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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第四章 二人の皇子

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第30話 剣と冬の東屋




「1、2、3、4、5、6、7……。もう7本か」



 隣の長椅子に立てかけられた七本の剣は、主を失い、静かに並んでいた。

 その不戦勝の証を前に、私は小さく溜息を吐き、ティーカップをそっとソーサーに置いた。


 皇城と軍司令部舎を結ぶ通路のちょうど中間にある東屋。

 ここで釣り糸を垂れて、もう一週間になる。日を追うごとに食いつきは悪くなり、手持ち無沙汰な時間が増えていった。


 初日はまさに入れ食いで、楽しくて仕方がなかった。

 通せんぼをする私を面白がり、挑戦者が次々現れ、一時は列を作るほどだった。



「最初は良かったんだけどなー……。」



 その過程で、自分の実力を測ることもできた。

 もちろん、アルビオン帝国各地に騎士は散らばっているため、軍司令部舎だけで断言はできないが、今のところ自分は中の上程度の実力だろうと考えている。


 年齢的にまだ身体が十分に出来上がっていないことも影響しているが、やはり男女差も大きい。

 日々鍛錬を重ねた者の一撃は重く、打ち合いでは不利を強いられることが多い。


 さらに、対人経験の不足も痛感する。

 若手の騎士には技術で圧倒できても、幾多の戦場を駆け抜けてきた年長の騎士には、フェイントなどで主導権を握られ、後手に回る場面が多かった。



「戦場かー……。強い奴、いっぱいいるんだろうなー……。」



 もっとも、私には魔術という切り札がある。

 騎士の中で魔術を扱える者は稀で、これが大きなアドバンテージとなり、未だ負け知らずの記録を更新中である。


 しかし、それだけに頼っていては駄目だ。

 今の自分に満足せず、これからも鍛錬を重ねる必要がある。

 魔術を用いたとしても、結局は素の身体能力が基盤になっているのだから。


 でも、以前ほど筋力を必死に増やそうとは思っていない。

 どうやら私は筋肉がつきにくい体質らしく、今以上に筋力を目的に鍛えても、見た目だけの筋肉に終わるだろう。


 それに、力が性差で劣るからといって、同じ土俵で戦う必要はない。

 最近、ふとした瞬間にしみじみ感じるのは、男性の時にはなかった速さと柔軟性だ。

 これを最大限に活かし、さらに伸ばしていくべきだと考えている。


 二日目は、将来の課題が見えてきて、次にどんな発見があるのかと期待していた。



「どうしてかなー……。次こそは、ってならないのかなー?」



 だが、ここを通る者の数は目に見えて減った。

 正確には数えていないが、初日の半分以下になり、三日目にはさらにその半分になった。


 私がここを釣り場に選んだのは、皇城と軍司令部舎を行き来する者は必ずこの通路を通るからだ。


 往来が少ないことに不審を抱き、ヒルダに調べてもらった結果、驚くべき事実が判明した。

 騎士たちはこの通路を避け、わざわざ倍以上になる遠回りをして行き来しているというのだ。



「いや、分かるよ? みんながみんな、武の頂きを目指しているわけじゃないってさ」

 


 それが理由で、皇城から苦情が入り、四日目に私は妥協案を出した。

 『戦わずして敗北を認める者は、その証として剣を置いていくなら、この通路を通って構わない』と。


 結果は、さらに悲しかった。

 侮辱を受けて挑戦者が怒り出すだろうと予想していたが、現実は真逆だった。

 往来は三日目より増えたものの、私に向かってにこやかに『よろしくね』と手を振り、剣を預けていく者ばかりだったのだ。


 剣は騎士の魂とまでは言わないまでも、大切なもののはずだ。

 奪うつもりはないが、それでもこの光景が心に引っかかるのは否めない。


 そして、一週間目の今日。

 ここに陣取って、まだ一時間ほどしか経っていないにもかかわらず、これが戦果だ。



「私は剣の預かり屋さんじゃないんだぞー……。」



 五日目を過ぎると、私の挑戦を受けてくれるのは、加齢による体力の衰えで後方勤務となった、かつての猛者たちだけになった。

 稽古をつけると笑いながら挑んでくる彼らとの戦いは、多くを学べて嬉しくもあるが、戦場を長く駆け抜けてきたせいか、粗野なところも目立つ。


 戦いの後のお茶の席では困ったことに、私と殿下の仲について根掘り葉掘り聞かれる。

 ちょっと厄介だ。普通の貴族令嬢なら、とっくに嫌気が差しているだろう。



「まさか、私がセクハラを受ける日が来るとね」



 とにかく、やり方を変える必要があった。

 このままでは、いつまでも望む結果に届かない気がしてならない。


 今考えているのは、『道場破り』ならぬ『家破り』だ。

 早朝と夕方を狙って、対戦相手に定めた家へ足を運び、正門の前で大声で決闘を申し込む。

 家人や使用人、近所の目があれば、今のようにあっさり白旗を挙げて去る者はいまい。



「ねえ、ヒルダ?

