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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第六章 修羅姫の初陣

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第49話 国境の混乱




「何人、残った?」



 雪がちらちらと舞い、軒下にはまだ残雪がこびりついている。

 ようやく辿り着いた国境の砦手前にある街『セベリン』は、人でごった返していた。私とヒルダは、その混雑の中にいた。


 なにしろ、国境を守るはずの砦は、すでに敵の手に落ちていたのだ。


 本来なら砦の後方基地であるはずのこの街が、今や最前線となり、東方領の各地からあらゆる者や物資が集まっていた。

 行き交う兵士や商人の声、荷車の軋む音、馬のいななきが入り混じり、街全体が絶え間ないざわめきに包まれている。


 その熱気に、雪でさえ触れたそばから溶けていくかのようだった。



「24人です」

「脱落は5人か。意外と残ったね」



 先日、配下に加えた盗賊の中に、元貴族と思しき男がいた。

 話を聞けば、やはり元貴族で、西方領のある伯爵の八男らしい。


 家督を継ぐはずもなく、貴族なら当然のように入学するオーガスタ学園にも入れず、兄たちの下で肩身の狭い思いを強いられた。

 そして十五歳のとき、ついに家を追い出されたのだという。


 一時は兵士となり、運良く百兵長まで昇進した。

 だが、それも捨て駒として前線に送られただけだった。防衛戦では彼の部隊は置き去りにされ、唯一生き残ったのが彼だった。


 その後は流浪し、金も食も尽き、ついには盗賊の群れに身を落とした。


 まあ、よくある話だ。

 似たような境遇でも、正道を歩み続けている者もいる。同情はしない。



「あの男、使えますね」



 しかし、ヒルダが言う通り、彼は得難い男でもあった。

 報われなかったこれまでの人生がそうさせているのか、厭世観を抱き、自ら行動を起こすことはない。


 だが、私が命じれば、皮肉を零しつつも、きちんと動くのだ。



「こらこら……。これから一緒に戦うんだから、ちゃんと名前くらい覚えようよ?」

「男の名前なんて、覚える価値はありません。私にはお嬢様がいれば、十分です」



 特に、交渉や調達の才能に優れている。

 これは私とヒルダには欠けていた部分だ。


 私の場合、単純に経験がない。

 これまで必要にならなかったからだ。


 ヒルダの場合、表面上は平静を装っているが、心の奥底で男性を嫌悪している。

 自分の美貌やスタイルに鼻の下を伸ばす男に対しては、平静を装う仮面が簡単に剥がれ、舌打ちさえ漏らしてしまう。


 そのせいで、男性に対する態度は女性に比べて基本的に厳しくなる。

 世の中の半分が男性である以上、彼女は交渉ごとにはあまり向いていないのだ。


 それに、元貴族の彼には少なからずカリスマ性もあるようだ。


 盗賊たちを同行者に加えたことで、私とヒルダの二人旅のようにはいかず、この街までの旅程を緩めることになった。

 それでも、盗賊というぬるま湯を選んだ者たちにとっては、十分に厳しいものだったはずだ。


 脱落者が出ようと構わなかった。

 私は盗賊たちに、選択肢のない二者択一を突きつけて、脅しただけ。


 それを覆すほどのカリスマ性が自分にあると自惚れてはいない。

 盗賊に身を落とした者たちが、東方領の危機に義心を貫く。そんな都合が良い話も思っていなかった。


 ところが、元貴族の彼が盗賊たちを鼓舞し、発破をかけた結果、なんと24人もの者をここまで残した。


 百兵長として培った経験の賜物だろう。

 部隊行動時の休憩タイミングを心得ており、そのおかげで私たちは大いに助かった。



「ははっ、ありがとう。

 ……で、どうしよっか? お兄様か、知り合いを見つけられたら良いんだけど……。」

「まさか、国境の砦がすでに落ちているとは思いませんでした。

 混乱が大きすぎて、面会を申し込んでも、すんなりと通してくれるとは思えません」



 しかし、彼には貴族としてのつながりも、軍人としてのつながりもなかった。

 今やこの街は厳戒態勢下にあり、入退場や区画ごとの検問では、彼はまったく役に立たない。


 そのため、街での滞在先を探す役目を彼に任せていた。

 庭や馬小屋でも構わないので、住人と交渉してもらうことにしたのだ。



「だよねー……。身一つで駆けつけたから、身分を証明するものを持っていないしさ」

「あと配下に加えた者たちの身なりも……。街に入れるのすら苦労しましたし」



 もっとも、私たちもまた、役立っているとは言い難かった。

 私が名乗れば、ウォースパイト侯爵家の家名は効果を発揮するが、この街はとにかく慌ただしすぎた。


 検問の度、上役が呼ばれ、その到着を待たされる。

 さらに、身分証明の証として一筆を求められ、手間ばかりかかる。


 街に入る際も含め、もう三度も経験している。

 兄と会えれば一番手っ取り早いのだが、その兄がこの街に来ているかどうかさえ、情報統制のため分からない。


 その上、かつて病弱で引きこもりがちだった私には、東方領における知己が極めて少なかった。



「うーーーん……。本当に、どうしよっか?」



 この四度目の検問では、すでに十数分も足止めを喰らっていた。

 思わず口を『へ』の字に結び、うまい具合に知り合いが通りかからないかなと、私がぼんやりと考えたその時だった。



「お姉様? ……ヒルダお姉様じゃありませんかっ!?」

「えっ!?」



 パンと拍手を打つ音が響き渡り、ヒルダを呼ぶ声が耳に入った。

 私とヒルダは揃って反射的に振り向くと、騎士と思しき若い女性が胸の前で手を合わせ、まるで花が咲いたかのような満面の笑顔を浮かべていた。




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