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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第三章 騎士志望

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第29話 五人目の行方




「ウォースパイト侯爵家の家格を考えれば、この帝都を守る第一騎士団が妥当かと。

 ですが、旦那様の性格を考えると、お嬢様を若い男性たちの中に入れるとは考えにくいです」

「じゃあ……。どこに?」



 剣戟が乱舞する戦場を駆け抜け、辿り着いた先で強者と真剣勝負をする。

 そんな英雄譚で描かれる華々しさに、つい目が眩んでしまい、彼らを支え、戦場を作り上げる者たちの存在をすっかり忘れていた。


 当然のことだが、前者と後者では危険度がまるで違う。

 前者が立つ戦場は死と隣り合わせだが、後者の立つ場所は、戦場から離れるほど危険は薄れていく。


 親馬鹿な父のことだ。

 私が騎士になったら、ウォースパイト侯爵家の権威を最大限に利用して、配属先を後方勤務にねじ込むに違いない。



「おそらく、皇女殿下の親衛隊に配属される可能性が高いでしょう。」

「……あ、あり得る。

 いや……。むしろ、そこがぴったりかも……。」



 ヒルダが仮定した『皇女殿下の親衛隊』なんて、まさにうってつけだ。


 私より二歳年下の皇女殿下は、極度の人見知りで、レース編みが趣味の完全なインドア派。

 二週間に一度の殿下との面談で、皇城の奥にある皇居へ通っている私ですら、その姿を見ることは稀だ。


 見かねた皇妃様が三人でのお茶会を催してくださったが、喋っていたのは私と皇妃様の二人だけ。

 皇女殿下はずっと俯き、たまにこちらの様子を窺いながら、小さな声で相槌を打つだけだった。


 だが、三年後には皇女殿下もオーガスタ学園に入学しなければならない。

 そのとき、まだ存在していない親衛隊が新設されるだろうし、私は最上級生となっているため、親衛隊の一員として申し分ない立場だ。


 なにせ、私は殿下の婚約者候補だ。

 将来の姉となるかもしれない存在であり、人見知りな皇女殿下でも、顔見知りである分だけ抵抗は少ない。


 きっと殿下も、皇妃様も、私なら大賛成してくれるだろう。

 それは、私が殿下の婚約者候補からめでたく脱落してとしても、皇女殿下が卒業した後も変わらないはずだ。


 皇城に引き籠もる殿下の親衛隊ほど、安全な後方勤務は他にない。

 それでいて、皇族との強い繋がりを持てるのだから、ウォースパイト侯爵家にとっては大きな利益となる。

 下手をすれば、皇女殿下に気に入られて、殿下の婚約者候補レースで大きくリードを得る可能性さえある。


 父としては、これ以上ない万々歳の未来だろう。

 私としては、これ以上ない実質的に飼い殺しの未来。


 もしかすると、私は完全に詰んでいるのかもしれない。

 ヒルダの仮説は非常に信憑性が高い。


 父も祖父も、今は私が騎士になるのを止めることが最優先で、ここまで深く考えてはいない。

 いずれはきっと、この結論に辿り着くだろう。



「ですが、苦し紛れとは言え、リカルド様は大きな失敗を犯しています」

「大きな失敗?」



 しかし、それを回避する良い案は浮かばない。

 私が下唇を噛み、視線を伏せていると、ヒルダがクスリと笑った。



「お嬢様が倒した試験官たちです。

 一人目と二人目はともかく、三人目と四人目は軍内でも名が知られています。

 当然、次の五人目はさらに名の知れた者になるでしょう。その者に勝てば、もう無視はできません。

 リカルド様が屁理屈をこねたとしても、軍部は黙ってはいません。

 お嬢様の騎士科転属を、軍部の方から打診してくるでしょう。

 そして在学中に好成績を収めれば、卒業後に旦那様やリカルド様が後方勤務にさせたがっても、軍部が『お嬢様という宝を持ち腐れにさせない』可能性の芽がようやく出てきます」

