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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第四章 二人の皇子

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第32話 名乗りの決闘




「ドラゴニック・ハート!」



 厨二病が一度閉じた瞼を、カッと見開いた次の瞬間。

 その呼びかけに呼応するように、世界がうねりを上げ、彼の存在感が圧倒的に膨れ上がった。


 これまで感じたことのない快感が、私の中を一気に駆け抜けた。

 下腹の奥で弾けていた熱がついに解き放たれ、背筋を這い上がるような震えが走る。


 身体能力向上の魔術である。

 これまで戦ってきた相手の中にも、それを扱う者はいた。

 だが、厨二病が開いた門の数は三つ。彼ほどの使い手は、他にいなかった。


 この世界では、前世の『地球』と比べものにならないほど、多くの人々が武術の心得を持っている。

 身近に『モンスター』という外敵が存在し、その肉や皮、骨などを素材として狩る冒険者という職業が、いわば一次産業として成り立っているからだ。


 しかし、魔術を扱える者は多くない。

 その理由は単純だ。自分の内に宿る魔力を見つけ出すことが、想像以上に難しいから。

 私『メアリス』も、かつてはその壁に阻まれていた。


 さらに魔術を操るには、理論を学び、その理解を深める必要がある。

 私にとっては、科学や化学、物理といった基礎的な知識にすぎないのだが、この世界の人々にとっては、理解不能のまじないに等しい。


 加えて、識字率も決して高くはない。

 日常語を経験で覚えている者が大半で、多くの貴族ですら文章を読ませるとたどたどしい。


 つまり、この世界の人々は『机に向かって勉強する』という行為そのものに慣れていない。


 発動キーワードを口にするだけの簡単な仕事に見えるせいか、魔術の道を志す者は多いらしい。

 だが、幼い頃の私がそうだったように、ほとんどの者はすぐに挫折してしまう。


 身体を鍛える武術と、知識を蓄える魔術。

 言い換えれば、運動と学問。


 両者が両極に位置する点は、この世界でも変わらない。

 生きとし生ける者に平等に与えられたものは『時間』だけ。誰にとっても有限なのだ。

 だからこそ、人はより効率的に伸ばせる方へと努力を注ごうとするのが自然の理である。


 それゆえ、武術と魔術の両方に心得を持つ者は、極めて少ない。

 冒険者ギルドでパーティのマッチングをしたときも、特技に剣術と魔術の二つを挙げると、受付のお姉さんが三度も確認するほど驚いたのをよく覚えている。


 しかし、その希少な者たちが集い、覇を競い合うのが戦場だ。


 この世界には、人知をはるかに超えた英雄譚が数多く存在する。

 もちろん、その中には誇張も混じっているだろう。

 それでも、前世ではあり得なかった剣と魔術の戦いの華やかさに、心は踊った。

 

 だから、私は騎士となり、綺羅星の如く集う戦場に期待した。

 その待ち望んだ瞬間が、今、戦場に向かわずとも、向こうからやってきた。喜びに、笑みが止めどなく溢れ出す。

 


「くふっ……。くふふふふっ!

 ずっと待っていたよ! お前のような馬鹿を! ……トップ・アクセル!」


 だが、本当の喜びは、これからだ。

 笑いを堪えつつ、身体能力向上の魔術を使う者同士の戦いでは狭すぎる間合いを、バックステップで広げる。


 私が世界に呼びかけると、厨二病はニヤリと笑った。それが合図となった。

 左半身を向け、交差させた両腕を顔の横に置き、剣先を厨二病にまっすぐ向ける。


 厨二病が開いた門の数が三つなら、私は四つだ。

 残念ながら、ここまでの攻防では素の実力で私の方が劣っていることを認めざるを得ない。


 しかし、これで同等か、それ以上の力を得た。


 ただし、許された時間は少ない。

 全力を出し切る前に、決着をつけねばならない。



「いざ!」

「尋常に!」



 この瞬間が永遠に続けばと願いながらも、狙うは一撃必殺。


 たとえここで果てたとしても、悔いはない。

 その意味を込めた合言葉を叫び合い、腰を軽く落とす。身体に漲る力を解き放とうとした、その次の瞬間だった。



「お待ち下さいっ!」



 一陣の風と共に現れたヒルダが、二人の間に立ちはだかり、待ったをかけた。

 突き出した掌は、私と厨二病の両者に向けられている。



「ヒルダ、退いて! そいつ、斬れない!」

「メイド、退け! おこがましいぞ!」



 当然、私と厨二病の不満は爆発した。

 私はヒルダをよく知っているだけに、戸惑いが混ざったが、厨二病は完全に殺気立っている。


 今にもヒルダに斬りかかりそうだが、実行に移さないのは私の存在があるからだ。

 斬りかかればその隙を突かれ、己の敗北が確定することを彼も承知しているのだ。



「いいえ、退きません! 絶対に退きません!

