第20話 もう一人のお嬢様
「お嬢様の剣には術理が宿っている。
一朝一夕で身につくものではない。長い年月をかけ、脈々と受け継がれてきたものだ」
ずっと探していた誰か。
それは、お嬢様だった。お嬢様こそ、私の運命だった。
「今はまだ、心ばかりが先行し、身体が追いついていない。動作には多少のぎこちなさもある」
私はお嬢様が好きだ。いや、大好きだ。
お嬢様のすべてが愛おしくて、胸が張り裂けそうになる。
「しかし……。それでもなお、所作の端々に術理の息づかいが感じられる」
私はお嬢様の碧い目が好きだ。
宝石のように美しいその瞳でじっと見つめられると、鼓動が早くなるのを感じる。
「だが、どう考えてもおかしい。
お嬢様が剣を学んでいたなんて話は、一度も聞いたことがない」
私はお嬢様のくるくると巻く金髪が好きだ。
毎朝の手間は大きいが、一巻き一巻きに私の存在を刻むようで、髪を梳くたび心が幸福でとろけそうになる。
「最初は、毎朝私が日課にしている鍛錬を真似たのかと思った。……しかし、術理が明らかに違う」
私はお嬢様のとても控えめな胸が好きだ。
まだ成長過程で、強く触れると痛がるため、入浴時も夜も壊れ物を扱うようにそっと手を添える。
だが、本音を言えば、思う存分触れたい。冷静でいるのが難しい
「侍女長によれば、『カタナ』を用いた戦い方に似ているらしい。過去にそれを扱う者と三度戦った経験があるという」
私はお嬢様のつるつるとしたアソコが好きだ。
お嬢様はコンプレックスを強く感じているようだが、その天使の証を失うなんてとんでもない。
用を足し終え、後始末に触れるたび、そのすべすべ感とぷにぷに感に軽い絶頂すら覚える。
「やはり、おかしいだろう?
この私がこの歳になるまで存在すら知らなかった剣『カタナ』の術理を、お嬢様が知っているなんて……。」
私の好みがお嬢様に偶然ぴたりと合ったわけではない。
私の好みは、お嬢様と初めて出会ったその瞬間に、すでに形作られていたのだ。
しかし、お嬢様は命の恩人。
その思いを向けることも、夜に一人で押し殺そうとすることも、強い罪悪感を伴い、想いだけが膨らんでいく。辛かった。
「詳しく聞けば、その『カタナ』は遥か西の島国特有のものだそうだ」
だから、旦那様から『メアリスも思春期だ。色を知り、迷うことがあれば導いてやってほしい』と提案されたとき、私は迷わず二つ返事で応じた。
そんな私だからこそ、お嬢様の変化にすぐ気づいた。
違和感を最初に覚えたのは、バスルームでお嬢様に尻尾を握られ、ふと『もしや……。』と思ったあの瞬間だった。
「なら、あれは誰だ?
