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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第六章 修羅姫の初陣

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第50話 火花散る再会




「やっぱり、ヒルダお姉様っ!」



 女性騎士がヒルダに駆け寄り、その勢いのままに抱きつく。

 顔をヒルダの胸に埋め、左右にぐりぐりと振り回した。


 しかも、抱きついている右手でヒルダのお尻をもみもみと揉んでいる。


 私は顔を引きつらせ、呆然とその光景を眺めた。

 ヒルダとは知り合いらしいが、どう考えても友情の範疇を超えたスキンシップにしか見えない。


 それに、私は知っている。

 ヒルダに妹はいない。弟がいるだけだ。


 そもそも、女性騎士は人間であり、ヒルダと同じ猫族でもない。

 茶色の瞳を持ち、太い三つ編みの栗色の髪を垂らすその姿は、黒髪碧眼のヒルダと身体的特徴すら重ならない。



「ちょっ!? は、離れなさい! イ、イザベラ!」



 我に返ったヒルダが、慌てて女性騎士の胸に押し付けられた顔を右手で強く押し、抱擁を解こうと身をよじった。



「どうしてですか! やっと会えたのに!

 手紙だって、何度も差し上げたのに、ちっとも返事をくれないし!」



 だが、女性騎士は微動だにせず、離れようとしない。

 ヒルダの腰に回した両手を解こうとせず、頬を目一杯に押されながらも、再びヒルダの胸に顔を埋めようとする。まさに必死の力比べだ。


 そのちょっと愉快になっている顔を見て、私はあることに気付いた。

 私は彼女ほどの天真爛漫さは持っていないが、なんとなく顔立ちが私に似ているような気がした。


 しかし、そんな感想より、ここは往来だ。

 周囲の注目を集めていることもあり、ここはヒルダの主人として、胸に抱いた疑問を解決する必要があった。



「ねえ、ヒルダ? ……その女、だれ?」

「か、彼女は……。」



 口から漏れた声は、自分でも驚くほど平坦で低かった。

 ヒルダがビクッと身体を震わせて固まった。



「あなたこそ、誰ですか! まさか、お姉様! また新しい女ですか!」



 その隙を、女性騎士は見逃さなかった。

 一度私をチラリと見やると、再び顔をヒルダの胸に押し付け、ぐりぐりと擦りつけた。


 さらに今度は、太ももでヒルダの右足を挟み込み、そこにも身体を押し付けて擦りつけている。



「く、口を慎みなさい! わ、私の主人です!」



 ヒルダはギョッと目を見開き、女性騎士を離そうと押すが、さっきほどの力は入っていない。


 もはや、確定的だった。

 ヒルダと女性騎士は、過去に深い関係を持っていたに違いない


 たまに、私はヒルダに求められるまま、淑女の秘密道具を付けて使うことがあった。

 そのため、ヒルダが私と関係を持つ以前から、すでに『経験者』であることを私は知っていた。


 もしかして、女性騎士がヒルダの『初めて』を奪った人物なのだろうか。

 それに、女性騎士は『また新しい女』と言った。『また』とは、他にもいるのだろうか。



「何だ? 痴話喧嘩か?」

「女同士で、か?」

「世の中には、そういう趣味もあるんだよ」



 その過去を否定するつもりはない。

 私がヒルダに語っていない過去があるように、ヒルダにも私に語っていない過去がある。それは当然のことだ。



「とりあえず、騒がしくなってきたから、あっちに行こうか?」



 でも、面白くない。

 私は顔を引きつらせるのを止められなかったし、声にも自然とドスが効いてしまった。




 ******




「お姉様との久々の再会に、嬉しさのあまり無様を晒してしまったことを深くお詫びします。

 私の名は、イザベラ・デ・ダグラス・ロイル。ロイル子爵家の三女にございます。

 いずれ、二人で幸せに暮らしていける資金が貯まり次第、ヒルダお姉様をお迎えに参りますので、お見知りおきを……。」



 イザベラさんは左足を斜め後ろの内側に引き、右足は軽く膝を曲げ、両手でスカートの裾をそっと持ち上げる。

 まるでお手本のような『カーテシー』であり、優雅で、きちんと教育された貴族の所作だ。


 しかし、その最後の言葉には、私は全く頷けない。

 これは、宣戦布告だとしか言いようがない。




「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。

 私はメアリス・デ・リリアン・ウォースパイト。ウォースパイト家の長女にございます」



 当方に迎撃の用意あり。

