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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第二章 冒険者

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第16話 つるつるの奇跡




「う、嘘っ!?」



 背中をゴブリンに押さえつけられ、思わず目を見開いた。


 どうして、こんな時に限って怪力を振るうんだ。

 戦っているあいだは、せいぜい子供の力ほどしか感じなかったくせに。


 ふざけるな。女を押さえつける時だけ怪力になるなんて、調子が良すぎる。

 迫りくる恐怖に身体は凍りつき、悲鳴が喉から漏れかけた、その瞬間。



「俺に任せろ!」



 耳に飛び込んできたのは、近くで別のゴブリンと斬り結ぶ男の頼もしい声だった。


 冒険者ギルドは、原則として一人や二人での活動を認めない。


 理由は単純明快。

 数こそ力だからだ。ゴブリンの群れがその好例である。


 推奨は六人組。最低でも四人。

 新人は必ず先輩冒険者と組まされ、お試し期間を経て問題がなければ正式な『パーティ』となる。



 我らのリーダーは冒険者歴三年。

 同じ時期に加わった新人は五人いた。

 けれど今、パーティに残っているのは私とヒルダの二人だけ。


 結果、リーダーの旧来の仲間と合わせて、今のパーティは五人。

 付き合いも、もうすぐ一ヶ月になる。



「ゴッブーーー!」

「ゴブリ、ゴブ!」



 私を押さえつけているゴブリンが、甲高い歓声をあげる。

 森に響き渡ったその声に、他のゴブリンたちが『お前だけずるいぞ!』と言わんばかりに一斉に非難。私は悔しさに、思わず奥歯を噛みしめた。


 冒険者といえば、屋敷の男性陣には驚かされたことがある。

 なんと、執事長と庭師、馬丁の三人は元冒険者だった。


 しかも、当時を知る者たちが『あのっ!』と驚き讃えるほどの、歴戦の一流だという。


 もっとも、それを知った後なら腑に落ちることもあった。

 父は今、帝都にはおらず領地に戻っている。兄に対しては後継者として厳格だが、私には度を超えた親馬鹿ぶりを発揮する。

 アレが欲しいと言えばすぐ買い与え、コレが欲しいけれど見つからないと言えば、商人を外国まで派遣して探させるほどだ。


 しかし、屋敷の男手は執事長と庭師、馬丁の三人だけだった。

 治安の良い帝都の中でも特に安全な貴族街にある屋敷だが、警備の薄さにはどこか妙な違和感を覚えた。


 でも、彼らは元一流の冒険者。

 実は、私は過剰なくらいに守られていたのだ。

 私の勝手な想像だが、屋内の警備は執事長、屋外は庭師、いざという時は馬丁が私を馬に乗せて逃がす。そんな役割分担になっているのではないだろうか。


 さらに言えば、三人はいずれも初老の年齢で、父にとって都合が良い。

 男性として衰えた年齢のため、私に邪な手を伸ばす心配もなく、私が彼らに恋心を抱く心配もない。



「今、参ります! お嬢様!」

「やめろ! ヒルダさん、持ち場を離れるな!」



 ヒルダの叫びが耳に届き、私は一瞬安堵した。

 だが、すぐに続いたリーダーの怒鳴り声で、その安堵が甘えに過ぎなかったことを思い知らされる。


 執事長と庭師、馬丁の三人が鍛錬指導を申し出てきたのは、私が鍛錬を始めてからおよそ一ヶ月が経った頃だった。

 どうやら彼らは、私の鍛錬が単なる体力作りではなく、戦うためのトレーニングであることを見破り、三人で悩んだ末に、黙って見てはいられなくなったらしい。


 私としては渡りに船だった。まさに値千金の、ずっと欲していたものだ。

 当時、ヒルダは体力作りには協力してくれたが、剣の稽古はあまり乗り気でなく、魔力に目覚めた夜のように積極的に相手をしてはくれなかった。


 彼らは全盛期の力こそ失っているが、得難い実戦経験を持っている。

 前世の自分との性差や体格差による感覚の違いを、今の自分に合わせて調整する相手としても、贅沢すぎる相手だった。


 当然のことながら、元深窓の令嬢だった私が戦うための術理を知っているのは、明らかに変だ。


 彼らもきっと疑問に思っただろう。

 何度か問いかけようとした素振りを見せながらも、結局は何も聞いてこなかった。



「ゴブゴブブ!」

「メリーちゃん、必ず助ける! 少し、少しだけ待ってくれ!