「じゃあ! じゃあ、私たちもお祖父様を追いかけて温泉へ行こう!」

「いいえ、ダメです」

「どうして! 帰ってくるのを待ってなんかいられないよ!」



 正しく、名案だ。たちまち私の目は輝いた。

 もはやじっとしていられず、駆け出そうとしたその一歩目で、ヒルダから待ったがかかった。たまらず、その場で駆け足を始める。



「承知しています。でも、ダメです。

 まず有り得ませんが、リカルド様の療養が予定通りだったとした場合です。

 出兵の疲労を癒すために向かっているのですから、温泉でのんびりしている横で騒がれたら、迷惑でしかありません」



 続いたヒルダの言葉には説得力があった。


 私が祖父様の向かった温泉へ行ったら、そこで絶対に騒ぐだろう。

 五人目を早く出せと、祖父様をお風呂の中までしつこく追いかけ、罵りまくるに違いない。


 下手をすれば、祖父様は機嫌を損ねて、私が騎士になる話そのものをなかったことにしてしまうかもしれない。

 祖父様は私に甘いが、今まで私は逃げ出すほど祖父様を追い込んだことがない。

 どんな反応が返ってくるか分からず、意気消沈して自然とその場の駆け足が止まった。



「なら……。どうするの?」



 もどかしさに耐えきれず答えを求めると、ヒルダはニッコリと微笑んだ。



「簡単です。リカルド様のご意向に従えばいいのです」

「へっ!?」



 思わず間の抜けた声が漏れる。

 ヒルダが何を言いたいのか、まるで分からなかった。



「リカルド様はお嬢様にこう言いました。

 私が選んだ者と戦い、その者に勝てたら騎士科の入学を認めよう、と」

「うん、そうだね」

「ところが、リカルド様はその相手を四人目まで紹介してくれましたが、五人目が誰なのかは告げずに湯治へ行かれてしまいました」

「そう、だから……」

「だったら、仕方ありません。

 お嬢様は、その『誰か』を探せばいいのです。

 もし探した相手が違っていたら……。また探せばいいだけのことです」

「うん? ……うん?」

「そうやって、誰かを探し続けていれば……。今は冬、話題に乏しい季節です。

 もしかしたら、もしかしたら、お嬢様が『誰かを探している』という噂が、旦那様やリカルド様よりも上の方のお耳に届くかもしれません」

「えっ!? パパやお祖父様よりも上って……」

「あくまで、『そうなったら』の話です。

 もしかしたら、もしかしたら、その御方がお嬢様に興味をお持ちになるかもしれません。

 ええ、『話を詳しく聞きたい』と、お嬢様を呼び出す可能性も……。

 そのとき、その御方とどんなお話をなさるかはお嬢様次第です。

 もしかしたら、もしかしたら……。お嬢様の願いを、確実に叶えてくださるかもしれませんよ?」



 それは、まるで言葉遊びのようだった。

 最初は意味が掴めなかったが、ヒルダの順を追った丁寧なヒントのおかげでようやく答えに辿り着き、私はこれでもかというほど目を見開いて輝かせた。


 祖父様が私と交わした約束。


 そして、祖父様が私の前から逃げたという現状。


 この二つを都合よく解釈し、言葉の印象は悪いが『辻斬り』を重ねて、悪名であろうと名を広める。

 その結果、私の噂が皇帝陛下の耳に届き、皇帝陛下自らが私を呼び出したなら、それが私の勝ちだ。

 父も祖父様もどれほどの権威を持っていようと、所詮は皇帝陛下の臣下。皇帝陛下の言葉には逆らえない。


 そんな暴論だった。


 もっとも、皇帝陛下が私の願いを叶えてくれるかは分からない。

 皇帝陛下にとって、私は殿下の婚約者候補の一人に過ぎず、過去に交わした会話も儀礼的なものばかりだ。


 だが、不思議と私は皇妃様に気に入られている。

 殿下との面談に赴くと、皇妃様は必ずお手製のお菓子を焼いて待っていてくださり、それをお土産に持たされるほどだ。


 付け加えるなら、皇妃様の話では皇帝陛下はかなりの愛妻家らしい。

 皇妃様を足がかりにするだけでは足りないかもしれないが、噂による実績と皇妃様の口添えがあれば、私の願いを叶えてもらえる可能性は十分にある。


 もちろん、辻斬りは社会の道徳に反する行為だ。

 いかにウォースパイト侯爵家の娘であろうと、そんな無法は許されない。


 しかし、この社会では、貴族間の揉め事を決着させる究極の手段として『決闘』が公式に認められていることも事実だ。


 つまり、この企みは方便次第でどうにでもなる。

 目を付けた相手にまず『お祖父様が選んだ五人目はあなたか?』とさりげなく示してから、正々堂々と『決闘』を申し込めば問題はないはずだ。


 さらに重要なのは、これがまさに私好みの策だということだ。

 前世なら武器を堂々と携えて歩いただけで一発逮捕だったのに、ここではそれが許され、道行く者との決闘までも公然と認められている。


 そんな世の中を前にして、思わず笑みがこぼれてしまう。



「くふっ、くふふふっ……。ヒルダ、お主も悪よのぅ?」

「いえいえ、そうやって笑えるお嬢様には及びません」



 余談だが、帰宅してみれば、父も祖父と連れ立って温泉へ向かっていたことが判明する。

 やはり二人は最初から結託して、私の騎士科入学を阻止しようと画策していたのだと確信すると、私は悪巧みに残っていたわずかな躊躇を捨て去り、それを実行する決意を固めた。




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