第33話 鏡の中のランジェリー
「なぁっ!?」
「ちょっ!?」
ドアが開く音に、つい視線を上げる。
姿見の中で、目を丸くした間抜けな顔の厨二病と目が合った私は、慌てて両手で胸と股間を隠す。
今、私は着替えの途中だった。
入浴を済ませ、パンツはすでに履いていたが、ブラジャーは背中のブラホックを、ヒルダに留めてもらっている最中だった。
「す、すまん!」
ドアが勢いよく閉まり、大きな音がバタンッと鳴る。
姿見に映る私の顔は紅く染まり、胸を押さえる右手に早鐘を打つ鼓動が伝わる。
でも、それは下着姿を厨二病に見られたからではない。
自分の条件反射があまりにも女の子らしかったことに、少し驚いたのだ。
もしここで『キャっ!?』とでも悲鳴をあげていたら、元男として激しく落ち込んでいたかもしれない。
「……って、待て、待てっ!
ここは俺の部屋だぞ! 鍵はどうした! なぜ、お前が居る!」
数拍の間を空けて、ドアの向こうから厨二病の怒鳴り声が轟く。
だが、姿見に映るヒルダに目で合図し、着替えを続行する。無視だ。
こういう時、どんなに男が正当性を訴えようとも、結局は女が勝つ。世界が変わろうと、古今東西それは変わらない。
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「痛くありませんか?」
「ん~んっ……。」
どうして、髪を梳いてもらうと、こんなに気持ちがいいのだろうか。
今も、ヒルダの問いかけに応えようとして、鼻に抜ける眠そうな声が出てしまった。
もっとも、鍛錬後の疲労感と、入浴で癒された心地良さも加わっているのだから仕方がない。
先ほどから半ば微睡みを感じており、目を閉じて気を抜くだけで、簡単に寝落ちてしまいそうだ。
強いて苦言を呈するなら、今座っている応接セットの二人掛けソファーのクッションが、やや固いところくらいか。
「んんっ! んんんんんっ!」
「さっきから、何だよ? うるさいなぁ~~……。」
ところが、その桃源郷を壊そうと企む愚か者が一人いた。
わざとらしい咳払いで自分に意識を向けさせようとする厨二病の、座る執務机に白い目を向けた。
彼の名は、厨二病改め『テオ・デ・ツバル・レスボス・アルビオン』で、我が国の第一皇子である。
ただし、婚約者候補である私の相手、皇太子殿下とは違う。
テオは皇太子殿下より六歳年上の皇帝の長子ではあるが、婚外子『庶子』であり、帝位継承権は三位。皇太子殿下、その妹の皇女殿下の次に位置する。
「お前との手合わせは確かに楽しい。その後の討論もだ」
「そりゃ、どうも」
アルビオン帝国では、家督の継承は長子を原則とする国法で定められているが、男女による区別は明記されていない。
しかし、家督の継承には兵役義務が伴うため、平民なら兵士に、貴族なら騎士に一度は必ず就くことが求められる。
そのため、慣習的に男性が望ましいとされている。
だが、庶子は事情が違う。扱いはとても低く、基本的に当主のさじ加減一つで決まる。
家督を継げず、貴族の血を引いていても身分は平民、という話は珍しくない。
そう考えると、テオは随分と恵まれている方だ。
皇族として公式に認められ、第三位の帝位継承権を持ち、第七騎士団の団長まで任されているのだから。
「だが、この部屋は誰の部屋だ?」
「えっ!? お前のだろ?」
それでも、やはり何か思うところがあるのだろう。
皇居に自室を持ちながらも、この軍司令部舎にある、仮眠用のベッドと風呂を備えた第七騎士団団長室に居を構えていた。
余談だが、アルビオン帝国には常設の八つの騎士団がある。
第一騎士団は帝都とその周辺の皇帝直轄領を、第二騎士団は北方領の国境防衛を、第三騎士団は南方領の国境防衛を、第四騎士団は西方領の国境防衛を、第五騎士団は東方領の国境防衛を担当する。第六騎士団は東方領と南方領に接する海を守り、第七騎士団と第八騎士団は、有事の際の即応軍として任地を定めず、国内の街道警備を担っている。
そのため、第七騎士団と第八騎士団は一箇所に長く留まらず、雨の日も風の日も行軍が続く。
野外暮らしが日常であるため、配属先としては不人気だという。
ヒルダの話によると、兵役義務の配属先は生まれた地方に準じるが、入隊検査後のくじ引きで『当たり』が出た場合、第七騎士団か第八騎士団に配属される。
当たりを引いた者は泣いたり、卒倒したり、時には脱走を試みる者もいるそうだ。
それゆえ、テオが帝都に今いるのは、たまたまに過ぎない。
知り合って二週間。親友とはまだ呼べないが、友人にはなれたと思う。
テオも言った通り、彼との手合わせは楽しいし、戦闘談議も楽しい。
知り合うきっかけとなった『辻斬り』のことはもうどうでもよく、この二週間はテオと一緒に鍛錬する日々だった。
だからこそ、二週間後にテオが任務で帝都を離れてしまうことが、今から少し寂しい。
年齢は六歳差。前世で言えば、私が中学生ならテオは大学生になる。
それでも、実力がほぼ同じくらいの剣術仲間を持つのは初めてのことだ。
「それが解っているならだ……。
なぜ、ここに居る? なぜ、ここで寛いでいる? そもそも、鍵はどうした?」
「ああ……。鍵なら、管理人のお爺ちゃんに開けて貰ったけど?」
帝都を離れると言えば、父とお祖父様はまだ湯治から戻ってこない。
手紙は二日に一度の頻度で届くが、私の機嫌を伺うための言い訳ばかりだ。
あの嘘つき二人は、もう帰ってこなくていいと思う。




