表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第四章 二人の皇子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/51

第39話 宝物庫の呼び声




「んっ……。」



 濃密な魔力だ。

 宝物庫に入った瞬間、圧が全身を押しつぶすように感じ、思わず顔の前に右腕を翳して立ち止まった。

 胸が締め付けられるようで、息が浅くなる。まるで宝物庫そのものが呼吸しているかのようだ。



「メアリスちゃん、どうしたの?」

「ほら、こっちだよ! 格好良いのがあるんだ!」



 しかし、私以外は平然としている。

 皇妃様は首を傾げ、殿下は広い宝物庫の中央へ駆けていき、ヒルダは出入口の扉に控え、執事長さんは扉を静かに閉める。


 みんなは感じていないのだろうか。

 陳列された数々の武器たちが、まるで意志を持つかのようにざわめいていた。

 刃先が微かに光を反射し、オーラをゆらゆらと漂わせて、それぞれから放たれている様々な色が宝物庫の中心で合わさり、白い光と共に圧を放っているのを。



『貴殿を待ってござった……。拙者ともに戦場を駆けようぞ……。』

『いや、儂だ……。儂を持て……。こんなところ、もううんざりだ……。』

『はん、私よ。私……。あなた、可愛いから私の持ち手に相応しいわ……。』

『捧げよ……。血を捧げよ……。一心不乱の闘争を俺に寄越せ……。』



 数多のざわめきが聞こえ、心臓が跳ねる。

 思わず誰だと辺りをキョロキョロと見渡すが、やはり私たち四人しかいない。



「大丈夫?」



 皇妃様の優しい声に、ふっと現実に引き戻される。

 誰もさっきの声に気づいていない。殿下も執事長さんも不思議そうに私を見ている。



「あっ、はい……。大丈夫です」



 かすれた声で答え、ぎこちなく笑顔を作る。

 けれど胸の奥では、武器たちの叫びがまだ消えず、じわじわと圧を増している。


 それに急き立てられるように、殿下が待つ宝物庫中央へ足早に進む。

 赤い絨毯に足が沈むたび、武器たちのざわめきが、まるで波紋のように胸に広がる。



「メアリス?」



 殿下が私の手を引いていたが、私はその場で宝物庫をぐるりと見渡す。


 そして目が、一振りの刀に釘付けになる。

 決定的になったのは、自身を『拙者』と呼んでいたところだ。その時代劇めいた一人称に、武士の姿を連想した。



「……あれだ」



 鋭く輝き、しなやかに曲がる刃。紫の糸で編まれた柄。

 ゆらゆらと青白いオーラを立ち上らせながら、刃文が光を揺らすたび、胸の奥で何かが跳ねる。


 間違いない、日本刀だ。

 それだけで、全身に電流が走るような、抗えない引力を感じる。



「メアリス、どこにいくのさ?」



 殿下の手を振り払い、理性を振り切る。

 無数の武器たちの叫びが耳をつんざく中、足がその刀へと引き寄せられる。

 一歩、また一歩。床に響く足音さえも、まるでこの場の魔力に導かれているかのように感じる。


 やがて、ついに私は、光を放つ刃の前に立った。

 手が自然に刀の柄に伸びる。触れた瞬間、自分の中から魔力が刀へと吸われ、それが同時に戻ってくる感覚が全身を駆け抜けた。



「んぁっ……」



 刀と自分が、がちりと結びついたような不思議で甘美な感覚。

 全身に電流が走るように熱が広がり、下腹の奥がずきずきと疼く。

 思わず下唇を噛み、熱い吐息を漏らす。



『嬉しや! 拙者の名は、ムラサメ!

 我が身は主君のために在り! 七難八苦があらんとも、悉く凍てつかしめんと存ずる、候!』



 次の瞬間、青白いオーラが霧散した。

 刃の鍔から切っ先へと透明な露が滴り、やがて逆流するように霜が走った。

 瞬く間に白き衣をまとい、刀身は冷気の膜に覆われていく。



 吐息が白く曇る。

 宝物庫の空気が一気に冷え込む。



「メアリスちゃんっ!?」

「メアリスっ!?」



 異変を感じ取ったのだろう。

 皇妃様と殿下が慌てて駆け寄ってくる。


 だが、声が耳に届いているはずなのに、不思議と遠くで鳴っているようにしか感じなかった。

 私はただ、刀に魅入られていた。


 その冷たくも妖しい輝きから、視線を逸らすことができなかった。



「ムラサメ……。」



 先ほど頭の中に告げられた名を、震える声で呼ぶ。

 けれど刀は応えなかった。ただ静かに、青白い霜をまとった刃が、こちらを映し返している。



「もしかして……。気に入った? 欲しいの?」



 いつまでも私が反応を返さなかったからだろうか。

 殿下が少し不機嫌を滲ませて問いかけてきた。



「くれ!」



 即座に私は食い付いた。

 子供のように欲しがるその声が、冷え切った宝物庫に大きく響く。


 すると刀が、喜ぶように刃の霜を強くさせた。

 青白い光が微かに揺れ、手に伝わる引力が一瞬強くなる。



「あらあら! まあまあ!」



 皇妃様が満面の笑顔を浮かべながら胸の前で手を叩く。



「良いんですかっ!?」



 これ以上ない好感触だ。

 刀が放つのは冷気でも、その喜びに胸が熱くなり、目が自然に輝いてしまう。



「なりません! なりません、なりません、なりませんぞ!」

「……えっ!?」



 しかし、侍従長さんが顔をぶるんぶるんと振って、猛烈な反対を訴えてきた。

 その必死な姿に、私も殿下も思わず息を飲む。

 皇妃様は目を丸くして、何事かと侍従長を見つめている。



「この宝物庫の品々は、我が帝国の宝! それをおいそれと渡すなどもっての外!

 いかに、ウォースパイト侯爵家のご令嬢とて、なりませんぞ! 皇家のものなのですから!」



 侍従長の声は震え、眉間に深い皺を寄せている。

 その迫力に、私は思わず一歩引き、心の中で『ですよねー……。』と呟く。

 殿下が『欲しいか』と問い、皇妃様が好感触だったから、つい期待してしまった。


 でも、やはりここは宝物庫。

 侍従長さんが言う通り、アルビオン帝国の宝だ。

 博物館のように飾られて並ぶ武具のひとつひとつが、歴史と魔力を宿し、威厳を放っている。


 それを手に入れられるなんて、甘かった。

 だけど、この刀がどうしても欲しい。思わず柄を握りしめる手に力が入る。


 だが、侍従長さんの意見を覆せる言葉が見つからない。

 自然と私の視線を落ち、眉はへの字を描く。



「良いじゃないか! メアリスは将来の皇妃なんだから問題ないだろ!」



 そこへ殿下のナイスアシストが入った。

 言うまでもないが、私は殿下の婚約者候補であって、将来の皇妃とは断じて違う。


 だけど、この一瞬だけは将来の皇妃になっちゃう。

 刀を手に入れるためなら、殿下に笑顔で抱きついちゃう。それくらい欲しかったし、嬉しかった。



「殿下!」

「わわっ!? め、メアリスっ!?」

「あらあら! まあまあ!」

「なりません! なりません、なりません、なりませんぞ!」



 抱きつく際に刀を刀置きに戻すと、むーんと青白いオーラを立ち上らせた。

 気のせいか、呆れたように『ご、ご主君……。』と言っているように。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