 ……って、どうしたの?」



 先ほどから会話に加わらないヒルダを妙に思い、顔を左後ろに向けると、その様子がおかしかった。


 平静を装ってはいるが、いつも一緒にいる私にはわかる微妙な違い。

 ヒルダの眉がわずかに寄り、下唇を微かに噛む仕草が見て取れた。


 もしかして、と視線を下げてみれば、それが大当たりだった。


 背筋を伸ばして踵を揃え、片足を軽く下げ、組んだ両手を下腹の上に置く。

 いつだったか、ヒルダがこれがメイドの待機姿勢だと教えてくれた。


 しかし今は、腰をわずかに引き、組んだ両手を下腹に置くというよりも、股間に強く押し付け、メイド服のエプロンに深い皺を刻んでいた。



「お、お嬢様……。も、申し訳ございません。そ、その……。」



 今日は空が青く澄み渡る晴天だ。

 だが、深夜に雪が降ったのだろうか。冬色に染まる芝の上に、残雪がうっすらと積もり、吐く息は白い。


 この身になって、しみじみと思うことがある。

 前世、日本の現代社会にいた女子高生たちが、真冬でも制服をミニスカートにして足を出し続けていたのは、彼女たちの忍耐の結晶に他ならないと。


 なにしろ、冬のスカートは寒い。めちゃくちゃ寒い。

 丈が長かろうと隙間が大きいため、ズボンと比べものにならないくらい寒気が入り放題である。

 今はニーハイソックスを履いているが、パンツとの間は肌が露出しており、そこから股間に冷気が直撃する。


 それでも、私はヒルダと比べればマシだ。

 東屋の長椅子に座り、スカートの上にブランケットをかけている。

 足元には、ヒルダが屋敷から持参した野営用の小さな焚き火台で揺れる炎の暖かさがある。


 しかし、ヒルダは違う。

 長椅子を間に挟み、私の背後に立っているため、炎の暖かさは届かない。


 長椅子は成人男性五人が楽に座れる広さだ。

 二人でくっついた方が暖かいと何度も勧めているのだが、ヒルダは『公共の場で主人と同じ椅子に座るなんて、メイド失格です』と頑なに拒んでいた。


 もっと気を配ってあげるべきだった。

 ヒルダがどんなに完璧であろうと、この寒さと身体の生理的反応は、どうすることもできないのだから。


 恐らく、その身体の訴えを口に出してしまったことで、我慢がついに効かなくなったのだろう。

 ヒルダは腰を完全に引き、内股になりながら股間を両手で強く押さえ、その場で忙しなく足踏みを始めた。



「はいはい、いってらっしゃい」



 表情には苦悶が浮き彫りになり、明らかに限界が近い様子だった。

 私が苦笑を零しながら頷くのが早いか遅いかのうちに、ヒルダは身を翻した。



「あ、ありがとうございます! す、すぐに戻ってまいります!」

「ゆっくりで構わないから、ちゃんと手を洗ってくるんだよ?」



 だが、走るでもなく、小走りとも違う。

 まるで競歩のように切れのある歩き方だ。どうやら、私が思っていた以上に切羽詰まった状態らしい。


 多分、逆に急いで走ったら漏れてしまうのだろう。すごく分かる。

 ここから一番近い皇城のトイレまで保つのか、ちょっと心配になる。



「も、もちろんですっ、はぅぅっ!?」



 そう思った矢先、私への返事に大声を出したのがまずかったのか。

 ヒルダが短い悲鳴をあげ、まるで背後から飛び蹴りを腰に食らったかのように、引いていた腰を勢いよく突き出して立ち止まった。



「ヒ、ヒルダっ!?」



 私は息を飲んで思わず立ち上がったが、どうやらヒルダは最悪の事態を危機一髪で回避したらしい。

 遠目にも決壊の様子は見当たらず、ヒルダはそのままの体勢でブルブルと震えながらしばらくその場に留まった。


 やがて辺りをキョロキョロと見渡すと、皇城とは違う方向へ早足で歩き出した。



「まあ、その……。うん、仕方ないよね」



 長椅子に座り直し、立ち上がった際に落ちたブランケットを拾って、ホッと一安心。

 普段は何をやらせても完璧なスーパーメイドの珍しい失態に、思わずクスクスと笑みが漏れる。


 改めてヒルダが向かった先を眺めると、綺麗に刈り揃えられた生け垣の壁がある。

 その反対側にしゃがみ込んでいるであろうヒルダの姿を、しっかりと隠していた。


 私も気をつけねばなるまい。

 そう心掛けつつ、ブランケットをスカートの上にかけようとして、ふと気づいた。



「おや? 新顔かな?」



 軍司令部舎の方角から、右手に剣を携えてこちらへ歩いてくる黒尽くめの若者がいた。


 


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