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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第三章 騎士志望

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第21話 雪降る窓辺の焦燥




「お嬢様」

「んっ!?」

「どうか、落ち着いてください」

「あっ……。うん、そうだね」



 庭の芝生は真っ白に染まり、外では雪がしんしんと降り続けている。

 薄い硝子越しにも冷気が伝わり、身を縮めずにはいられない。


 それなのに、私は気づけばソファーを離れ、窓辺へと歩み寄っていた。

 ヒルダに指摘され、くすくすと笑われながらソファーへと戻るが、胸のざわつきは収まらない。


 焦り。その一言に尽きるだろう。


 冒険者を辞めてから、すでに二ヶ月。

 季節は雪の舞う冬へと移り変わり、日々鍛錬を続けながらも、新たな道を見つけられずに時だけが過ぎていった。


 私の生家、ウォースパイト侯爵家はアルビオン帝国の東方領に広大な領地を有する大貴族だ。

 その広さを数字で示すなら、東方領の約35%。皇帝直轄地を除けば、帝国でも指折りの規模を誇る。


 母は私が七歳のときに亡くなり、父は再婚もせずに今日まで過ごしている。

 噂では愛人がいるらしいが、私と兄以外に子どもがいる話は一度も聞いたことがない。


 当然、後継ぎは兄だ。

 未来の侯爵家当主として厳しい父のもと、毎日叱責を受けながら修行に励んでいると、領都から届く月一の手紙には書かれていた。


 その一方で、私は自由だ。

 兄と違い、跡継ぎの重圧もなく、貴族の身分を隠して冒険者として過ごしたり、一日中鍛錬に打ち込むこともできる。


 けれど、自由には義務が伴う。

 だからこそ私は庶民よりも豊かに暮らし、人々に傅かれる立場にある。自分が特別に偉いわけでもないのに。



「今日、来るんだよね?」

「その予定ですが……。はい、お茶のお代わりが入りましたよ」

「んっ……。ありがとう」



 また気づけば、窓辺に立っていた。

 ヒルダの声と湯気を立てるお茶の香りに促され、私は両腕をさすりながらソファーへと戻った。


 貴族には義務がある。

 それは血を次代へと継ぎ、家を今以上に栄えさせること。

 その繁栄が領民の暮らしを支え、やがては国への忠誠をも揺るぎないものにする。


 突き詰めれば、それは『結婚』という形に行き着く。

 兄がウォースパイト侯爵家の後継と定められている以上、私に課せられた役割は他家へ嫁ぎ、夫となる者との間に子を成すことに他ならない。


 一応ではあるが、私には幼い頃に定められた婚約者候補がいる。

 なんと聞いて驚くなかれ。相手は他ならぬ、アルビオン帝国の皇太子殿下である。


 その席で交わす言葉のひとつ、沈黙の間合いのひとつにさえ、私は否応なく心を揺さぶられる。


 まず、見た目がイケメン。

 どちらかといえば女顔で、線の細いスタイル。足も長い。


 趣味は乗馬と横笛の演奏。

 お前は一昔前の少女漫画に出てくる王子様か、とツッコミたくなるが、実際に王子様なのだから、もうマジでイケメンである。


 性格だって朗らかだ。

 誰とでも自然に会話を交わせるし、話題も豊富。

 生まれながらに高貴な身分を持つ者にありがちな傲慢さは、驚くほど感じられない。


 特に、女である私を常に気遣おうとする点は満点だ。

 所作ひとつ取っても自然で、言葉の端々に優しさが滲む。


 もし、私の肩書から『候補』という二文字が外れたなら。

 私は、我が国の未来を担う皇妃となる。


 それはこの国の女性にとって、何よりの栄誉であり幸福だ。

 ウォースパイト侯爵家にとっても、計り知れない恩恵となるだろう。


 そう、頭では分かっている。


 だが、私は身体こそ女でも、心は男だ。

 殿下との結婚なんて、無理の無理無理。絶対にあり得ない。


 義務から逃げてはいけない。

 そう自分に言い聞かせ、何度か『妻』として殿下に寄り添う自分の姿を想像してみた。


 だけど、どうしても息が苦しくなり、鳥肌まで立つ。


 ヒルダと夜を共に過ごすようになってからは、将来の旦那様に相応しい女性としての教育が本格的に始まった。

 教材として、淑女の秘密道具の一つを用いているが、胸がざわつき、気持ちが受け付けないのだ。頬張ろうとすると、どうしてもえずく。


 擬似的なものですらこれなのだから、本物が目の前にあったら私はどうなってしまうのかと、ぞっとする。

 もし殿下の殿下を殴るか蹴るかしてしまったら、我が国の未来が築かれるどころか血筋が途絶えてしまうかもしれないと想像するだけで、恐ろしくなる。


 だからと言って、結婚を避けて通ることはできない。


 この世界の社会では、原則として長子が親の財産をすべて受け継ぐ。

 財産を持たない次男・三男、次女・三女は結婚相手にも恵まれず、俗に『部屋住み』と呼ばれる穀潰しとなることも少なくない。


 私はそんな立場にはなりたくなかった。


 望めば父はきっと許してくれるだろう。

 でも、元日本人の感覚からすると、『部屋住み』はニートとほとんど同義で、耐えがたいほどの抵抗感を覚えてしまう。


 だからこそ、私は冒険者という職業に期待をかけていた。

 わずかな贅沢ができるくらいの稼ぎで、ヒルダと二人、田舎暮らし。貴族のしがらみから抜け出す未来を夢見ていた。


 しかし、それも叶わなかったのだ。



「それにしても、よく降るね」

「ええ、明日は雪かきで大忙しですね」

「よぉ~し! 私もがんばるぞー、おーっ!」

「フフ、お嬢様ったら……。」



 いつの間にか、知らず知らずのうちに私は窓辺に立っていた。

 何度も繰り返すうち、さすがのヒルダも私をソファーへ戻すのを諦めたらしい。口元を右拳で隠し、くすくすと笑うだけだ。


 だが、窓辺はやはり寒い。

 暖を取ろうとその場で軽く駆け足をしてみるも、耐えきれず、暖かい炎が揺れる暖炉へ駆け寄ろうとした。その瞬間だった。


 屋敷の庭先の正門が開き、敷地内に入ってくる馬車と、それに随伴する兵士たちの姿が見えた。



「来たっ!」



 私はすぐさま駆け出した。

 部屋のドアを開けて廊下に飛び出すと、冷え切った空気が正面からぶつかってきたが、白い息を吐きながらエントランスホールを目指した。




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