第46話 立つのが戦場の作法
「お嬢様……。」
「……な、何?」
歩み寄ってきたヒルダの目は、鋭く厳しかった。
何を言われるのだろうかと、思わず身構える。
「以前はどうあれ、今のお嬢様は女です」
「……うん? そうだね。それが?」
しかし、ヒルダはただ当たり前のことを言っただけだった。
拍子抜けして、鼻から息が漏れる。
「用を足す時、どうしますか?」
「えっ!? いきなり、何?」
「今、そのフリをここで試しにやってみてください」
唐突な指示に、眉をひそめる私。
だが、ヒルダの相変わらず眼差しは鋭く、厳しかった。
「本当に何なの?」
「お願いします」
「まあ、良いけどさ……。」
私は唇を尖らせながら、両手をスカートの中に入れて、目を見開く。
変身の際、履いていたパンツが消えてなくなり、別のものに変わったのは気づいていた。
だが、そのパンツがいわゆる『紐パン』とは気づいていなかった。両腰のところに結び目があった。
私とヒルダには、誰にも言えない秘密がある。
その日の最後の入浴後、着替えをする私に、ヒルダが今夜どうしたいかは、用意された下着で分かるようになっていた。
普通のパンツを右手に、紐パンを左手に並べ、私が左手の紐パンを選べば、それが応じる合図だ。
おかげで、身体が反射的に胸をドキリと高鳴った。
顔を素早く左右に振って、気を散らす。
パンツを足首まで下ろし、スカートの裾を捲りあげて、前に巻き込みながらお腹で押さえる。
その場にしゃがみ込み、ヒルダに『これでいい?』と顔を振り向けて問いかけようとした、そのまさにその時だった。
「キャっ!?」
いきなりヒルダが私の肩を押し、突き飛ばした。
私はなすすべなく、横倒しに倒れてしまう。
「あっ!? うっ……。酷くない?」
すぐさま立ち上がろうとするが、パンツの伸びが限界点を超え、足がもつれる。
私は四つん這いになり、恨みの込めた視線でヒルダを睨む。
「それが答えです」
「えっ!?」
「私たちは女です。男のように、ぽろんと出すだけでは用を足せません。
しかし、今のようにしゃがんでいたら、いざという時に素早く動けませんし、お嬢様のように足を下着に絡ませることになります」
しかし、ヒルダは無様な私を指さして、涼しい顔をしていた。
その指摘は実にもっともなものだったが、思わず唇を尖らせてしまう。
「じゃあ……。どうするの?」
「こうするのです」
「ええっ!?」
するとヒルダは肩幅に足を開き、腰をわずかに落とした。
左手でメイド服のスカートの前を捲り上げ、右手で黒い下着をずらすと、大事なところを私に見せつけた。
「女が軍隊に入った時、何よりも最初に教わることです」
「う、嘘だぁ~~?」
とても信じられなかった。
下着とスカートを直すヒルダが、言わんとすることは分かるが、女でありながら『立ちション』をしろというのか。声が裏返ってしまう。
「では、よく考えてみて下さい。
例えば、奇襲を仕掛けるです。藪に潜んで敵を待ち、常に前を見て、いつでも動けるようにしておかない時、どうするんですか?」
「……あっ!?」
だが、重ねられたヒルダの指摘に、愕然とする。
私は立ち上がり、パンツを履き直しながら、言葉も出ないほどだった。
「分かりましたね? 立ったままで済ませるのがベストなのです。
今、私はスカートを上げましたが、本来は上げずに済ませます。
ですから、スカートは短い方が適しているのです。汚れないように……。」
言われてみると、納得しか出来ない。
ヒルダが戦いの装いにミニスカートを頑なに譲らなかった理由が、こんな馬鹿馬鹿しくも切実なものだっただなんて、思いもよらなかった。
そう言えば、アルビオン帝国の女性騎士や女性兵士の制服は、全員がミニスカートだ。
今まで、ただのセクハラだとばかり思っていたが、ちゃんとした理由があったのを知った。
「ですが、お嬢様は用を足すのが下手ですよね?」
「う、うん……。ま、まあ、そうだね」
その矢先、実に痛いところを突かれた。
ヒルダが言う通り、私は用を足すのが下手だった。
和式スタイルはもちろんだが、洋式スタイルでもお尻を濡らしてしまう。
一人で用を足すチャンスがあった時、開いたりなどの工夫をしても、今度は手を濡らしたり、勢いが強くて便器やその周囲を汚したりと、なかなか上手くいかない。
今後私はどうしたら良いのか、軍隊の中で上手くやっていけるだろうか。
戦場の恐怖より、そちらの方が不安になっていると、唐突にヒルダがせっかく履き直した私のパンツを下ろして、顔をスカートの中に突っ込んできた。
「だから、ここで練習をしておきましょう」
「えっ!? ……あっ!? ちょっ!?」
「さあ、ご存分に! 私が全て受け止めます!」
ヒルダの開いた口が、そこに当てられるのが分かった。
ヒルダがそこを触れるのは初めてじゃない。数え切れないほど幾度も触れられてきたが、ここでは駄目だ。
なぜって、私の真正面には母の肖像画があるのだから。
「だ、駄目だって! お、お母様が見てる!」
しかし、冬の寒空の下、走ってきたこともあり、身体には確かに溜まっていた。
屋敷を発つ前に、トイレを済ませるつもりだった。
しかも、ヒルダの舌先が、私の敏感な場所をまるでノックするかのように何度も軽く叩く。
「あっ!? あっ!? ……あぁぁ~~~っ!?」
もう限界だった。駄目だった。
背筋がブルリと震える。たまらず、ヒルダの頭を太ももで挟み、その顔をスカートの上から両手で自分の方へぐっと寄せた。