 私も負けじと、淑女の威信を込めて丁寧なカーテシーで返礼した。



「ヒルダは私の半身……。

 ……というか、ヒルダなしでは、夜が退屈で眠れません。

 ですから、暇を出す予定はありませんので、あしからず」



 もちろん、心の内はどうあれ、口元には微笑みを絶やさず、優雅に振る舞う。



「うふふっ……。」

「あははっ……。」



 イザベラさんも微笑み返し、私たちの間には、まるで火花がバチバチと散るかのような緊張感が走る。

 ここで視線を逸らしたり、笑みを絶やした方が負けだ。



「イザベラ、あなたはここにいなさい! 絶対に、ここを離れるんじゃありません!」



 だが、その緊張が頂点に達しようとした時、ヒルダが私たちの間に一歩踏み出し、待ったをかけた。

 その声音には、慌てと必死さが入り混じっていた。


 そして、イザベラさんの鼻先に人差し指を勢いよく突きつけた。



「はい、ここにいます! お姉様のイザベラは、ここを死守します!」



 イザベラさんは踵を鳴らし、ビシッと敬礼した。



「お嬢様は、こちらへ!」



 その直後、ヒルダは私の腕を力強く取り、ぐいと引き寄せる。

 気づけば、イザベラさんとの間に約5メートルの距離が開いていた。



「何? 何なの? 別に良いよ?

 ヒルダが過去にあの娘とどんな関係があったとしてもさ」



 そう口にしながら視線を向けると、一人だけ蚊帳の外に置かれたイザベラさんは、まるで衛兵のように直立不動で立っていた。

 その姿勢には、決してヒルダの願いを裏切らない、そんな強い想いと決意がにじみ出ていた。


 ヒルダは私の傍を片時もはなれない専属のメイドのため、帝都における知己は限られている。

 だから、イザベラさんとの知己は、ヒルダが帝都を離れ、兵役に従事していた三年間に得たものだろう。


 しかし、平民身分のヒルダは兵士であり、貴族身分のイザベラさんは騎士だ。

 普通に考えたら、イザベラさんがヒルダを従え、ヒルダがイザベラさんに忠誠を捧げる構図になるはずが、二人の場合は逆転している。


 それに、私はちゃんと見ていた。

 ヒルダが指を突きつけた時、その人差し指をイザベラさんがパクリとくわえようとしていたのを。


 それは反射的な行動だったし、ヒルダも慌てて指を引っ込めている。

 イザベラさんの強い想いと決意は、絶対に忠誠なんかじゃない。そう躾けられたに違いない。



「うっ……。それは追々! それより、彼女の肩章を御覧ください!」

「へぇ~~……。十騎長なんだ? ヒルダの彼女さんは優秀だね?」

「ううっ……。彼女は第五騎士団の参謀部に配属されたと聞きます! 彼女は使えます!」

「使えるって……。ヒルダの欲求不満解消に?」

「うううっ……。違います! この戦で、お嬢様のお役目をねじ込めます!」

「ふ~~~ん……。」



 駄目だ。どうにも、イライラと不機嫌が止まらない。


 口を開けば、嫌味が出てしまう。

 必死に焦るヒルダの姿を可愛いと感じつつも、その焦りぶりが、イザベラさんとの深い絆を見せつけられているように思えて、さらにイライラが募る。



「一時間! いや、一時間半、私に下さい! 必ずや、お嬢様のお役に立ってみせます!」

「別に良いけどぉ~~? ヒルダだって、たまには羽根を伸ばすべきだよね?」



 思わずこめかみにぴきりと力が入る。

 我慢しきれない苛立ちが、頬をぴくぴくと痙攣させる。


 とてもリアルな要求時間だった。

 私とヒルダが夜を共に過ごすときも、それくらいの時間を費やしていたことを思い出す。


 ヒルダが何のためにその時間を必要としているのかが、すぐに理解できた。



「私はお嬢様のものです! 信じて下さい!」



 いきなりヒルダが私を力強く抱きしめた。

 ヒルダの匂いが鼻腔をくすぐり、心の奥まで温かさが染み渡る。



「お姉様!」

「イザベラ、ステイ!」

「はい!」



 横目を向ければ、すぐさまイザベラさんが駆け寄ろうとするが、ヒルダの鋭い一言にぴたりと足を止める。

 再び直立不動になったイザベラさんを見て、私は『本当に、よく躾けられているなー……。』と感心しつつ、思わず優越感にニヤリと笑った。



「なぁっ!?」



 まずい。イザベラさんに見られた。

 彼女は目を見開き、右足を前に一瞬だけ出そうとしたが、そのまま踏みとどまった。



「良いよ……。一時間半だね。

 でも、その後はちゃんと戻って来るんだよ?」

「ありがとうございます! お嬢様!」



 私は両手を回して、ヒルダを抱き返す。

 顔を自分からヒルダの胸に埋め、左右にぐりぐりと振り、そこに自分の匂いを上書きした。




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