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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第四章 二人の皇子

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第31話 黒との交錯




「恨みはない! 恨みはないが、貴殿を五人目と定め、決闘を申し込む!

 ここを通りたければ、剣を抜け! 私を実力で打ち倒せ! 戦う気がないなら剣を置け! 通してやる!」



 絶対に無視できぬ通路のど真ん中。

 足を肩幅に開き、鞘より抜いた剣の切っ先を大地に突き立て、組んだ両手を柄尻に乗せて声高らかに口上を宣する。


 それに反応して、こちらに歩を進めていた若い男は、ぴたりと立ち止まった。

 お互いの距離は10メートルほど。遠目でも黒さが際立っていたが、近くで見ると、その黒さはなお一層深い。


 目に付いたのは、軍服の黒さ。

 アルビオン帝国の正規軍服は、将官も一兵士も基本的に藍色である。


 だが、彼の肩章には三本のラインが刻まれていた。

 肩甲骨までの短い儀礼用マントも、千の騎士と万の兵士を束ねる『千騎長』のみに許された証である。


 どうやら超大物だ。

 彼の黒は、味方の士気を上げ、敵の戦意を削ぐエース専用の『パーソナルカラー』に他ならない。


 剣も黒い。柄が黒なら鞘も黒だ。

 もしかすると、抜いた剣身も黒なのだろうか。


 さらに、左肩から左手を丸ごと覆う金属製のアームガードも黒い。

 両手で剣を握り、左腕で攻撃を受け止める戦い方であると、自然に察せられる。


 右手に指抜きの黒革グローブをはめている。

 眼帯を付けて、髪と瞳まで黒であれば神懸かり的に完璧であったろう。


 でも、それでも十分すぎるほどの黒さだ。

 緑の瞳に銀の髪をオールバックにした彼は、間違いなく『厨二病』である。


 見た目からすれば、二十歳前後。

 未だに『厨二病』を患っているとは、実に痛ましい限りだ。


 しかし、これから戦う相手を軽く見てはいけない。

 鼻息も腹筋の震えも止まらないが、下唇を噛みしめ、必死に感情を抑える。



「帝都に戻ってみれば、なかなか面白いことになっているな。

 噂の主はお前だったか。なるほど……。見た目は良いが、胸は少し寂しいな」

「なっ!?」



 ところが、ところがである。

 厨二病は私を鼻で笑っただけでなく、年頃の乙女に対する禁句まで口にしたため、震えていた鼻息と腹筋はたちまち収まった。


 いや、私は胸の大小に拘ってはいない。

 そもそも、まだ成長期の真っ最中。将来に伸びしろは十分ある。


 肖像画に描かれた母の姿を見れば、私の未来も明るい。

 ほぼ毎晩、ヒルダによる豊胸トレーニングを受けているのだから、問題などあるはずもない。



「来い。遊んでやる」

「訂正しろ! これは剣を振りやすくするために、それ用のもので締め付けてあるからだ!」



 しかし、左手で余裕たっぷりに手招きされると、我慢が効かなかった。

 安い挑発だと分かっていながらも、鼻息をフンスと荒く吹き出し、私は厨二病へ斬りかかった。




 ******




「遅い!」



 三度、ほぼ絶え間なく剣が交わる音が響いた。

 三度とも仕掛けたのは私で、逆に厨二病の口からは『早いっ……。』と小さく呟く声が聞こえる。



 初撃は右薙ぎ。

 これは受けるか避けることを前提として放った一撃で、厨二病は思惑通り左の手甲で払いのけた。


 次に放ったのは、右薙ぎを受け流された勢いを利用した一回転の左斬り上げ。

 小手調べのつもりだった。もしこれで決まれば、少し肩透かしだったが、厨二病は期待に応えて、剣で受け止める。


 最後が本命の一撃。バックステップを半歩踏みながらの突き。