 ついにゴブリンが、私の足の間に割って入った。

 涙が滲み、嫌悪感で全身が震え、鳥肌が立つのを押さえきれない。


 冒険者になりたいと訴えた私に賛成してくれたのも、執事長と庭師、馬丁の三人だった。

 猛烈に反対するヒルダや侍女長、メイドさんたちの説得にも協力してくれ、冒険者としての心得も教えてくれた。


 新人冒険者が必ず従事させられる、ドブさらいや下水道掃除などの辛くて汚い仕事を、予め教えてくれたのも彼らだ。

 おかげで、最初の仕事『公衆トイレの汲み取り運搬作業』で落胆せず、いつかモンスター退治の依頼を受けられると信じ、翌日以降もへこたれずに続けられた。


 それに、私は知っている。

 冒険者になった最初の二週間、三人が代わる代わる遠くから私を密かに見守ってくれていたことを。


 だからこそ、彼らのためにも、こんなことで泣いてはいられない。

 もし私がゴブリンにズブリとされ、貴族令嬢として致命的な傷を負ってしまったら、一番悲しむのは間違いなく彼らだ。そう自分を奮い立たせた。



「ダブル・アクセル!」



 世界が私の叫びに応え、全身に力がみなぎる。

 押さえ付けられた背中を少し持ち上げると、ゴブリンが押し戻そうとする。

 その力も利用しながら、大地を胸で叩き、腹筋に力を込めて、腰を思い切り跳ね上げた。


 リーダーは両手にショートソードを持つ二刀流の戦闘スタイルだ。

 その攻撃手段の一つとして、右手のショートソードを投げる場面を、私はこの一ヶ月で何度か目にしている。


 私とリーダーの距離を考え、ここにゴブリンの隙を生じさせれば、きっとリーダーならそれを選ぶに違いない。

 私はお尻でゴブリンの顎を打ち、その上半身を無理やり起こした。

 


「ドンピシャだ!」

「ゴブブッ!?」



 その結果、私は賭けに勝った。

 期待通り、リーダーは右手のショートソードを投げた。

 背中に突き刺さったのだろうか。ゴブリンは仰け反りながら、悲鳴をあげた。



「退けっ!」



 この好機を逃してはならない。


 お尻を突き上げた態勢のまま大地を蹴り、その場で前方宙返り。

 空中でゴブリンの顔を蹴り飛ばし、着地と同時に振り向きながらダッシュ。

 進路上の木に向かって、ゴブリンの顔を鷲掴みにし、全力で叩きつける。



「ゴブゥゥゥゥゥッ!?」



 不埒なゴブリンは絶命した。

 後頭部が砕け、緑色の血とクリーム色の脳漿が飛び散る。

 木がハンマー代わりになり、押し込んだショートソードが胸から突き出た。


 だが、安堵に浸る暇はない。仲間たちはまだ戦闘中だ。

 まずは落とした自分の剣を拾い、私のために片方の大事な武器を失ったリーダーの加勢へ向かわなければならない。



「見ぃ~ちゃった、見ぃ~ちゃった! メリーちゃんのアソコ、見ぃ~ちゃった!」

「う、うるさい! わ、忘れろ!」



 振り向くと、リーダーは対峙中のゴブリンを難なくいなし、こちらをスケベった顔でニヤニヤと笑っていた。

 そのままリズムに乗って囃し立てられ、私は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして動きを止める。


 出かかっていた感謝の言葉は、思わず罵りに変わった。


 そうだった。今の私は、パンツを破られて履いていない。

 それなのに、お尻を突き上げ、前方宙返りをするために足を大きく縦に開いていた。丸見えだ。


 彼はパーティの頼りになるリーダーだが、女好きでスケベなところが難点。

 普段から、私がうっかりパンツを見せてしまうと決して見逃さないのだから、今回も見逃すはずがない。



「まだ生えてないんだね! メリーちゃんはつるつる!」

「う、うるさああああああああああいっ!」



 その証拠を突きつけられ、私は顔を真っ赤にして駆け出した。



「ゴゴブっ!?」



 そして、リーダーが戦うゴブリンに、怒りの飛び蹴りを叩き込む

 でも、それが大事なところをリーダーにさらに晒す大失敗だったと、すぐ後に思い知らされる。



「お嬢様、大丈夫ですよ! 私はつるつるが大好きです!」

「ヒルダ、うるさい! 黙れっ!」



 余談だが、ゴブリンとの戦いが終わった後、リーダーは思いっきりヒルダに殴られていた。

 ざまあみろ、と思った。




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