人が変わるにしても変わりすぎている。あれは本当にお嬢様なのか?」
そしてその夜、待ちに待った念願がついに訪れた。
「どうした? 黙ってばかりいないで、応えろ」
三度の問いかけを終え、執事長の視線が私へ戻る。
その瞳は煮えたぎる怒りに染まっており、もはや無言を貫くことは不可能だった
私がお嬢様に覚えた違和感。
それは、日々の入浴で私の裸を見慣れているにもかかわらず、裸の私を見る目が恐る恐るで、触れる手もまた恐る恐るとしていたことだ。
最初は、一人遊びの現場を見られた恥ずかしさからだと考えた。
次に、今まで知らなかった悦びを知り、それに戸惑っているのだろうと推測した
それに、受けか攻めかと問われれば、私は圧倒的に攻めだ。
今まで経験してきた女性との関係はすべてそうだったし、私とお嬢様の関係を考えれば、それが正しい
ところが、お嬢様が上で、私が下。
気づけば、奉仕するはずの私が、逆に奉仕されていた。
それはそれで悦びであり、幸せでもあった。
だが、もう堪えきれなくなった私は足を開き、お嬢様を迎え入れた。そのとき、違和感は最高潮に達した。
お嬢様は『あれ?』と小さく呟き、しばし動きを止めた。
二度、三度と腰を前後に動かすと、再び動きを止め、困惑した表情の中に哀愁を滲ませた。
明らかに不自然な動きだった。
経験があろうとなかろうと、本能的にどうすればよいかは理解できる。
私自身も、女性との初体験のときには、快楽を求める身体が自然に動いたものだ。
それらの違和感の正体が判明したのは、お嬢様が魔力の門をいきなり四つも開けた代償で三日三晩眠り続け、四日目の朝に目を覚ましたときだった。
寝ている間に粗相をして汚れているだろうオムツの交換をしようとしたところ、お嬢様が慌てて『待った』をかけ、とても申し訳なさそうに告白してきた。
『今更、許されないと思うけど……。
今の俺は間違いなくメアリスだ。けれど、君の知っているメアリスじゃない。
君と初めて夜を共にした日の夕方、風呂に入っていたときだった。
バスタブで足の小指をぶつけた瞬間、気づけば俺はメアリスになっていた。
うん……。分かっている。俺自身も何がどうなっているのか、全く理解できていない。
でも、これだけははっきりしている。……俺は、君の知っているメアリスじゃない。
俺はこの世界とは別の世界、『地球』と呼ばれる星の、『日本』という国で生まれ育った元男なんだ』
お嬢様自身が言うように、何が何だか分からなかった。
理解が追いつかず、にわかには信じ難い。
ただ、言い辛そうに眉を寄せるお嬢様も、可愛いとだけは分かった
一方で、お嬢様があの夜の直前まで元男性だったと考えれば、合点がいく。
ベッドでリードを取ろうとしたのも、腰を打ち付けてきたのも、男性ならではの動きだ。
実経験はなくても、侍女長からそう学んでいる。
それが分かると、夜を共にした際に、気分が盛り上がるまで必ず恐る恐るとした態度を取る理由にも、心当たりが見つかる。
とても似ているというか、まさにそのものだった。
女性との経験がない、あるいは少ない男性の態度に。
軍隊での野外作戦行動中は、完全に男女平等だ。
配慮をする余裕がないため、着替えや水浴びはおろか、トイレですらあけっぴろげになる。
女同士で様々な工夫をしているものの、隠しきれるわけもなく、男性に現場を目撃されることも珍しくない。
その時、男性の反応は大まかに三パターンに分かれる。
一つ目は、現場を堂々と覗きながら、時には勝手な寸評を付けるタイプ。
ニヤニヤとした不快感しか与えない笑みを浮かべる。
二つ目は、即座に顔を背け、一度だけ謝罪するタイプ。
こちらがそれ以上触れられたくないことを理解し、見なかったことにしてくれる。
三つ目は、顔を背け謝罪もするが、覗こうと頻りに試みるタイプ。
顔を背けるのはフリに過ぎず、実際には興味津々で、言い訳をしたり、何度も謝ったりする。
あくまで私見だが、この違いは女性との経験差に由来する。
女性との経験を持つ男性は、一つ目か二つ目のどちらかを示す。
女性との経験がない、あるいは少ない男性は、三つ目の態度をまず取ることが多い。
