第48話 猪鹿蝶
「お嬢様……。お嬢様、起きて下さい」
「……んぁ?」
急な大雨を避けるため、街道沿いの大木の根元で休憩を取っていた。
肩を軽く揺すられて目を覚ますと、一つの毛布に身を寄せ合っていたヒルダが、腰を上げて、険しい横顔を見せていた。
「申し訳ありません。囲まれています」
「まあ、疲れもたまっていたしね。お互い様だよ」
どうやら、少しの休憩のつもりが、互いに眠ってしまっていたらしい。
だが、無理もない。
ここまでの道中、私もヒルダも満足に寝ていない。
馬での移動時は、お互いを縛り、片方が寝る。
雪深く馬での移動ができない場所でも、身体能力強化の魔術を使い、背負われた片方が寝る。
たまに道中の村々で、互いに眠ることはあっても、二時間ほど。
そんな無茶を繰り返しながら、昼夜を問わずに進んできた。
しかし、その無茶のおかげで、私たちは九日で、東方領に辿り着いた。
侍従長の予想より、一日早い。
次の村では、携帯食でない食事をちゃんと摂り、お風呂も入り、丸一日休む。
戦場となっている国境まで向かう英気を養う予定だった。
だが、東方領に入って、気が抜けたのだろう。
眠る前は深夜だったはずが、気づけば朝日がすっかり昇っていた。
「突破しますか?」
立ち上がって辺りを見渡すと、男たちがぞろぞろと近づいていた。
ばらばらの身なりに、下卑た笑みを浮かべていることから、盗賊の一団だろう。
「いや、試したいことがある。先手は任せて」
「分かりました」
その数は、ぱっと見で30人ほど。
彼らは10メートルほど手前で横に広がり、私たちを半包囲した。
******
「我が名はメアリス! 東方領、リリアンの生まれにして、ウォースパイト侯爵家が長女!
挨拶もなく、許しも得ず、私を囲うとは無礼であろう! 理由があるなら聞く! とくと答えよ!」
盗賊たちの中心に向かって、右肩を向けながら腰を落とす。
左腰に置いたムラサメの柄を握りしめ、静かに構えを取り、私は警告を叫んだ。
「ひゃっひゃっ! こいつはついてるぜ!」
「ウォースパイト侯爵家の娘となったら、身代金がたんまり貰えるぜ!」
「おい、味見はなしか? こっちは女日照りでたまっているんだぞ!」
この下品さは間違いない。盗賊だ。
私を小娘の意気がりと見くびるのは自由だが、その対価は払ってもらおう。
それともう一つ、分かったことがある。
私がウォースパイト侯爵家の者と知った途端、今囃し立てた三人以外は明らかにうろたえた。
その視線が次の瞬間、一人の男へ集まった。
無精髭を生やし、よれよれの服をまとってはいるが、盗賊にしては妙に品がある。
面倒くさそうに頭をボリボリとかく姿には、厭世観すら漂っていた。
恐らく、元貴族。それも家を継げない次男か三男。
いや、盗賊にまで身をやつしているとなれば、支援すら受けられなかった弱小貴族の四男、五男かもしれない。
いずれにせよ、彼は残しておいた方が役に立ちそうだ。
そして、囃し立てた三人は盗賊たちの中心人物。
即ち、彼らを排除すれば、盗賊たちはたちまち烏合の衆と化す。
唇を舐めて湿らせ、息を吸う。
ムラサメの刃から、ひやりとした冷気が立ちのぼった。
「猪!」
呼吸を爆発させ、一足飛び。
まずは一人目。一気に間合いを詰め、抜き放ったムラサメで左下から斜めに斬り上げた。
「鹿!」
盗賊たちが驚くより早く、二人目。
右後ろにバックステップを取り、左に薙ぐ。
「なっ!?」
「蝶!」
慌てて三人目が剣を抜くが、遅い。
左薙ぎの勢いをそのままに跳び、宙で一回転しながら袈裟斬りを放つ。
やった。成功した。
あれから、約十年。大学進学で上京する前日、祖父が見せてくれた奥義。
それが今、私にも出来たのだ。
前世では有り得ない、身体能力強化の魔術を用いてはいるが、それも今の私の力に違いない。
残心を取りながら、ムラサメを納刀した瞬間。
パリン、パリン、パリーンと鋭い音が響いたかと思うと、両断した盗賊三人が氷と化し、粉々に砕け散った。
「ひ、ひぃっ!?」
盗賊たちの悲鳴が一斉にあがった。
私のすぐ隣にいる奴など、尻もちをつき、そのまま失禁している。
人を殺めるのは初めてだが、意外にも後悔や忌避感は湧かない。
冒険者をやっていた頃の経験が、少なからず役立っているのかもしれない。
二足歩行のゴブリンやコボルトを討伐してきた日々が、今の冷静さを支えているのだろう。
それよりも、口の端のニマニマが止まらない。
だが、このままでは格好がつかない。
下唇を噛みしめ、キリリと表情を引き締めて、目星を付けていた元貴族と思しき男へと振り向いた。
盗賊たちは、一歩下がり、互いに視線を交わす。
やがて、その視線は元貴族と思しき男に集中した。
やはり私の予想は正しかった。
あとは彼次第で、状況はどちらにも転ぶ。簡単なお仕事だ。
「お前たちは運が良い。
今、私たちは戦場に向かう途中だ。どうせなら、兵が欲しいと思っていたところだ」
「あ~~……。そういうことね」
元貴族と思しき男は小さく肩をすくめ、溜息をついた。
「なら、分かるな? ここで死ぬか、私の下につくかを選べ」
「頼むから、三食は付けてくれよ?」
ここで軽口を叩けるなんて、度胸も座っている。
「良いだろう。だけど、私の指揮は厳しいぞ? ここで死んでいた方が良かったと後悔するくらいにな?」
案外、良い買い物だったかもしれない。私はニヤリと笑い、頷いた。
******
「お嬢様、質問をよろしいですか?」
「うん? 何?」
「イノ、シカ、チョウって、何ですか?」
「ああ、それはただのタイミング取りのかけ声だよ。
チャー、シュー、メン、でも良いんだけど……。かっこ悪いだろ?」
「チャー、シュー、メンって、何ですか?」
「うーーーん……。どう説明したらいいかな?」