 これが決闘だというのなら、まずは名乗り合いを! それが礼儀というものではありませんか!」

「あっ!?」

「余計なことを……。」



 ヒルダはひるまなかった。

 裂帛の気迫を放ち、その頷かざるを得ない指摘に、私も厨二病も怒りの炎を一気に鎮火させる。


 安易な挑発に乗せられ、名乗り合う前に始まってしまった決闘。

 もしこのまま私が厨二病に勝ち、命を奪ってしまえば、墓碑に刻まれる言葉は『厨二病、ここに眠る』になってしまう。


 さすがに、それは忍びない。

 作法に則り、胸の前で剣を両手で握り、剣先を天に掲げながら、名乗りを声高らかにあげた。



「私の名はメアリス! 東方領、リリアンの生まれにして、ウォースパイト侯爵家が長女!

 メアリス・デ・リリアン・ウォースパイトが、貴殿に決闘を申し込む! ついては、貴殿の尊名をお聞かせ願う!」

「なっ!? お前が……。あのっ!?」



 その途端、厨二病は目を見開いた。

 私の噂を聞きつけてここに来たというのに、どうやら私が誰かまでは知らなかったらしい。


 思わず小さく舌打ちする。

 これでウォースパイト侯爵家に気を使って手加減するようなら、興ざめだ。

 顎を軽くしゃくり、さっさと返礼をするよう促すと、厨二病も胸の前で剣を両手で握り、剣先を天に掲げた。



「我が名はテオ! テオ・デ・ツバル・レスボス・アルビオン!」

「ア、アルビオンっ!?」

「ちっ……。だから、嫌だったんだ」



 その結果、厨二病の口から飛び出したのは、私以上のビッグネームだった。

 今度は私が目をこれ以上ないほど見開き、口を間抜けにあんぐりと開ける。

 すると、厨二病の舌打ちの音が、やけに大きく響いた。


 私の名乗りからも分かる通り、この世界の名前には一定の法則がある。

 まず個人名、その次に皇帝や国王に認められた称号。さらに生まれた場所、そして家名だ。


 もし私が平民であれば、称号も家名も持てないため『メアリス・リリアン』となる。

 ただし、帝都のように大きな街では、その街を生まれた場所として名乗れるのは、街を所有する家だけの特権。その他の者は、街の区域名を名乗る決まりになっている。


 では、家名の次に国名まで付く者とは何者か。

 その答えは語るまでもない。その国の皇族、あるいは王族に他ならない。



「えっ!? えっ!? えっ!?」

「はい、第一皇子殿下にございます」



 私は驚きのあまり、完全に混乱した。

 思わず救いを求める眼差しをヒルダへ向けるが、現実は非情だった。

 ヒルダは神妙な面持ちで頷き、その場に跪くと、厨二病へ頭を深々と垂れた。


 それを目の当たりにして、今さらながら理解した。

 ヒルダが身体を張ってでも、私の不興を買ってでも決闘を止めた理由も。

 厨二病が名乗りを交わす前に、安易な挑発で仕掛けた理由も。



「えっ!? えっ!? えっ!? 

 え、ええっと……。ど、どうする? い、いえ、どうなさいますか?」



 プライドが激しく邪魔をしたが、私は慌てて剣を無造作に放る。


 間一髪を入れず、左足を斜め後ろの内側に引き、右膝を曲げる。

 両手でスカートの裾を軽く持ち上げながら礼『カーテシー』を行い、貴族令嬢としての義務を果たした。


 言うまでもなく、皇族に剣を向けるのは大罪だ。

 もし罪が私一人で済むならまだしも、家族や親族にまで累が及ぶ可能性がある以上、当然の選択。プライドなど必要ない。


 まだ用を足し終える前だったかもしれないのに、すっ飛んで来てくれたヒルダには感謝しかない。

 急ぐあまり、パンツを履き直すときにスカートの後ろ裾を巻き込んでしまい、その後ろ姿には白いお尻と黒のパンツが見えている。

 だが、それは黙って、あとでそっと直してあげよう。



「メアリス嬢、もう貴女も続ける気は湧きまい。

 だが、貴女とはぜひ剣を交えたい。

 使者を追って出すゆえ、日と場所を改めて、いかがか?」



 厨二病の態度が豹変した。

 溜息を深々と漏らし、剣を下ろすその様子を合図に、皇族らしい紳士然とした彼を見て思う。


 どう考えても、先ほどまでの傍若無人な態度が本性だ。



「あっ、はい……。よ、よろしくお願いします」



 私と同じ匂いがする。

 身分がさまざまな面で邪魔をして苦労しているのだろうと、少しだけ同情心が湧いた。

 



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