『もしや、私以外の経験は……。童貞でしたか?』
そう問いかけた瞬間、お嬢様は少しでも動けば痛いと知っているはずの身体を、過剰なまでにビクッと震わせ、大きな悲鳴をあげた。
その時点で肯定しているも同然だが、敢えて私が改めて問うと、お嬢様は涙ぐみながら顎先をかすかに頷き、顔を背けようとした。
痛みが酷かったのだろう。
私の視線から逃れるように目を閉じ、瞼から涙をホロリと零した。
「お嬢様は、お嬢様ですよ」
しかし、その真実を執事長に語ることはできない。
執事長の忠誠は、ウォースパイト侯爵家よりも、今は亡き奥方様に大きく傾いている。
真実をそのまま語れば、安易にお嬢様を偽物と判断し、危害を及ぼしかねない。言葉は慎重に選ぶ必要がある。
「赤い服と青い服、どちらがよろしいですかと尋ねると、必ず赤い服を選びます。
ニンジンが嫌いで、シェフが食べさせようと小さく工夫したものも、必ず目敏く見つけて避けます。
もう大人だからと言いながらも、奥方様が作ったぬいぐるみは未だに手放せません。就寝中は別ですが、朝になると必ず愛おしそうに抱いて寝ています」
「むっ、ウサギのアレか……。だが、しかし……。」
「無論、この程度なら調べれば分かりますし、真似も可能です。
世の中には、なりすましの子供を作る組織が存在する、と侍女長からも聞いています。
それでも違います。専属の私だからこそ、お嬢様がお嬢様であると断言できるものがあるのです」
「ほう……。何だ、それは?」
「用を足すのが下手なんですよね」
「ふぁっ!?」
「でも、勘違いはしないでください……。
お嬢様のアソコは完璧です。……パーフェクトです!
まだ生えておらず、前から後ろまでぷっくりとした綺麗な一本線!
これはもう、神が成した造形美といっても過言ではありません!
それていて、奥には意外なアンバランスさが隠されている! ……堪りません! 素晴らしすぎます!
でも、ああ……。でも……。これは神が与えた試練なのでしょうか?
完璧であるがゆえに、小が勢いを失うと、お尻に伝わって、内股を汚してしまうのです。
もっとも、そのときの少し困ったような顔が、最高に愛おしいのですが……。
改めて断言します。男性の執事長にはなかなか理解できないかもしれませんが、そこだけは、真似しようとしても決して不可能です」
今度は、執事長が黙り込む番だった。
ついつい熱く語ってしまい、お嬢様の秘密まで明かしてしまったが、その効果は十分にあった。
私だって、随分と悩んだ。
目の前のこのお嬢様は、本当にお嬢様と言えるのか。
胸に抱える恩と忠誠、それに想いは、どうすればよいのか。
だが、私にはお嬢様はお嬢様にしか見えなかった。
見た目はもちろん、語られる思い出も、何気ない仕草も、ありとあらゆるすべてが。
例えば、右横髪のくるくるロールの先を、右手の人差し指でくるくると巻く癖。
これは執事長には敢えて話さなかったが、以前のお嬢様も、今のお嬢様も、手持ち無沙汰なときによく見かける癖だ。
しかし、お嬢様になった元男性は、その頃髪型が坊主頭なるベリーベリーショートだったらしい。
そのときには持つはずのない癖を指摘したところ、お嬢様は『えっ!? いつの間に』と酷く驚いていた。
そうした数々の再確認を経て、私は結論を出した。
お嬢様は紛れもなくお嬢様であり、元男性だったという意識については、こう解釈した
「執事長がおっしゃる通り、お嬢様が見知らぬ武術を知っているのは確かに不可解です。
ですが、確かにお嬢様なのです。
執事長もそう感じるからこそ、私に意見を求めてきたのではありませんか?
であれば、見知らぬ武術を知っていたとしても、それはお嬢様に新たな魅力が加わっただけ。そう思いませんか?」
余談だが、これは後になって知った話である。
どうやらこの日、侍女長は執事長から『お嬢様の専属から外したほうがよいのではないか』と相談を受けていたらしい。
心当たりはあるかと尋ねられたが、私にはまったく解せなかった。
以後、執事長はお嬢様の真偽についての悩みをすでに解消したように見え、私はお嬢様の専属として、自分以上にふさわしい者はいないと自負していただけに。




