第2話 にゃんにゃんパニック
「お嬢様、お待たせ致しました。
……って、何をなさっているのですか?」
窓のない左手側の壁。その両開きのドアの片方が開いた。
一呼吸の間を置き、タオルや石鹸、シャンプーなどを載せたワゴンを押す、全裸のメイドさんが現れる。
そして彼女は、目を驚愕にこれ以上なく見開いた。
ここで大事なことなので繰り返そう。メイドさんは一糸まとわぬ全裸である。
メイド服も、頭のホワイトブリムすら着けていない。
それでも俺が彼女を『メイド』と断言できたのは、初対面のはずなのに、なぜか知っていたからだ。
「ヒルダ?」
「はい、お嬢様」
それどころか、俺は彼女の名前まで知っていた。
事実、その名前を口にすると、彼女『ヒルダ・アデレード』はすぐに反応した。
ワゴンから手を離し、気をつけの姿勢で立つ。
今の俺よりも豊満な胸も、黒髪と同じ色で薄く茂った秘部も隠そうともせず、ただ微笑んでこちらを見つめている。
だが、俺の視線はそれらには向かわなかった。
生まれて初めて目の前にする女性の裸体だというのに、俺を圧倒したのは別のものだったのだ。
彼女の両頬から伸びる、針金のように硬そうな数本の髭。
加えて、黒い短毛に覆われた三角の耳。
それは人間のものではなかった。
猫か犬の獣を思わせるその特徴に、俺は息を呑んだ。
これも最新のSFX技術を使った悪ふざけなのだろうか。
「ヒルダ!」
「は、はい!」
「こっちに来て!」
「は、はい!」
だが、その疑問の答えも俺は知っていた。
ヒルダが『猫族』という、人間に近い種族『亜人』に分類される存在であると。
もはや驚きを通り越して、頭の中はもうカオス状態。
『猫族って、何だよ! 亜人って、何だよ!』と心の中で自分を罵りながら、たまらずヒルダを呼びつけて手招きした。
こうなったら、現実をもっと間近で確かめるしかない。
「回れ右!」
「えっ!?」
「え、じゃない! さっさと回れ右!」
「は、はい、お嬢様!」
しかし、現実は非情だった。
ヒルダに回れ右を命じると、そのお尻からは猫族の証たる尻尾が伸びていた。
黒い短毛に覆われた尻尾は、先端だけを軽く持ち上げて、不安そうに左右にヒョコヒョコと揺れている。
だが、俺の心は諦めていなかった。『まだだ! まだ終わらんよ!』と叫ぶように自分に言い聞かせる。
目で見るだけでは信じられないなら、この手で確かめるまでだ。
俺は尻尾の付け根に右手を伸ばした。
「ふにゃぁっ!?」
しかし、やはり現実は非情だった。
尻尾を掴んだ瞬間、それは目にも留まらぬ速さで跳ねた。
作り物とは思えない反応速度。
明らかに神経が通っている証拠だ。
俺の鼻先をかすめた尻尾は天を衝くようにピーンと伸び、短毛は根元から先端まで逆立っている。
いや、尻尾だけではない。ヒルダ自身もだ。
尻尾を掴むと、踵を跳ねさせて爪先立ちし、背を反らしてお尻を勢いよく突き出す。
上げきった顎先と広げた指先が微かに震え、刺激の強さが伝わってくる。
猫族にとって、尻尾の付け根は敏感な性感帯だ。
そこを握るのは、一般常識のタブー行為に当たる。
知識としては知っていたが、経験はない。
握っただけで、これほどの反応が返ってくるとは、想像もしていなかった。
「お、お嬢っ、様……。だ、駄目ですっ、よ?
ず、ずっと昔のっ、事になりますががが……。お、教えっ、た筈ですぅ~っ……。
そ、そこをぉ~っ……。に、握ってもぉぉっ、良いぃぃぃっ、のはぁぁっ……。しょ、生涯の伴侶だけでぇ……。
はぁ……。はぁ……。い、いえ、お嬢様がそのつもりなら……。わ、私は……。わ、私はずっとお嬢様のことを……。」
それでも、俺は現実を認められず、ヒルダの尻尾をニギニギ。
ヒルダは手を打ち払わず、握るたびに言葉を途切れ途切れに震わせながらも耐え、気丈な微笑みを振り向けてくる。
だが、踵を上げ爪先立ちし、背を反らせたままの身体の正直な反応は隠せていない。
瞳はうっすら濡れ、涙が目尻に溜まり、頬は上気。
息遣いは荒く、口の端からは涎が零れ落ちる。
胸の先端は尖り、存在感を主張している。
内股には艷やかな滴りが止めどなく伝い落ちていた。
尻尾もまた、俺の右腕に絡みつき蠢きながら、こそばゆい感触を与えてくる。
まるで『もっともっと』と甘えているかのようだ。
不意を突かれたにもかかわらず、このリアルな反応。
演技だとはとても思えない。もし演技ならアカデミー賞ものだ。
「ふぅっ……。」
「えっ!? お嬢様? ……お嬢様! メアリスお嬢様!
誰か! 誰か、来て! メアリスお嬢様が! 今すぐ、お医者様を!」
この現実を、もう認めざるを得なかった。
先ほどまで疑問に思っていたことも、持っていた答えはすべて真実だったのだ。
つまり、今の俺は、もうすぐ三十歳を迎える男ではない。
今の俺は『メアリス・デ・リリアン・ウォースパイト』という名前を持つ、十三歳の少女なのだ。
ここは『アルビオン帝国』の首都にある少女の屋敷で、地球とは異なる世界『異世界』なのだと。




