第23話 騎士になりたい!
「ふう……。さすがに疲れたな。
雪の中を歩く兵士たちに比べれば、馬車に揺られているだけの疲れなど、微々たるものだが」
「今夜は、料理長が腕によりをかけております」
暖炉の炎が揺らめき、薪がパキパキと弾ける音が静かに響く。
書斎の壁には、今は亡き母に抱かれた幼い私と、父、兄の四人が描かれた家族の肖像画が静かに飾られていた。
父『ベンヘルム・デ・リリアン・ウォースパイト』と執事長は、見るからに高級なマホガニー製の机を挟んで向かい合い、約一年ぶりの再会を祝う。
父は侯爵家領の情勢を、執事長は帝都の情報を交換しながら、互いの欠けた部分を埋めるかのように話し合っていた。
「それは楽しみだ。それと」
「心得ています。随伴者には酒を一本付けさせて頂きます」
「うむ、頼んだぞ」
まるで、餌を目の前に置かれて主人から『待て』を命じられた犬の気分だ。
ソファーに座っているだけなのに、落ち着かない。視線も、身体も、勝手にそわそわと動いてしまう。
今すぐ、父と執事長の会話に割って入りたい。
でも、我慢我慢。これから私はお願いをする立場なのだ。
父の邪魔をして、お願いを聞いてもらう前から印象を悪くする。それは明らかに悪手だ。
「お嬢様」
「んっ……。」
背後に控えるヒルダの小声が、私だけに届く。
実を言うと、これで三回目だ。知らず知らずのうちに行っていた右足の貧乏揺すりを止める。
心を落ち着けようと、ヒルダが入れてくれたテーブルのお茶に口をつける。
しかし、すっかり冷めきっていた。
父も執事長も話が約一年分も溜まっているのだから、長くなるのは当然だと理解している。
けれど、それでもやはり長すぎると感じてしまう。
アルビオン帝国の社会体制は、皇帝を頂点とする封建制度である。
ただし、封建制度と聞いて日本人が真っ先に思い浮かべる江戸幕府と比べると、アルビオン帝国の領主貴族への締め付けはそれほど厳しくない。
例えば、江戸幕府が各大名に多大な負担を課した参勤交代のような制度は存在しない。
極端な話をすれば、我が国の領主貴族は、先代から受け継いだ爵位と領地を皇帝に認めてもらい、忠誠を誓う儀式を皇城で済ませた後は、領地に引きこもって生涯を過ごしても差し支えない。
だが、引きこもってばかりいると、本人に意図がなくてもあらぬ誤解が生じやすいのが世の常である。
特に貴族社会は足の引っ張り合いが激しいため、雪解けの頃に帝都を訪れ、皇帝に謁見するのが慣例だ。
一季節を滞在して領地に帰るのを、帝都に近い領主貴族は毎年、遠い領主貴族は二年ごとまたは三年ごとに繰り返している。
また、帝都は国の中心であり、ありとあらゆる情報の発信源でもある。
帝都と領地との情報をやり取りするため、裕福な領主貴族は帝都に屋敷を構え、その屋敷の顔役に血族を置く。
こうして、参勤交代に似た慣習が古くから存在しているのだ。
つまり、現在のウォースパイト侯爵家の帝都屋敷における顔役は、私ということになる。
昨年の秋、以前の顔役であった兄がオーガスタ学園を卒業した際、私は父と共に帝都を訪れている。
その目的は、オーガスタ学園入学前に帝都の生活に慣れさせるためだった。
そして、帰郷した兄と入れ替わる形で、私が顔役を務めることになった。
「ふぅぅ~~~……。こんなところかな?」
父は椅子にもたれ、煙草パイプから白煙をゆっくりと細長く吹き出す。
そのいかにも一段落した雰囲気に、私は思わず目を輝かせた。
「さて、待たせたね? メアリスの話は何かな?」
予感は的中。私はソファを蹴るように立ち上がる。
「あのね! あのね、あのね!」
「うんうん、メアリスは何が欲しいんだい?
春に届いた手紙に書いてあった喋る鳥かな? それとも新しいドレス?
いやいや、もうメアリスも大人だからアクセサリーかな? 何でもパパに言ってごらん」
ところが、いざとなると、事前に用意していた言葉が慌てて口から出てこない。
父は両手を机に置き、身を乗り出して満面の笑みを浮かべる。娘のおねだりが嬉しくて仕方ない様子が、ひと目で分かった。
「私、騎士になりたいの!」
これなら大丈夫だ。私の願いは、きっと叶えられる。
少なくとも真っ向から反対されることはないと確信し、言葉を飾り立てるのをやめて、単刀直入に告げた。




