第39話 宝物庫の呼び声
「んっ……。」
濃密な魔力だ。
宝物庫に入った瞬間、圧が全身を押しつぶすように感じ、思わず顔の前に右腕を翳して立ち止まった。
胸が締め付けられるようで、息が浅くなる。まるで宝物庫そのものが呼吸しているかのようだ。
「メアリスちゃん、どうしたの?」
「ほら、こっちだよ! 格好良いのがあるんだ!」
しかし、私以外は平然としている。
皇妃様は首を傾げ、殿下は広い宝物庫の中央へ駆けていき、ヒルダは出入口の扉に控え、執事長さんは扉を静かに閉める。
みんなは感じていないのだろうか。
陳列された数々の武器たちが、まるで意志を持つかのようにざわめいていた。
刃先が微かに光を反射し、オーラをゆらゆらと漂わせて、それぞれから放たれている様々な色が宝物庫の中心で合わさり、白い光と共に圧を放っているのを。
『貴殿を待ってござった……。拙者ともに戦場を駆けようぞ……。』
『いや、儂だ……。儂を持て……。こんなところ、もううんざりだ……。』
『はん、私よ。私……。あなた、可愛いから私の持ち手に相応しいわ……。』
『捧げよ……。血を捧げよ……。一心不乱の闘争を俺に寄越せ……。』
数多のざわめきが聞こえ、心臓が跳ねる。
思わず誰だと辺りをキョロキョロと見渡すが、やはり私たち四人しかいない。
「大丈夫?」
皇妃様の優しい声に、ふっと現実に引き戻される。
誰もさっきの声に気づいていない。殿下も執事長さんも不思議そうに私を見ている。
「あっ、はい……。大丈夫です」
かすれた声で答え、ぎこちなく笑顔を作る。
けれど胸の奥では、武器たちの叫びがまだ消えず、じわじわと圧を増している。
それに急き立てられるように、殿下が待つ宝物庫中央へ足早に進む。
赤い絨毯に足が沈むたび、武器たちのざわめきが、まるで波紋のように胸に広がる。
「メアリス?」
殿下が私の手を引いていたが、私はその場で宝物庫をぐるりと見渡す。
そして目が、一振りの刀に釘付けになる。
決定的になったのは、自身を『拙者』と呼んでいたところだ。その時代劇めいた一人称に、武士の姿を連想した。
「……あれだ」
鋭く輝き、しなやかに曲がる刃。紫の糸で編まれた柄。
ゆらゆらと青白いオーラを立ち上らせながら、刃文が光を揺らすたび、胸の奥で何かが跳ねる。
間違いない、日本刀だ。
それだけで、全身に電流が走るような、抗えない引力を感じる。
「メアリス、どこにいくのさ?」
殿下の手を振り払い、理性を振り切る。
無数の武器たちの叫びが耳をつんざく中、足がその刀へと引き寄せられる。
一歩、また一歩。床に響く足音さえも、まるでこの場の魔力に導かれているかのように感じる。
やがて、ついに私は、光を放つ刃の前に立った。
手が自然に刀の柄に伸びる。触れた瞬間、自分の中から魔力が刀へと吸われ、それが同時に戻ってくる感覚が全身を駆け抜けた。
「んぁっ……」
刀と自分が、がちりと結びついたような不思議で甘美な感覚。
全身に電流が走るように熱が広がり、下腹の奥がずきずきと疼く。
思わず下唇を噛み、熱い吐息を漏らす。
『嬉しや! 拙者の名は、ムラサメ!
我が身は主君のために在り! 七難八苦があらんとも、悉く凍てつかしめんと存ずる、候!』
次の瞬間、青白いオーラが霧散した。
刃の鍔から切っ先へと透明な露が滴り、やがて逆流するように霜が走った。
瞬く間に白き衣をまとい、刀身は冷気の膜に覆われていく。
吐息が白く曇る。
宝物庫の空気が一気に冷え込む。
「メアリスちゃんっ!?」
「メアリスっ!?」
異変を感じ取ったのだろう。
皇妃様と殿下が慌てて駆け寄ってくる。
だが、声が耳に届いているはずなのに、不思議と遠くで鳴っているようにしか感じなかった。
私はただ、刀に魅入られていた。
その冷たくも妖しい輝きから、視線を逸らすことができなかった。
「ムラサメ……。」
先ほど頭の中に告げられた名を、震える声で呼ぶ。
けれど刀は応えなかった。ただ静かに、青白い霜をまとった刃が、こちらを映し返している。
「もしかして……。気に入った? 欲しいの?」
いつまでも私が反応を返さなかったからだろうか。
殿下が少し不機嫌を滲ませて問いかけてきた。
「くれ!」
即座に私は食い付いた。
子供のように欲しがるその声が、冷え切った宝物庫に大きく響く。
すると刀が、喜ぶように刃の霜を強くさせた。
青白い光が微かに揺れ、手に伝わる引力が一瞬強くなる。
「あらあら! まあまあ!」
皇妃様が満面の笑顔を浮かべながら胸の前で手を叩く。
「良いんですかっ!?」
これ以上ない好感触だ。
刀が放つのは冷気でも、その喜びに胸が熱くなり、目が自然に輝いてしまう。
「なりません! なりません、なりません、なりませんぞ!」
「……えっ!?」
しかし、侍従長さんが顔をぶるんぶるんと振って、猛烈な反対を訴えてきた。
その必死な姿に、私も殿下も思わず息を飲む。
皇妃様は目を丸くして、何事かと侍従長を見つめている。
「この宝物庫の品々は、我が帝国の宝! それをおいそれと渡すなどもっての外!
いかに、ウォースパイト侯爵家のご令嬢とて、なりませんぞ! 皇家のものなのですから!」
侍従長の声は震え、眉間に深い皺を寄せている。
その迫力に、私は思わず一歩引き、心の中で『ですよねー……。』と呟く。
殿下が『欲しいか』と問い、皇妃様が好感触だったから、つい期待してしまった。
でも、やはりここは宝物庫。
侍従長さんが言う通り、アルビオン帝国の宝だ。
博物館のように飾られて並ぶ武具のひとつひとつが、歴史と魔力を宿し、威厳を放っている。
それを手に入れられるなんて、甘かった。
だけど、この刀がどうしても欲しい。思わず柄を握りしめる手に力が入る。
だが、侍従長さんの意見を覆せる言葉が見つからない。
自然と私の視線を落ち、眉はへの字を描く。
「良いじゃないか! メアリスは将来の皇妃なんだから問題ないだろ!」
そこへ殿下のナイスアシストが入った。
言うまでもないが、私は殿下の婚約者候補であって、将来の皇妃とは断じて違う。
だけど、この一瞬だけは将来の皇妃になっちゃう。
刀を手に入れるためなら、殿下に笑顔で抱きついちゃう。それくらい欲しかったし、嬉しかった。
「殿下!」
「わわっ!? め、メアリスっ!?」
「あらあら! まあまあ!」
「なりません! なりません、なりません、なりませんぞ!」
抱きつく際に刀を刀置きに戻すと、むーんと青白いオーラを立ち上らせた。
気のせいか、呆れたように『ご、ご主君……。』と言っているように。




