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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第二章 冒険者

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第18話 合う靴を選ぶ日




「……ヒルダ?」



 ヒルダの問いかけに、私はあえて惚けてみせた。

 けれど、その問いにはためらいこそあれど、彼女の眼差しは真っ直ぐに私を貫いており、虚偽など許されそうにない。


 誰よりも私の傍にいるからこそ、彼女は気づいていたのだろう。

 胸に抱えた葛藤を打ち明けるために、私がヒルダを遠乗りに誘いながらも、ただ時間だけを無意味に過ごし、いまだ言い出せずにいることを。


 そう、私は冒険者を辞めようと考えていた。

 先日の戦いで、ゴブリンにズブリとされかけて、心が怯んだわけではない。

 冒険者になったばかりの頃に抱いていた高揚と期待は、すでに色褪せ始めていたのだ。



「いや……。その……。」



 結局のところ、私が求めているのは、研ぎ澄ませてきた己の技を存分に振るえる舞台だ。


 だが、目の前に現れるのは『雑魚御三家』と呼ばれる連中ばかり。

 そこに挑んで勝ちを重ねても、糧にはならず、ただ弱き者を嬲っている錯覚に苛まれるだけだった。


 もしかしたら、リーダーたちが今挑んでいる、中難易度の魔物『グリフォン』なら、私が求めるだけの強さを備えているのかもしれない。


 だが、それに挑めるのは一年先か、あるいは二年先か。

 冒険者ギルドの許可を待たねばならず、その長い時を、私はとても待ち続けられそうになかった。


 事実、そうした退屈さと緊張感の欠如が、先日の失態を招いた。


 このままでは、いずれ私は取り返しのつかない過ちを犯す。

 その時はきっと、ヒルダやリーダーたちにまで、大きな迷惑を背負わせてしまうだろう。


 それに、嫌味に聞こえるかもしれないが、侯爵家の令嬢という恵まれた立場であることも大きい。


 つまり、私は金に困ってはいない。

 雑魚御三家を狩って得られる報酬など、一日必死に働いても、今こうして口にしている茶の一杯にも満たないと、もう知ってしまっている。


 もし私がリーダーたちのように平民の家に生まれたなら。

 或いは、貴族でも財産を継げない次男や三男の立場だったなら。


 冒険者という職業に、生きがいと必然を見出していただろう。

 だが、私にはその切実さがない。あまりにも、決定的に欠けていた。



「でもさ……。」



 でも、冒険者を始めたのが私の我儘なら、辞めるという我儘は果たして許されるのだろうか。

 屋敷の使用人たちの猛反対を押し切り、執事長や庭師、馬丁にまで見守られ、ヒルダをも巻き込んでおきながら。


 たった二ヶ月あまりで投げ出すなど、あまりに身勝手すぎはしないか。



「フフフ、大丈夫ですよ。皆、お嬢様を責めたりはしませんから……。

 お気づきでしたか? ここ最近、屋敷の手入れが行き届いていないことに」

「えっ!? そうなの?」

「はい。悩んでいるお嬢様が心配で、皆、仕事に手がつかないのです。些細なミスも多発しています。

 たとえば……。昨夜お召し上がりになったロースト肉。あれ、焼きすぎで三回も作り直したんですよ?」

「三回も?」

「ええ。そのせいで執事長はカンカンで、今朝も厨房で怒鳴っていました。

 でも、その執事長ですら一昨日、壺を割っています。エントランスの踊り場に置いてあった、あの壺です」

「それって……。お祖父様が先代陛下から賜ったやつ? ヤバくない?」

「はっきり申し上げて、ヤバいです。激ヤバです。

 ですが……。もっとヤバいのは、この屋敷の混乱が今以上続くことです」



 ところが、その葛藤も、ヒルダにはすべてお見通しだった。

 ふんわりと優しく微笑み、私の心を少しでも軽くしようと、冒険者を辞めても構わない理由を、静かに挙げてくる。


 だが、葛藤はまだ消えない。リーダーたちについてだ。

 新人冒険者がモンスター駆除の依頼に手を挙げると、先達の冒険者とパーティを組むことになる。

