第17話 風と穂と二人のひととき
「うん……。美味しい」
「ブルルッ」
「ヒヒーン」
「そう、お前たちも美味しいって? くふふっ……。」
帝都からそう遠くない草原。
ぽつんと一本、大きく立派に育った樹の下で、優雅にティータイムを楽しむ。
すぐ近く、小川のせせらぎを聞きながら、芦毛と鹿毛の二頭の馬が水を飲んでいる。
遠くには、収穫間近の麦畑の穂が秋風に揺れ、緩やかな波のように光を反射している。
本日、冒険者稼業はお休み。
乗馬がそこそこ上手くなった私は、ヒルダをお供に、朝から遠乗りを一日かけて楽しんでいた。
ただし、冒険者稼業がお休みなのは、私とヒルダに限った話。
パーティのリーダーたちは、冒険者ギルドからの指名依頼を受け、帝都から徒歩五日の村へ向かっていた。
そこでは、田畑を荒らす『グリフォン』退治が待っている。
グリフォンとは、猛禽類の上半身と猫科の下半身を持つ不思議なモンスターだ。
短時間ではあるが、背中の大きな翼で空を飛ぶことができるのが最大の特徴で、体躯は大型犬ほどの大きさから、熊ほどの巨大さまで幅がある。
基本的な攻撃手段は、嘴と四足の爪。
さらに、落下速度を利用した空からの突進攻撃は非常に強力で、討伐難易度は中程度とされている。
無論、パーティを組んでいるのだから、私たちも行動を共にしたかった。
だが、その熱意がどれほどあっても、冒険者ギルドの厳しいルールはそれを許さない。
モンスターには討伐難易度に応じたランクがあり、討伐できるのは過去の実績評価によって決まる。
私たちのような冒険者初心者が扱えるのは、俗に『雑魚御三家』と呼ばれるゴブリン、コボルト、オークの三種のみだ。
そもそも帝都近くの森は大きくないため、この三種くらいしか遭遇することはない。
もし、実績に見合わない難易度ランクのモンスターと偶発的に遭遇した場合、現場判断で討伐を試みることは許されている。
しかし、それ以上に、遭遇した時点でパーティの誰か一人が冒険者ギルドへ遭遇報告に走る義務がある。
この義務を怠ると、討伐に成功しても実績評価は大きく下がる。
今回、私たちがお留守番になったのもそれが理由だ。
討伐対象が『グリフォン』と事前に分かっていながら、私たちを連れて行けば、リーダーたちの実績評価が下がってしまう。
高難易度モンスターを狩り、大金を得たければ、まず実績評価を上げるしかない。
要するに、新人冒険者が最初に薬草集めやドブさらい、下水道掃除をやらされるのと同じことだ。
リーダーたちは今の地位に立つまで、三年の歳月を費やしている。
「お嬢様、お代わりはいかがですか?」
「うん、そうだね。もう一杯、貰おうかな」
それにしても、ヒルダには感心を通り越して、尊敬の念すら抱く。
草原を見渡しても、人影は見当たらない。二人きりなのだから、もう少し寛いでも構わないはずだ。
そう声をかけてみるが、ヒルダは首を左右に振り、いつもの定位置に立ったまま。
座っている私の死角にあたる、半歩下がった場所で、静かに佇んでいる。
今だって、最高のタイミングだ。
ティーカップに残るお茶は、もう一口分ほど。
それを飲み干して、おかわりをお願いするところだった。
しかも、注がれたお茶に口をつけると、これが私好みの絶妙な熱さ。
ここは設備が整った屋敷とは違う。竈は石を並べて作った即席で、道具は野外用のヤカンと茶こしの二つだけだ。
それでも、熱さも濃さも香りも、屋敷で飲むものと遜色はない。
私が不自由を感じたのは、湯が沸くまでのほんの一時だけだった。
いや、ヒルダの凄さはお茶だけに留まらない。
炊事、洗濯、掃除の家事全般に長け、雑魚御三家など息をするような感覚で打倒する強さを持ち、冒険者稼業の装いもメイド服のまま。その底はなかなか見せてくれない。
分かるのは、強さの方向性が私とは違う点くらいだ。
私が侍なら、ヒルダは忍者。短剣を扱い、猫族の特性を生かした俊敏さは、今の私では目で追うのがやっとである。
どうして、そんなスーパーメイドが私の専属に付いているのかは、大きな謎である。
もしかすると、これも私をあらゆる危険から守ろうとする、親馬鹿という名の父の愛なのだろうか。
ヒルダは当家の使用人ではあるが、執事長や侍女長の指導は受けるものの、その命令に必ず従う義務を持たない、独自のポジションにあるらしい。
だから、私が冒険者になるときも、ヒルダは一緒に付いてきた。
魔力を知った夜、ヒルダと対峙した経験からその強さは承知していたし、頼りにもしていた。
しかし、自分の我儘に付き合わせる申し訳なさも感じていた。
なにしろ、平民女性にとって、侯爵家令嬢の専属メイドという社会的地位は最高レベルだ。
逆に冒険者は、社会に必要とされながらもお世辞にも褒められる地位を持たない。
冒険者はハイリスク・ハイリターン。
大きな成功を収めれば、名誉と財産を手に入れられるが、命の危険があり、現役期間も短い。
大怪我を負えば即座に収入が途絶えるため、大半の者はドブさらいや下水道掃除などの辛く汚い仕事に従事し、日銭を稼ぐに留まる。
そのため、貴族や商人など富を持つ者ほど、冒険者を下賤と蔑む傾向が強い。
「もう……。」
「んっ!?」
「もうお辞めになりますか?」
しばらくの静寂の後、ヒルダが躊躇いながら問いかけてきた。
思わず、眉がピクリと跳ねる。
主語はなかったが、何を問われているのか、私にはすぐにわかった。




