラさんしかいなかった。

 今、語った本来なら機密の情報を教えてくれたのがイザベラさんなら、この戦いにおける私の役目も、イザベラさんから与えられたものになる。


 私たちの役目は遊撃隊。

 国境の砦とセベリンの街を結ぶ山間の街道を使わず、山裾に広がる深き森を縫うように迂回する。


 我々の任務は明快だ。

 敵の後方を攪乱し、補給路と偵察網を掻き乱すこと。


 だが、成果はあまり期待されていない。

 何故なら、危険が大きく、この任務が与えられたのは傭兵ばかりだからだ。


 20人前後が揃い次第、小隊が組まれ、随時出発。明確な進軍路も、目標もない。

 戦勝後の報酬は大きいが、出発前に与えられるのは、ほんの僅かな準備金のみ。



『旗色が悪いんだ。こんなもんか?』

『まあ、貰った分だけ働けばいいさ』

『そうそう、適当にやって、スタコラサッサってな』



 決して、命を張れるような値段ではない。

 私たちが手続きしている間、これから出発しようとする傭兵たちも、この調子だった。


 難点を挙げるとすれば、ウォースパイト侯爵家の者の初陣として、この役目は確実に相応しくないことだ。


 当然、ヒルダは猛烈な不満をイザベラさんへ訴えた。

 唾を飛ばして怒鳴り、ついには『もう二度と自分に声をかけるな』とまで言い放つ。

 イザベラさんはその言葉に耐えきれず、目に大粒の涙を浮かべてしまうほどだった。


 そんなヒルダを宥め、イザベラさんを慰め、この役目を受け入れたのは、他ならぬ私自身だった。



「ブラは……。付けなくても、いっか」



 暗くて狭いテントの中、手探りでスカートを探し当てる。

 今一度寝転んで腰を浮かせ、脚を通して身につけた。


 イザベラさんに連れられて参謀部を訪れると、そこはまさに大混乱の只中だった。

 最前線から退却してくる部隊と、援軍として到着する部隊の戦列を整える作業が同時進行で行われる一方、テオを総大将とする反撃作戦の立案や、最悪の事態に備えた避難計画の調整も進められ、上役も下役も入り乱れていた。


 地図が机の上に広げられ、誰もが声を張り上げて指示を飛ばす。書類は飛び交い、伝令が慌ただしく出入りする。

 まるで作戦会議室というより、混沌の中で必死に火を消す応急処置の現場そのものだった。


 そこに名乗りを挙げて、混乱をさらにかき回すなんて、私にはとてもできなかった。


 それに、恐れてもいた。

 あの混乱の中で名乗りを上げた結果、腫れ物扱いにされてしまい、戦場に加わるどころか、厳重な監視のもと後方に下げられてしまうのではないかと。


 いや、その可能性はきっと高い。

 所詮、私は何の実績も持たない、小娘にすぎないのだから。


 恐らく、兄に会えていたとしても、結果は同じだ。

 顔を合わせたのは一昨年の秋。兄の眼に映る私は、病弱だったあの頃のまま変わっていない。

 これほど敗戦色が濃ければ、私が戦場に立つなど、きっと許してはくれないだろう。


 つまり、今の私を知るテオに会うことこそ、私が正当に戦場に立つための道なのだ。

 しかし、テオはこの戦いの総大将であり、そう簡単に会える相手ではない。


 唯一の知己であるイザベラさんですら、そこまでの権限は持っていない。

 参謀部を訪れることができたのも、ヒルダがあまりに噛みついたせいで、彼女が折れて案内してくれたからに過ぎず、本来なら許されることではなかった。


 実際、イザベラさんは『この忙しい時にどこをほっつき歩いていた!』と、『部外者を勝手に連れて来るな!』と、上司からきつく叱責を受けていた。


 要するに、私に許された選択肢は一つだけだった。

 むしろ、その一つを与えられただけでも幸運といえる。その点については、イザベラさんに感謝しなければならない。


 私たちは休むまもなく、その日の内にセベリンの街を出発した。

 森の中を陽が沈むまで進み、ここが最初の野営地となる。



「ヒルダぁ~~?」



 四つん這いになり、テントの中をもそもそと這い進む。

 重ねられたテント出入口の布地から顔だけを出すと、木々の隙間から満月の光が、まるで木漏れ日のように柔らかな光を落としていた。




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