 これは単なる同行ではなく、新人と先達、双方にとって教育と指導の意味を持つ行為であり、成功も失敗も互いの実績評価に直結するのだ。


 つまり、私とヒルダが一人前の評価を冒険者ギルドから得れば、リーダーたちもめでたくランクアップする。

 今は帝都を中心とした一領でしか許可されていない活動範囲が、地方全体に大きく広がり、仕事の幅も自由度も、報酬も一気に跳ね上がる。


 もし私が冒険者を辞めれば、ヒルダも必然的に辞めることになる。

 リーダーたちは、冒険者ギルドのマッチングで組まされた新人が全員脱落したとみなされ、私たちとの約一ヶ月の努力も無駄になり、ギルドからマイナス評価を受けるのは確実だろう。



「それと、リーダーたちの心配は無用です。

 彼らは一人一人が優れた人材。あと二年か三年、大過なく過ごせば、必ず頭角を現すでしょう。

 その時、お嬢様は本当の名前と身分を明かし、この一ヶ月の礼を彼らに示せば良いのです。

 冒険者にとって、お嬢様直々の言葉とウォースパイト侯爵家との誼は、万金にも勝る価値があります。さぞ喜ぶことでしょう」

「そう……。かな?」



 ところが、その葛藤も、ヒルダにはお見通しだった。

 ヒルダの後押しに、心は大きく揺れ動き、天秤は次第に『冒険者を辞める』という決意に傾いていく。


 冒険者とは、夢追い人である。


 大半は日々の糧を稼ぐ日暮らしに過ぎない。

 いつかは幸運の星が頭上に輝き、一攫千金を手にする夢に溺れる。


 だが、現実的には、冒険者ギルドの実績評価を地道に積み重ねばならない。

 やがてそれが積み上がった時、国や貴族、大商人が人材を求めた際の斡旋対象となるのだ。


 そして、その時に結んだ誼を通じて、国や貴族、大商人に仕える定職を得る。

 それが冒険者としての、現実的な望みであり、到達すべき未来だ。


 我が家の執事長や庭師、馬丁がまさにそれである。

 彼らは結婚し、その子どもたちも当家の使用人となり、ウォースパイト侯爵家の譜代として安定した生活を手にした。


 冒険者として考えれば、これ以上ない結末だろう。



「それに、リーダーもお嬢様の悩みに気づいています。

 そして、彼から相談を受け、私にお嬢様への伝言を預けてくれました」

「……聞こう」

「誰にだって、合う靴と合わない靴がある。

 合わない靴を無理に履いても、窮屈なだけだよ。

 もし靴が一足しかないなら、それが窮屈でも履くしかないけれど……。

 靴が二足あるなら、合っている方を履くのが当然だし、メリーちゃんはヒールの方がきっと似合うんじゃないかな? ……だそうです」

「そっか……。リーダーは強いね」



 リーダーの言葉が、私にとって決定打となった。


 リーダーらしい気障な言い回し。

 その比喩から、やっぱり自分が貴族であることがバレていたのを知り、思わず苦笑する。


 今は侯爵家令嬢でも、根が庶民の私は平民を装うのは簡単だった。

 しかし、新人冒険者でありながら装備が新品で揃っているのは不自然だし、ヒルダがメイド服で冒険者をしているのはもっとおかしい。


 それに、ヒルダは私第一主義だ。

 おまるの拒否は許されたが、今でもトイレの中まで付いてきて世話を焼く過保護ぶり。


 もう、バレない方がおかしい。



「まあ、あの下品さには辟易しますが」

「男なんて、あんなものだよ。明け透けな分、まだマシじゃない?

 それに、口だけで手は出さないし、私たちが水浴びをしていても覗いたりしてこなかったしさ。

 だったら、あれくらい許してあげたら? それが女の器量っていうか……。愛嬌じゃないかな?」

「そんな愛嬌は要りません。

 私はお嬢様の分だけで十分です」

「あっ、はい」



 多分、冒険者の大勢は、何となく察していたに違いない。

 察していなかったのは、私によく突っかかってくるヒルダを『お姉様』と呼ぶ、あの猫族の娘くらいだろう。


 明日の朝、冒険者ギルドに廃業の旨を届けに行こう。

 私は新たな私の道を探すのだ。




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