第3話 見慣れた天井、見知らぬ自分
「知っているけど……。知らない天井だ」
ナイトランプが淡くオレンジ色に染める天井をぼんやり眺める。
今寝ている天蓋付きベッドの天井には、旅先のホテルや旅館のような新鮮さは感じられない。
飽きるほど見慣れた自室の安心感が、確かにそこにあった。
その安心感は、目が覚める直前の微睡みからすでにあった。
キングサイズのベッドに体がすっかり馴染み、大中小の枕が幾重にも重なっている。思わず二度寝を貪りかけたほどだ。
目が覚めた後も暗さを感じると、考える前に習慣化した身体が勝手に動き、ベッドの宮に備え付けられたスイッチを探してナイトランプを灯していた。
「ふぅ……。目が覚めたら『実は夢だった』ってのを期待していたんだけどな」
思わず溜息が漏れた。
本音を包み隠さず言うなら、頭を抱えながらベッドをゴロゴロ転がり、喚き散らしたい衝動に駆られていた。
だが、そんなことをしても、この信じ難い現状は変わらない。
ついさっきバスルームで何度も驚いたばかりでもあり、暗い部屋に満ちる静寂が、自然と冷静さを与えてくれていた。
恐らく、バスルームで意識を失った後、ヒルダがこの自室のベッドまで運んでくれたのだろう。
掛け布団とシーツが触れる感触で、まだ全裸であることを確かめる。
下着くらい履かせてくれよと思う。しかし、今の身体の元主は子供の頃から全裸で寝る習慣があったのだから仕方がない。
ぐっすり寝た後の気怠さはない。
入浴したのは夕方前で、部屋は暗いが日付はまだ変わっていない。
「ほそい……。」
右腕を天井へと持ち上げ、掌を大きく開く。絶望が軽く胸をよぎる。
二の腕を左手で掴むと、プニプニの柔らかさ。さらに引っ張ると、餅のようにビヨーンと伸び、思わず顔が引きつった。
幼い頃、眩い閃光に心を焼かれて以来、武の道をひたすら歩んできた。
雨の日も風の日も鍛錬を重ね、その証として腕は固く、自慢でもあり自信の源でもあった。
だが今の腕は見る影もない。
指の付け根のタコも、受け身の練習で作られた前腕のシミも消え、この白く細い腕は苦労知らずのものだ。
それも当然だ。
今の俺、『メアリス・デ・リリアン・ウォースパイト』は、巨大な軍事国家『アルビオン帝国』の侯爵家の令嬢だ。
日常生活の世話はすべて、ヒルダたちメイド任せ。
用を足すときも、準備も後始末も、身体に指示を出すだけで事足りる。
誇張を抜きにしても、ペンやスプーン、コップくらいしか持ったことがない。
身体は痩せ細ってはいないが、水を満たしたバケツを持ち上げるのがやっとで、せいぜい三歩が限界だろう。息切れしてしばらく動けなくなるのは必至だ。
「はぁぁ~~~……。」
今度は、深すぎる溜息が漏れた。
どうやら涙も溢れ出したらしい。すぐ間近にある右の掌が滲んで見える。
なぜ、俺は今『メアリス・デ・リリアン・ウォースパイト』としての意識を持っているのか。
さっきも考えたが、目が覚めたら浴室での出来事はすべて夢で、悪友が『ドッキリ大成功』と書かれた看板を持って笑って現れるのを期待していた。
しかし、現実は変わらない。卒倒前と同じ現実が、今も続いているのだ。
まるで『胡蝶の夢』のように、男としての自分の認識と記憶を持ちつつ、メアリスとしての意識と記憶も同時に存在している。
当然、男としての自分はどうなったのかという疑問が浮かぶ。
男だった俺は死に、この異世界に生まれ変わったのか。輪廻転生の可能性も思い浮かぶが、死んだ記憶はない。
前世の自分の父と母の名前、生まれ育った地方都市名。
小学校、中学校、高校、大学、どこでどんな友人がいたかも覚えている。
