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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第二章 冒険者

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第15話 一瞬の油断、十匹の敵




「ゴブゥゥゥゥゥッ!?」



 緑色の肌に醜悪な顔立ち、それに長く尖った鷲鼻。

 子供くらいの背丈の二足歩行モンスター『ゴブリン』の特徴だ。


 彼らは必ず集団で行動し、武器の種類もさまざまだ。

 大半は棍棒だが、剣や斧、槍、メイスを手にしている者もいる。


 文化レベルは低く、持っている武器はどれもボロボロだ。

 刃は欠け、錆びつき、修理という概念すらない。

 おそらく拾ったか、人間との戦いで奪ったものをそのまま使っているのだろう。


 服を着ている者も多いが、同じで恐ろしく汚れ、袖口や裾は擦り切れている。

 人間の習慣を真似しただけに過ぎない。


 しかし、群れで戦う術は一応知っている。

 それでも、所詮雑魚モンスターの範疇。私にとって脅威となる存在ではない。




「しまったっ!?」

「ゴブブブ!」



 ところが、仕留めた獲物から次の獲物へ身体を向けた瞬間、腰まである髪の一房が森の藪に引っかかってしまった。

 そのわずかな動きの隙を狙い、次の獲物に定めていたゴブリンが、身の丈に合わない斧を頭上に振りかぶって向かってくる。


 正直に言えば、髪を切りたい。

 今すぐにでも、ばっさりと切ってショートヘアにしたいのだ。


 理由は単純、動くたびに鬱陶しいからだ。

 用を足すときでさえ気を使い、ヒルダが居る時は持ってもらい、一人の時は首に巻き付けるなど苦労の連続である。



『女が髪を切るなんて、失恋した証拠です!』

『そうでなければ、愛する人を喪い、操を立てる意味があるんですよ!』

『妙な噂が立ったら、お嬢様の婚期が遅れてしまいます!』

『絶対に止めて下さい! 絶対にです!』



 ヒルダをはじめ使用人たちは、声を揃えて必死に訴えた。

 焦燥と切迫感がその声に滲んでいたが、私の心は微動だにしなかった。


 風評など知ったことではないし、婚期などどうでもよいことだ。

 今は女として振る舞っているが、元は男の俺が結婚するなんて、絶対に無理だ。髪を切らない理由にはならない。



『貴族の女性の髪は、贅沢と権威の象徴です。

 それは仕える私たちにとっての誇りであり、他家の使用人に対する自慢でもあります。

 私たちが主の髪をせっせと梳かし、美しさを保とうとするのには、そういう理由があるのです』



 そんな私の様子を見かねて、侍女長が個別面談を申し込んできた。

 深い溜息をつくと、侍女長は重い口を開き、こんこんと諭した、


 なるほど、と頷くしかなかった。

 この世界では、生きるために必要な水すら、欲しければ井戸から汲むなどの肉体労働が伴う。

 長い髪は何かと邪魔になり、肩より長い髪は、肉体労働を必要としない貴族女性の特権と言えた。


 実際に街へ出てみると、それがよく分かる。

 当家のメイドたちもそうだが、平民の女性は長くても肩甲骨あたりまで。


 しかも、必ず結ぶか編むかのどちらかで、私のように腰まで伸ばした髪の女性はまず見かけない。


 こうした事情を理解した以上、髪を切るのは断念せざるを得なかった。

 せめて、くるくる巻きの髪をストレートにして後ろで結びたかったが、ヒルダは頑として譲らなかった。


 どうやら、ヒルダなりの強い拘りがあるらしい。

 私としては邪魔で仕方ないが、説得は諦めた。


 冒険者としての装いも同様だ。

 私はズボンスタイルを強く希望したが、ヒルダはスカートスタイルを頑として譲らなかった。

 スカートを拒否すれば冒険者になることは許さない、とまで言われ、私が動きづらさを訴えた結果、出てきたのが今の革製ミニスカートである。


 それでいて、生足を晒すのは許されない。

 こうして、上半身はレザーアーマー、下半身は革製ミニスカート、下着のガーターベルトにニーハイソックスを吊るして履く。私の冒険者スタイルが完成した。



「くっ!?」



 斧を剣で受け流すこと自体には成功したが、その一撃が重すぎた。

 左膝が地面に着き、動きが完全に止まってしまう。慌てて体勢を立て直そうとしたその瞬間。



「ゴブリ!」



 背後から、別のゴブリンが私のお尻めがけてタックルしてきた。


 警戒を怠ったつもりはない。どこに隠れていたのか。

 一度は退き、遠くから戦況を見守っていたのか。それとも優勢になった隙に戻ってきたのか。


 答えは分からない。

 結果として、私は俯せに倒れ、すぐに身を翻して起き上がろうとする。


 だが、それより早く、太ももの上に飛び乗ってきたゴブリンの重さと勢いで腰が落とされてしまった。



「ひぃっ!?」



 スカートが捲られ、ゴブリンの手がお尻に触れた刹那、全身に粟立ちが走る。



「お嬢様!」



 ヒルダが緊迫した叫びをあげるが、私との距離は遠い。

 ヒルダ自身も別のゴブリンと戦っており、今すぐの加勢は望めそうにない。



『1匹見かけたら、10匹はいると思え』



 この世界のゴブリンには、まるでゴキブリのような格言がある。

 理由もゴキブリと同じだ。駆除しても駆除しても尽きず、放置すれば森から溢れ出て、人間の営みに悪影響を及ぼす。


 モンスターの中では最下層に位置するゴブリンの討伐難易度は低い。

 馬鹿で好奇心旺盛、単純な罠にすら引っかかる。能力的に人間に勝る点はほとんどなく、駆け出しの冒険者でもまず負けない。


 ゴブリン駆除は、冒険者たちにとって安定した収入源となっている。


 ただし、格言が示す通り、その数には注意が必要だ。

 必勝を期すなら、対峙する際は味方の人数を下回らないようにするのが望ましい。


 特に女性の場合、数以上の注意点がある。

 それはゴブリンの精力旺盛さと繁殖力の強さである。


 どういう理屈かは不明だが、ゴブリンは異種族でありながら人間や亜人との交配が可能。

 雌の数が雄より圧倒的に少ないため、ゴブリンは女性を見ると本能を剥き出しに襲いかかり、種を残そうとする。


 つまり、ゴブリン駆除に向かった女性が、結果的にゴブリンを増やす最悪の事態を招くことになる。

 これは、私が初めてゴブリン駆除を請け負った際、冒険者ギルドから口酸っぱく言われた注意事項だ。


 人間の美醜がゴブリンに通じているかは定かでないが、今日も私とヒルダのおかげで入れ食い状態。

 ゴブリン駆除強化指定の森を少し歩くだけで、向こうから勝手に近づいてくる。おかげで私たちはお昼前に大きな収入を得ていた。


 しかし、討伐スコアを重ねるうち、作業感が増し緊張感が薄れていたのは否めない。

 それが、些細なミスを呼び、今の結果を生んだのだ。



「ゴブッフ!」



 ゴブリンのほくそ笑む声が聞こえ、パンツが大事なところに痛く食い込むのを感じた。

 次の瞬間、ビリッ、ビリビリッと音を立てて、パンツが乱暴に引き裂かれ、思わず全身がこわばった。




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