 実を言うと、この三連撃は盾持ち相手への初見殺し。初撃と二撃目で相手の体勢を固めることを狙っている。


 ましてや、厨二病が扱う剣は、両手持ちのいわゆる『ツーハンドソード』だ。

 予想通り、その黒い剣身は私のロングソードより五割ほど長い。間合いは広いが、剛性を保つために幅も厚みもあり、扱いづらく重い。


 二撃目を返しで受けたため、ツーハンドソードは左奥下に落ちている。

 その重さゆえ、点で狙う首元への突きを迎撃に用いるのは難しい。


 厨二病の選択肢は二つ。

 左手の手甲で再び私の剣を打ち払うか、バックステップで間合いを広げるかだ。

 

 どちらにせよ、私がイニシアティブを握り続ける。

 前者なら、左手をツーハンドソードから離さねばならず、攻撃に転じるには剣を持ち直すワンアクションが必要だ。

 後者なら、ツーハンドソードの剣先は下がったまま置き去りになり、やはり攻撃に転じるには剣を持ち直すワンアクションが必要となる。



「なっ!?」



 だが、厨二病が選んだのは、そのどちらでもなかった。

 なんと右手をツーハンドソードから離すと、左手一本で剣先の下がった剣を逆に引き上げ、鍔と柄の間にできた空間で私の突きを受け止めたのだ。


 しかも、そのまま左肘を跳ね上げるようにして私の剣を力強く弾き飛ばす。


 私が驚愕に目を見開いた時には、もう遅かった。

 突きの勢いのまま体勢を崩した私は、たたらを踏みながら後退し、左足を引いた厨二病の目前を通り過ぎ、無防備な背を晒していた。


 すぐさま左足を軸に、右へと回転する。

 右足が大地を踏むと同時に、大きくバックステップを取り、反撃に備えて構えを取った。


 ところが、厨二病は動かない。

 先ほどの腕力と技術をもってすれば、追撃など造作もないはずだ。


 それでもなお、彼はその場に佇み、私が構えを整えるのを待っていた。


 おそらく、彼の基本の構えなのだろう。

 一呼吸置いたのち、左半身をゆるりと見せ、両の手を腰の前に添えながら、ツーハンドソードの剣先を右奥へと下げる。



「くふふっ……。厨二病の癖に」



 笑みが、自然とこぼれた。

 力があり、技があり、若さと経験までも備えている。彼こそ、私が待ち望んでいた相手だ。


 負けるかもしれない。

 今日まで積み上げてきた評価が崩れるかもしれない。


 けれど、そんなことはどうでもよかった。

 私が『メアリス』になってから、罵ることしかなかった神に、初めて感謝した。


 胸が高揚で熱くなり、ぞくぞくとした快感が全身を駆け抜ける。

 それは、ヒルダと共に過ごす夜でさえ届かないほど強く、下腹の奥で弾けて、身体を内側から灼くように火照らせていった。



「……ちゅうにびょう? 

 何を言っているのかは分からんが……。さっさと本気を出せ」



 その快感に酔いしれ、完全に動きを止めた私に痺れを切らしたのだろう。

 厨二病は、やれやれと首を左右に振りながら溜息をつき、何やら促すような仕草を見せた。



「ん?」

「とぼける気か? それとも、女だからと負けた時の言い訳にするつもりか?」



 しかし、『本気を出せ』と言われても意味が分からない。

 確かに、厨二病の実力を見誤ってはいたが、先ほどの攻勢は正真正銘の全力だった。

 それは、彼自身も感じ取っていたはずだ。



「ちっ……。生意気な女め。本気を引き出させろということか」

「えっ!? あっ!? ……うん?」



 挙げ句の果てに、厨二病は舌打ちして一人で納得。

 私はすっかり置いてけぼりを食らい、高揚感を戸惑いに変えながら、目をパチパチと瞬かせつつ、とりあえずの相槌を打つ。



「ドラゴニック・ハート!」



 だが、戸惑いはすぐに再び高揚感へと塗り替えられた。




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