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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第五章 東方領動乱

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第45話 修羅姫の目覚め




『スタンバイ・レディ!』

「えっ!? だ、誰?」



 指輪が淡く輝き、どこからともなく機械的な女性の声が響く。

 思わず左右を見回そうとするが、身体はぴくりとも動かない。


 指輪から幾本もの光の帯が伸び、宙に広がる。

 軽やかなメロディに呼応するように、私の身に纏っていたものが光の羽根となり、一つまた一つと空へ舞い散って消えていく。



「ちょっ!? は、裸っ!?

 ……って、あれ? 時間、止まっている?」



 気づけば全裸の状態。

 隠そうとするも、身体は動かず、光の中に立ち尽くすしかない。


 目の前の侍従長も、まるで時が止まったかのように動かない。瞬きすらせずに止まっていた。



『バトルアーマー・セットアップ!』



 宙に漂う光の帯が私の身体へと戻り、胸や腰、腕や脚に絡みつく。

 キュッと締まると同時に、光の羽根が舞い散る。



『オールグリーン!』



 そして、光が収まると、私は戦装束に包まれていた。

 肖像画の母と同じ装い。赤いオフショルダーのドレスを着て、ハーフプレートアーマーを装着していた。



「おおっ! おおっ! その御姿は……。まさにっ、まさにっ!

 感無量です! この目に、その勇姿を再び拝することができるとは!」



 締めっぽい勇ましいメロディが鳴ると、身体が自由に動くようになった。


 侍従長も動き出した。

 まるで変身の過程を見逃していたかのように驚愕し、持っていたトレイを手放して落としたことにも気づかず、感動に打ち震えていた。


 だが、待って欲しい。

 今、指輪が輝きを放ち、戦装束に着替え終えるまで、体感でほぼ一分近くあった。


 たとえこの一分が私だけの時間だったとしても、恥ずかしすぎる。

 どう見ても、前世の子供の頃、日曜の朝に見ていたヒーローモノの、ついでに見ていた魔法少女モノの変身シーンにしか見えない。


 もしかすると、母の変身ポーズの話を聞いて、つい心の中で『女なら魔法少女の方だろう』とツッコんでしまった私が悪かったのだろうか。

 それとも、これは指輪に付随する『何かを手に入れるには、何かを失わなければならない』的な呪いなのだろうか。



「や、やり直しって、出来ないのかなぁ~~……。」



 多分、母も好きで変身ポーズをとっていたわけじゃない。そう決めつけ、諦めることにした。




 ******




「遅くなりました!」



 ドアが勢いよく開け放たれ、ヒルダが駆け込んできた。

 息を切らし、髪は乱れ、額には汗が光る。


 大抵のことはクールを貫くヒルダにしては珍しい姿だ。

 非常時とはいえ、やはり私の城壁飛び越えが問題になったのだろうか。


 ヒルダは風属性の魔術に秀でており、走るだけなら私より早い。

 ウォースパイト侯爵家の名を出しても、城門での審査に随分と時間を取られたらしい。


 だが、私が屋敷に着いてから、まだ15分も経っていない。

 あと15分遅れていたら、先に屋敷を発つつもりだったが、十分間に合っている。



「馬鹿者! なぜ、先触れを怠った!」



 しかし、侍従長から雷鳴のような叱責が飛んだ。

 私は思わずビクッと身をすくめた。



「城門に行列が出来ていたなど、遠くからとっくに分かっていたはずだ!

 お嬢様の初陣だぞ! それを城門破りという無法で、お嬢様の誉れにケチをつけよって!」

「も、申し訳ありません!」



 ヒルダが深々と頭を垂れる声は震えていた。


 確かに、侍従長の言う通りだった。

 私も気づいてやればよかった。あの時、とにかく屋敷へ急ぐことばかりを考えて、他のことに気が回っていなかった。


 だけど、ヒルダを待つ間に準備がちょうど整っていた。


 侍従長によれば、この屋敷に仕える侍従長以外の男性、馬丁と庭師の二人はすでに三日前、帝都に風雲急を告げた時点で先行して発ったらしい。

 私とヒルダが立ち寄る街や村に先触れとして回り、食料と馬、一時の休憩場所を手配してくれているという。


 つまり、私とヒルダが特別に携えるのは、今夜の夕食と深夜の腹ごしらえ程度のものだけ。

 旅程を思案する必要すらなく、東方領までの長い道のりを最速で駆け抜けられるのだ。


 また、侍従長はこうも語った。

 自分も、馬丁も、庭師も本心は私の初陣に付き従い、戦働きを私に捧げたいのだと。


 だが、自分たちはもう歳で、満足な戦働きはおろか、東方領へ向かう旅路ですら足手まといになり、私を逆に困らせてしまうだろうと。

 それが悔しくて悔しくて仕方がないのだと。


 だから、自分たちにせめて出来ることは、私のために準備を整えることだけだと。


 心がジーンと熱く震え、言葉にならないほど感動した。

 東方領の危機を知った私が、屋敷へ必ず急ぎ帰ってくると信じ、待っていてくれたのだ。


 それを知ったのは、ヒルダが駆け込んでくるほんの少し前のことだった。

 正直に言うと、実に良いタイミング。あとちょっとでも遅ければ、確実に私は泣いていただろう。


 しかし、侍従長の怒号が飛んだおかげで、涙もすっと引っ込んだ。


 そんな事情もあって、私は強引に助け舟を出すことにした。

 胸の奥でくすぶる感動と安堵を抱えつつ、耳と尻尾までしょんぼりと垂らすヒルダの心を少しでも和らげるために。



「まあまあ……。そんなに待ってないしさ。

 それより、このスカートなんだけど、変えることって、やっぱり出来ない?

 もうズボンにしたいって言わないけど……。せめて、丈は膝下くらい欲しいんだけど?」


 それにこれは気になっていたところだ。

 母の肖像画から察してはいたが、このドレスのスカートは丈が膝上でミニスカートと呼べる短さに加えて、少しふんわりと広がっている。


 どう考えても心許ない。

 足元の物を拾う時、お尻を押さえながらでないと、絶対に見えてしまうだろう。


 いや、必要に迫られれば、足だって上げる。

 パンツが見えようが気にしないが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。



「お嬢様……。また、そのようなことを……。」



 ヒルダが顔を上げる。

 額を手を当て、やれやれと言わんばかりに首を左右に振り、深い溜息をついた。


 私は何か間違ったことを言ったのだろうか。

 たちまち場の空気は緩み、今度はまるで私が責められているような気になった。


 執事長は私を一瞥すると、すぐに視線を逸らし、そそくさと部屋を出てゆく。



「ヒルダ、あとは頼んだぞ?」



 やっぱり、私は間違ったことを言ったらしい。

 すぐに屋敷を発ちたかったが、その前にヒルダからのお叱りが待っている予感がした。




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