第24話 パパとの駆け引き
「騎士?」
「うん、騎士!」
父の反応は、困惑そのものだった。
あまりにも端的に問いかけたにもかかわらず、オウム返しで質問され、しばらく真上の天井を見つめたあと、首を傾げる。
もしかして、焦らしているのだろうか。
我慢、辛抱、忍耐。声を荒げて急かしたくなるが、ここまでの苦労が水の泡になる。
執事長とヒルダの助言どおり、『甘えん坊さんスタイル』を貫くべきだ。
父と再会して以来、元男の尊厳など捨てて、抱きつき、腕に巻き付き、自分なりの可愛さをアピールしてきたすべては、この時のためだった。
だが、待ちきれない。
実際には十数秒かもしれないが、私には一分、二分と待たされているように感じられ、思わず下唇を噛んだその瞬間。
「よし!」
「パパ!」
父が柏手をパンと鳴らした。
同時に天井から晴れやかな表情を下ろし、頷くのが見えた。
私は勝利を確信し、目を輝かせながら、心の中で小さくガッツポーズを決めた。
「ロッサ男爵家の次男、エリオ君は、今年の御前試合でなかなかの好成績を収めたそうだ。
直接会って話したのは数回程度だけど、実に好青年だったよ。
評判も悪くない。彼ならメアリスを安心して任せられるだろう。
いやいや、済まなかったな。もっと早く私の方で気づくべきだったよ。
オーガスタ学園に入学したら、女のヒルダでは立ち入れない場所もある。
パパとしては、若い男をメアリスの傍に置くのは正直気が進まないが、この際は目を瞑ろう。
ロッサ男爵家にお願いしてみるよ」
ところが、今度は私が困惑する番だった。
父は満面の笑みで何度もウンウンと頷き、納得している。
だが私は茫然と目をパチパチと瞬かせるばかり。父の声が、まるで知らない異国の言葉のように耳に届いた。
余談だが、ロッサ男爵家はウォースパイト侯爵家領のお隣さんだ。
父の言うエリオ君は、兄より一歳年下で、今年の秋にオーガスタ学園を卒業する。
先日、我が家を訪れた際、卒業後に副都を守る第二騎士団への入団が内定したと聞いていた。
女の子と見紛うほどの可愛い見た目に反して、御前試合で好成績を収める猛者だったとは知らなかった。
一度戦ってみたいという欲望が、現実逃避のように心の奥で芽生える。
「旦那様、旦那様」
「んっ!?」
「違います。お嬢様は騎士が欲しいのではなく、ご自身が騎士になりたいのでございます」
「えっ!? そうなの?」
「わかってくれた! パパ!」
そんな私を見かねたのか、執事長が訂正を入れてくれた。
さすがにこれで勘違いは解けた。
あとで執事長の肩を揉んであげようと考えながら、私は目を輝かせた。
「知らなかったよ。メアリスが『ユニバース』を始めたなんて。
よぉ~~し! それなら、パパと早速勝負だ! こう見えてもパパは『ユニバース』が強いんだぞ!」
しかし、まだ駄目だった。
父は先ほど以上に意味不明なことを口にし、私は茫然と目を見開き、口もポカーンと開いた。
重ねての余談だが、父の言う『ユニバース』とは、この世界にあるチェスと将棋を合わせたような盤上ゲームだ。
ゲーム性が兵法に通じるとされ、騎士の嗜みとなっている。
身分を問わず男性に人気があり、我が国では古くから腕を競い合う大会が各地で開催されて、大会の規模によっては大きな名誉と莫大な賞金が与えられるため、これを生業とする者もいる。
「旦那様、旦那様」
「んっ!?」
「違います。全然、違います。
お嬢様がなりたいのは、ユニバースの指し手『棋士』ではありません。
馬に乗って戦場を駆ける『騎士』です」
「えっ!? そうなの?」
「パパ、本当にわかったのぉ~?」
そんな私を見かねたのか、ヒルダが訂正を入れてくれた。
父は勘違いが解けたようで驚いているが、同じやり取りを二度も繰り返しているだけに、とても疑わしい。私は白い眼差しをジロリと向けた。
「も、もちろんだよっ!」
「パパぁぁ~~~?」
たちまち、父の視線が泳ぎ始めた。
即座に理解した。父は最初から私のお願いの意味を正しく理解しており、敢えてトボけて煙に巻こうとしているのだと。
こうなったら、根比べだ。
私は父の視線を逃さぬよう、執務机のすぐ前で踵を上げて立ち、下腹を机の縁に乗せつつ両手を突いて身を乗り出す。
真っ向から父を睨み付けると、効果は覿面だった。
父は煙草パイプを吸う頻度を加速させ、私と父の周囲が煙草の煙でうっすらと白く覆われてゆく。
煙たさに咳をしたくなる衝動に駆られるが、懸命に我慢し、ただただ父を無言で睨み続けた。
「う~~~~~~~~~~ん……。」
やがて、軍配は私に上がった。
父は椅子を立ち上がり、唸りながら何度もウンウンと頷くと、私の視線から逃れるように部屋の隅へと向かった。
「よし、集合!
……あっ!? メアリスはそのままで」
そして、再び柏手が一つ鳴る。
勝利者の権利を受け取ろうと、鼻息をフンスと得意満面に吹き出して父のもとへ向かおうとするが、父が間一髪で右の掌を突き出し、私に待ったをかけた。
「さっぱり分からん……。そんな様子、去年の秋まで一度も見せなかったのに……。
いや、体力作りのために剣術を始めたのは手紙で知っている。冒険者になったのもな。
だから、来年春の予定を繰り上げて、帝都へ慌てて来たのだが、その冒険者も止めたと出発直前に知り、それでホッとしていたのに、今度は騎士だと?」
頭の中は『なぜ? どうして?』でいっぱいだ。
父と執事長、ヒルダの三人が部屋の隅で密談を始め、勝利者であるはずの私は、すっかり蚊帳の外に置かれた。




