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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第四章 二人の皇子

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第41話 奪われた男の見せ場




「むぐむぐむぐっ……。」



 滝の勢いは凄まじく、滝壺も深い。

 叩き付けられた衝撃で深く潜らされたが、底まではまだ遠い。


 ムラサメとその鞘を握ったままでは、泳ぎにくい。


 しかし、絶対に手放すわけにはいかない。

 身体が浮き始めると、きらきらと輝く水面に向かって泳ぐ。



「ぷっはっ!?」



 圧迫されていた肺に、酸素を目一杯取り込む。

 絶え間なく叩き付けられている水の音が耳に入り、ついそちらに視線を向けると、思った以上に流されていることに気づいた。


 岸に向かって少し泳ぐと、ようやく足が底に届いた。

 背後を振り向くと、ヒルダがこちらに向かって泳いでくるのが見える。


 きっと、私が滝に飲まれると同時に飛び込んでくれたに違いない。

 距離の差は、滝に流された者と自ら飛び込んだ者の違いだろう。



「大丈夫だよ~~!」



 まず、私がすべきことはヒルダを安心させることだ。

 ムラサメを掲げながら、右手をぶんぶんと笑顔で振る。



「わわっ!?」



 一陣の風がピューッと吹いた。

 この温泉は常夏のような熱気に包まれているが、やはり季節は冬。

 冷たい風に身体がブルリと震え、思わず身を縮こませる。


 滝壺に戻って、肩まで浸かろうかと思ったが、皇妃様が『そろそろクラウスが火を起こした頃だろうから』と言っていたのを思い出す。

 水音をチャプチャプと立てながら、岸に向かう。


 ムラサメをちらりと見て、目を見開く。

 ずぶ濡れで手入れが大変だろうと思ったが、刀身は霜に包まれていた。


 すごい。完全に水没したのに、柄にすら水気を感じない。

 私の右腕から伝う雫すら、ムラサメに触れた瞬間に氷となり、パキリと弾けた。


 もしかすると、これは生物を斬った際に必要な血払いが不要なのではないだろうか。

 もしそうなら、常に斬れ味が最高の状態に保たれていることになる。


 さすが、我が国の宝物庫に眠っていた逸品だ。

 侍従長さんが教えてくれた目録の備考欄には、日本刀に関心を持つ者が私以外にいなかったせいか、記録は簡素なものだった。

 記されていたのは、アルビオン帝国がいつ手に入れたかと、どこで手に入れたかの二点だけで、ムラサメの銘すら伝えられておらず、『奇妙に曲がった片刃の剣』と記されていた。


