第49話 国境の混乱
「何人、残った?」
雪がちらちらと舞い、軒下にはまだ残雪がこびりついている。
ようやく辿り着いた国境の砦手前にある街『セベリン』は、人でごった返していた。私とヒルダは、その混雑の中にいた。
なにしろ、国境を守るはずの砦は、すでに敵の手に落ちていたのだ。
本来なら砦の後方基地であるはずのこの街が、今や最前線となり、東方領の各地からあらゆる者や物資が集まっていた。
行き交う兵士や商人の声、荷車の軋む音、馬のいななきが入り混じり、街全体が絶え間ないざわめきに包まれている。
その熱気に、雪でさえ触れたそばから溶けていくかのようだった。
「24人です」
「脱落は5人か。意外と残ったね」
先日、配下に加えた盗賊の中に、元貴族と思しき男がいた。
話を聞けば、やはり元貴族で、西方領のある伯爵の八男らしい。
家督を継ぐはずもなく、貴族なら当然のように入学するオーガスタ学園にも入れず、兄たちの下で肩身の狭い思いを強いられた。
そして十五歳のとき、ついに家を追い出されたのだという。
一時は兵士となり、運良く百兵長まで昇進した。
だが、それも捨て駒として前線に送られただけだった。防衛戦では彼の部隊は置き去りにされ、唯一生き残ったのが彼だった。
その後は流浪し、金も食も尽き、ついには盗賊の群れに身を落とした。
まあ、よくある話だ。
似たような境遇でも、正道を歩み続けている者もいる。同情はしない。
「あの男、使えますね」
しかし、ヒルダが言う通り、彼は得難い男でもあった。
報われなかったこれまでの人生がそうさせているのか、厭世観を抱き、自ら行動を起こすことはない。
だが、私が命じれば、皮肉を零しつつも、きちんと動くのだ。
「こらこら……。これから一緒に戦うんだから、ちゃんと名前くらい覚えようよ?」
「男の名前なんて、覚える価値はありません。私にはお嬢様がいれば、十分です」
特に、交渉や調達の才能に優れている。
これは私とヒルダには欠けていた部分だ。
私の場合、単純に経験がない。
これまで必要にならなかったからだ。
ヒルダの場合、表面上は平静を装っているが、心の奥底で男性を嫌悪している。
自分の美貌やスタイルに鼻の下を伸ばす男に対しては、平静を装う仮面が簡単に剥がれ、舌打ちさえ漏らしてしまう。
そのせいで、男性に対する態度は女性に比べて基本的に厳しくなる。
世の中の半分が男性である以上、彼女は交渉ごとにはあまり向いていないのだ。
それに、元貴族の彼には少なからずカリスマ性もあるようだ。
盗賊たちを同行者に加えたことで、私とヒルダの二人旅のようにはいかず、この街までの旅程を緩めることになった。
それでも、盗賊というぬるま湯を選んだ者たちにとっては、十分に厳しいものだったはずだ。
脱落者が出ようと構わなかった。
私は盗賊たちに、選択肢のない二者択一を突きつけて、脅しただけ。
それを覆すほどのカリスマ性が自分にあると自惚れてはいない。
盗賊に身を落とした者たちが、東方領の危機に義心を貫く。そんな都合が良い話も思っていなかった。
ところが、元貴族の彼が盗賊たちを鼓舞し、発破をかけた結果、なんと24人もの者をここまで残した。
百兵長として培った経験の賜物だろう。
部隊行動時の休憩タイミングを心得ており、そのおかげで私たちは大いに助かった。
「ははっ、ありがとう。
……で、どうしよっか? お兄様か、知り合いを見つけられたら良いんだけど……。」
「まさか、国境の砦がすでに落ちているとは思いませんでした。
混乱が大きすぎて、面会を申し込んでも、すんなりと通してくれるとは思えません」
しかし、彼には貴族としてのつながりも、軍人としてのつながりもなかった。
今やこの街は厳戒態勢下にあり、入退場や区画ごとの検問では、彼はまったく役に立たない。
そのため、街での滞在先を探す役目を彼に任せていた。
庭や馬小屋でも構わないので、住人と交渉してもらうことにしたのだ。
「だよねー……。身一つで駆けつけたから、身分を証明するものを持っていないしさ」
「あと配下に加えた者たちの身なりも……。街に入れるのすら苦労しましたし」
もっとも、私たちもまた、役立っているとは言い難かった。
私が名乗れば、ウォースパイト侯爵家の家名は効果を発揮するが、この街はとにかく慌ただしすぎた。
検問の度、上役が呼ばれ、その到着を待たされる。
さらに、身分証明の証として一筆を求められ、手間ばかりかかる。
街に入る際も含め、もう三度も経験している。
兄と会えれば一番手っ取り早いのだが、その兄がこの街に来ているかどうかさえ、情報統制のため分からない。
その上、かつて病弱で引きこもりがちだった私には、東方領における知己が極めて少なかった。
「うーーーん……。本当に、どうしよっか?」
この四度目の検問では、すでに十数分も足止めを喰らっていた。
思わず口を『へ』の字に結び、うまい具合に知り合いが通りかからないかなと、私がぼんやりと考えたその時だった。
「お姉様? ……ヒルダお姉様じゃありませんかっ!?」
「えっ!?」
パンと拍手を打つ音が響き渡り、ヒルダを呼ぶ声が耳に入った。
私とヒルダは揃って反射的に振り向くと、騎士と思しき若い女性が胸の前で手を合わせ、まるで花が咲いたかのような満面の笑顔を浮かべていた。




