第35話 母の剣、私の挑戦
「ふっ……。勝負あったな」
「くっ!? ……殺せ!」
甲高い音が響き渡り、剣が手元から弾き飛ばされる。
大きな隙が生まれることは理解していても、宙を舞う剣に意識を奪われ、慌てて視線を前方に戻すと、眼前に剣の切っ先が突き出されていた。
一瞬の呼吸のあと、鈍いドスリという音が響く。
剣が大地に突き刺さった音だ。右手斜め後方、距離はおよそ四歩半。
しかし、それを知ったところで、もうどうしようもない。
「お前、負けた時に必ずそう言うな? 何か意味でもあるのか?」
「様式美ってやつだよ。気にするな」
「あん?」
間違いなく、私の完敗だ。
その悔しさのせいで、つい態度がぶっきらぼうになってしまう。
テオと一緒に行う鍛錬は、本当に楽しい。
私が技術で、テオが力で勝り、総合的な実力が拮抗していることでうまく噛み合い、お互いを高め合いながら日々成長している手応えを感じる。
その実感が、鍛錬への熱をさらに高めた。
恐らく、テオも同じ気持ちだろう。
私は昼食を屋敷で済ませてから、この闘技場に訪れるが、そのタイミングで、まるで示し合わせたかのようにテオも現れる。
最初は『タイミングがいいな』としか思っていなかったが、実は違った。
どうやら、私よりもずっと早く昼食を済ませ、私が闘技場に来るのを前もって待っていたらしい。
そして、それがわからぬよう巧妙に身を隠しているようだ。
テオの副官からこっそり教えられ、その話を聞いて思わず嬉しくなった。
でも、日を重ねるうちに、テオの実力が私を上回りつつあるのかもしれない。
手合わせの勝敗も、以前のように一進一退ではなく、少しずつ変化が現れ始めていた。
ここ数日は、勝てても辛勝ばかりで、快勝と呼べる勝利は一度もなかった。
それを挽回しようと、あれこれ考えてはいるものの、なかなか結果には結びつかない。
テオが帝都を任務で離れるまで、あと五日。
ようやく巡り会えた好敵手に見限られたくはない。
次にテオが帝都に戻ってくる予定の春を、心待ちにさせるような相手でありたい。
「それより、どうだった? 戦い方をちょっと変えてみたんだけど、気づいた?」
そのためには、戦った本人に直接意見を聞いた方が早い。
敗北の悔しさは成長に欠かせないものだが、それにばかり囚われていては意味がない。
剣を拾い、鞘に収め、態度を改めて問いかける。
「そうだな。悪くはなかった。
特に三撃目の斬り払いは良かった。ヒヤッとさせられた」
「ほう!」
「だが、言わせてもらう。お前には今の戦い方は合っていない」
「むっ!?」
「恐らくだが……。その戦い方を突き進めると、逆にお前は持ち味を失うことになる。元に戻した方がいい」
「むぅ……。」
「……というか、ここ数日のお前を見て確信した。その剣はお前に合っていない」
その結果、上げて下げての駄目出し。
一瞬、喜んでしまった分だけ、機嫌は真っ逆さまになる。
親切心だと分かっていても、思わず『そんなこと、言われなくてもとっくに分かってる!』と口に出しそうになり、その怒声を必死に飲み込む。
なにしろ、私が前世の祖父から学んだ武術は、戦国時代の戦場を起源とする。
槍も弓も礫も徒手も何でも扱えるが、その基本は、当時誰もが手にしていたであろう『日本刀』にある。
しかし、この世界には『日本刀』が存在しない。
屋敷の武器庫にも、巡った帝都の武器屋にも、一振りも見当たらなかった。
ならば、無い物ねだりをしても仕方がない。
私は『日本刀』を扱う武術者としての経験はあるが、『日本刀』を鍛える鍛冶師としての経験は持っていないのだから。
口で『日本刀』の特徴を語ることはできる。
だが、武器とは文化である。長い時を経て育まれた技術と、その理念を知らずに、この世界の鍛冶師に打ってもらったところで、『日本刀』に似た粗悪品ができるだけだ。
だから私は、剣を自分に合わせるのではなく、自分を剣に合わせることにした。
しかし、前世の大半を費やして身につけた感覚を変えるのは、男が女になった感覚を遥かに超える困難さだ。
テオという好敵手を得て、その感覚の違いをより鮮明に感じるようになり、それを克服しようと日々努力している。
「これ、お母様が使っていたもので、なかなかの業物だぞ?」
私が冒険者となった頃から使っているこの剣は、かなりの逸品で、愛着もひとしおだ。
思い出や屋敷に飾られた肖像画を見る限り、まさにお淑やかな貴族令嬢そのものだった亡き母が、なぜこの剣を所有していたのかは疑問が残る。
だが、親子二代にわたって同じ剣を持つという事実には、どこかロマンを感じずにはいられない。
質実剛健な見た目も、私は気に入っている。
冒険者だった頃、その飾り気のなさから、よく数打物と誤解されたものだが、実はマジックアイテムである。
しかも、現代の魔術師たちが造る魔晶石を動力源としたマジックアイテムではない。
その製造技術は遠い古に失伝し、現代では再現不可能。魔晶石を必要とせず、担い手自身の魔力を動力として動く、特別なマジックアイテムなのだ。
「まあ、付与されている魔術は私と相性がいいとは言えないから、性能を十分に引き出せているかっていうと、そこはちょっと違うけどさ」
ただし、私自身も言っているように、付与されている魔術との相性はあまり良くない。
改めて魔力の検査を行った結果、私は水属性に秀でているらしいが、剣に秘められた魔術は火属性だった。
水と火、この組み合わせを聞くだけで、その相性の悪さは察しがつくだろう。
でも、問題はない。折れず、曲がらず、斬れ味は抜群だ。
この世に生み出された瞬間の性能を常に保とうとする、マジックアイテムの基本性能こそが重要なのだから。
私が扱う身体能力向上の魔術の難点は、あくまで術者、あるいは対象者の身体能力を向上させるものであって、その効果が道具にまで及ぶわけではない。
テオのように身体能力向上の魔術を使える相手と打ち合う場合、並の剣では耐えられず、下手をすれば一撃で折れてしまう可能性すらある。
もちろん、剣や槍などの武器自体を強化する魔術も存在する。
だが、それを習得よりも、こうして最初から代用品以上の逸品が存在するのであれば、そこにリソースを割くのは無駄に過ぎない。
「いや、そういう意味じゃない。
確かに、その剣はロングソードとしてはやや細身で、女が扱うには軽くて適している。
だが、ロングソードは所詮ロングソードだ。
叩き斬ることを目的にした剣である以上、斬り払いを主体にするお前には合わないだろ?」
しかし、私が鞘に収めた剣を叩いて見せると、テオは首を左右に振った。