 ムラサメを試しに鞘に収めてみると、ずぶ濡れだった鞘に霜が走った。

 次の瞬間には霜が払われ、平常の状態に戻った。


 すごい。これは便利過ぎる。

 俄然、ムラサメの性能が知りたくなるが、身体が再びブルリと震える。

 どうやら素晴らしい性能はあっても、寒さを感じてしまうのが唯一の欠点らしい。



「あれ?」



 岸に着き、バーベキュー予定の場所へ向かえば、青いバミューダパンツの水着を履いた殿下が四つん這いになっていた。

 何をしているのだろうと、殿下の背後に立ち覗き込むと、レンガで組まれた竈の中に、下手くそに積まれた薪に向かって懸命に息を吹きかけていた。


 ちょっと離れた場所には、食材を用意している水着姿のメイドさんたちや、護衛の騎士たちもいる。

 どうして手伝ってあげないのだろうか。それ以前に、どうして火を点けてあげないのだろうかと思いながらも、殿下の横にしゃがみ込む。



「あーーー……。そんなんじゃ駄目駄目。ちょっと退いて」

「……えっ!?」

「薪はね。こうやって組んで、ここに火を点けるんですよ」

「……えっ!?」



 竈の中の薪を火かき棒で全て取り出し、火種になる小さな薪を井の字型に組み、その上に大きな薪を傘状に組む。

 そして、私が個人的に『ライター』と呼んでいる棒状のマジックアイテムの先端を、薪の中心で着火する。


 白い煙がゆらりと立ち上り、薪の隙間から炎の赤が顔を覗かせる。

 そこへ大きく息を吸って、一吹き、二吹き、三吹き。小さな薪たちは爆ぜる音を響かせ、火は勢いよく炎となった。



「ほら……。ねっ!? 簡単でしょ?」



 あとは放っておいても、大きな薪に炎が移っていくはずだ。

 満足げにウンウンと頷き、笑顔を振り向かせると、殿下が無言で立ち上がっていた。



「……殿下?」



 その顔を下から覗き込むと、殿下は下唇を噛みながら涙ぐんでいる。

 力強く両拳を握りしめ、肩をぷるぷると震わせているものだから、首を傾げた次の瞬間。



「うわああああっ! メアリスの馬鹿ああああああああああっ!」



 突然、殿下が猛ダッシュ。

 叫びながらすぐ近くの森の中へ駆け込むと、慌てふためいた護衛の兵士たちがその後を追った。



「……えっ!?」



 何がなんだか分からない。

 殿下が消えていった森を呆然と眺めながら、私はただ目をパチパチと瞬かせるばかりだった。


 そのとき、不意にタオルが頭に被せられる。

 濡れた髪を包むように、優しく。振り返らなくても、それがヒルダだと分かる。


 私はヒルダが動きやすいように立ち上がる。

 すると、背中にヒルダの深すぎる溜息がかかった。



「お嬢様……。さすがに殿下が哀れです」

「どうして?」



 予想外の諫言の意味が理解できず、私は思わず首を傾げてしまう。

 ただ、火起こしに苦戦していた殿下を助けただけなのに。



「昔から、火起こしは男の仕事と相場が決まっています」

「そう……。なの?」



 ところが、そう思っていたのは私だけだった。

 視線で意見を求めると、食材を用意していた水着姿のメイドさんたちが手を止め、ウンウンと揃って頷いた。



「つまり……。お嬢様は殿下の見せ場を奪ってしまったのです」

「あーーー、それで……。」



 ここでようやく理解した。

 だからこそ、メイドさんたちは敢えて殿下の手伝いをしていなかったのか。


 そう思う一方で、ならば男性である兵士たちはどうして手を貸さなかったのだろう、と新たな疑問が湧く。



「お嬢様は、男心を勉強するべきですね」

「最近それよく言うね? マイブームなの?」



 しかし、ヒルダから返ってきた回答は、ナンセンスなものだった。


 私以上に男心を知る女は、他にいない。

 それなのに、最近のヒルダは、私と殿下のやり取りを見たあとに、決まってこの諫言を口にする。



「ヒルダさん、こっち、こっち!」

「はい、どうなさいましたか?」



 思わず眉を寄せて振り向くと、遅れてやって来た皇妃様がヒルダの手を引き、さらっていった。



「もしかして、テオさんにもあんな感じなの?」

「真に遺憾ながら……。」

「うーーーん……。どうしたらいいのかしら?」

「……それは私も知りたいです」



 わざわざ10メートルほど離れ、こちらに背を向けて密談する皇妃様とヒルダ。

 声は聞こえなくても、チラリチラリとこちらを見ているから、話題はきっと私のことに違いない。



「何? 何? 何の話?」



 当然、気になった。

 ずぶ濡れのときは気にならなかった髪も、中途半端に拭かれたことで気になり、頭に乗せられたままのタオルでゴシゴシしながら、二人に歩み寄る。



「ああ、お嬢様……。そんな乱暴に拭かれては……。」

「元気になったのは、大歓迎だけど……。ヒルダさん、あなたも苦労しているのね」

「えっ!? 本当は何?」



 思わず髪を拭く手を止め、立ち止まる。

 結局、二人の密談の内容は最後まで分からずじまいだったが、私を嘆いていたことだけは理解できた。




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