大学卒業後、とある企業に就職するが、半年の研修が終わる前に倒産。
再就職先を探す途中、父方の祖父に呼ばれ、生まれ故郷へ戻ってホームセンターでアルバイトをしながら兼業農家を手伝った。
中学卒業後、疎遠になった引きこもりのオタク化した元優等生の女の幼馴染が、気づけば我が家に居候を始めた。
その社会復帰を手伝ううちに、互いの両親や田舎特有のコミュニティの中で、いつの間にか結婚間近の関係という認識が生まれ、どうすべきか悩むようになった。
去年の秋、百歳を超えて大往生した祖父のことも覚えている。
ただ、それ以降のことは思い出せない。
俺は健康で大病を患っていない。
では、何らかの事故で死んだのだろうか。
幼馴染はゲームばかりしていないだろうか。
三食きちんと食べているか、ちゃんと風呂に入っているか、水田の管理は滞りなく行えているか、と心配になる。
「はぁぁ~~~……。」
今一度、深く溜息を漏らす。
右手を重力に任せて下ろすと、弾力性のあるベッドが揺れ、同時に胸がプルルンと揺れるのを感じた。
その瞬間、疑問も悩みもすべて吹き飛んだ。
思わず上半身を勢いよく跳ね起こすと、胸はさらにプルプルと揺れ、男としての人生では味わったことのない重みを感じる。
たまらず胸に手を伸ばす。
ヒルダの豊満さと比べると、まだ小さく、かすかに膨らんでいる程度に過ぎない。
だが、今はまだ十三歳の発展途上。
過去に何度か偶然目にした、成人後の幼馴染のほんのりとした胸に比べれば、将来性は確かにあるはずだ。
夢中になって胸を揉み、ふと二つのぽっちが自己主張して尖っているのに気づく。
興味が赴くまま、そっと摘んだ次の瞬間。
「ぁふっ!?」
電流が二つのぽっちから全身へと走った。
強い刺激に思わず甘い声が漏れ、背を弓なりに反らせて身体が跳ねる。
「い、今のって……。」
どうやら男の本能に逆らえず、おっぱいの柔らかさに原初的な安心感を覚え、現実逃避に陥っていたらしい。
我に返ると、火照った全身がうっすらと汗を帯びており、下腹の奥には小さな灯火が宿り、甘い疼きを発しているではないか。
それが意味するものは何なのか。
私『メアリス』にとっては大きな疑問だが、これを理解できないほど俺は子供でも初心でもない。
もちろん、興味は別の場所へと移った。男として当然のことだ。
おっぱいとそのぽっちでこれなのだから、もっと大事な部分に触れたらどうなってしまうのか。
未知を探る好奇心と、同時に少しの恐怖が胸に込み上げる。
「これで……。よしっと!」
しかし、その前に、大中小の枕の左右に座るクマとウサギの大きなぬいぐるみを裏返して、背を向けさせた。
今、この身体は俺のものだ。それをどう使おうと勝手だが、これから行おうとしていることを考えると、つぶらな瞳に見つめられたままでは耐えられなかった。
次に枕を積み上げて高さを調整し、そこに背を預けた。
この逸る気持ちを抑えた判断は正解だった。
布団を跳ねのけると、寝たままでは見えなかった大事な部分が目に入った。
私『メアリス』が密かにコンプレックスを抱えている、生えていない大事な部分がしっかりと視界に入り、狙いを外す心配はもうない。
「すーーっ! ……はーーっ! すーーっ! はーーっ! すーっ、はーっ!」
荒ぶる鼻息を抑えるため、深呼吸を三度。
これで、全ての準備は整った。
胸はドキドキと喧しく高鳴り、ベッドに投げ出した足を曲げ、立てた膝をゆっくり開く。
同時に、両手を大事な部分へと恐る恐る伸ばす。
「ぁうんっ!?」
右手の指先が触れた瞬間、ぽっちを摘んだ時以上の刺激が全身を駆け巡った。




