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侯爵家令嬢は花(恋)より団子(剣)に夢中  作者: 浦賀やまみち
第二章 冒険者

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第14話 私の修行日誌




「メリーちゃん、今日も可愛いね!」

「はいはい、ありがとうございます」



 さて、過ぎ去ってしまえば、月日の流れは本当に早いものだ。

 私が私『メアリス・デ・リリアン・ウォースパイト』として過ごす日々も、すでに半年が経っていた。


 魔力に初めて目覚めたときのことは、本当に辛い思い出だ。

 半年経った今でも思い出すのは嫌だが、あの一週間の寝たきり生活を乗り越えられたのも、今の力を手にできたのも、やっぱり魔術のおかげだ。


 そう、いわゆるファンタジーRPGに欠かせない、怪我を癒やす回復魔術だ。

 一週間の寝たきり生活の間、膨大な暇を持て余した私は、ヒルダから魔術の講義を受け、知識を吸収していった。



『人は誰しも、己と世界をつなぐ『門』と呼ばれるものを持っている。

 魔術とは、その『門』を通して世界に語りかけ、世界が応える結果に過ぎない。

 古の人々は誰もが『門』を開く鍵を持ち、天地を操り、星海にさえ到達した。

 しかし、世界を歪める所業を行ったため、神々の怒りに触れ、『門』は固く閉ざされた』



 これが、魔術の基礎理論だ。

 魔術師の目標は、この閉ざされた『門』を開くことにある。

 人には、七つの『門』が存在するとされる。


 ただし、七つの『門』すべてを開けた者はいない。

 六つ目と七つ目の存在自体、本当にあるかどうかは分かっていない。


 伝説や歴史に名を残す大魔術師や賢者でさえ、開けられたのは五つまでだった。

 通常の魔術師は生涯を捧げても二つが限界で、三つ開けられれば、それだけで一流と称されるという。



「メリー、ヒルダお姉様を騙す悪い奴! ニャーと勝負ニャ!」

「はいはい、また今度ね。ヒルダはあっちにいるよ?」



 もっとも、世界が応えてくれるといっても、ただで応えてくれるわけではない。


 私が一週間も寝たきりになったのを見ても分かる通り、代償は必ず必要だ。

 ファンタジーRPGでいうところのMPのようなものだと考えれば、分かりやすいかもしれない。


 それに、私はいきなり門を四つも開いたため、大騒ぎになった。

 あの夜、私の魔力を感知した者はヒルダだけではなく、深夜にもかかわらず何人もの魔術師が当家を訪れた。

 目が覚めた私に、執事長は酷く疲れた顔で、その顛末を愚痴っていたほどだ。


 しかし、私にとって、そんな魔術の難しい理論はほとんど無価値に等しい。


 私が目指しているのは、魔術師とは対極にある戦士だ。

 街を焼き払うほどの大業火を起こす大魔術師に憧れているわけでもなければ、長年の研究の末に新たな魔術を編み出して称えられる賢者に憧れているわけでもない。



「メリーちゃん、これ見てよ! めっちゃイカすだろ!」

「はいはい、格好いいですね」



 私が魔術に期待するのは二つ。

 身体能力を高める魔術と、怪我を癒やす回復魔術だ。


 それを、今まで学んできた武術にどう生かせるかが重要になる。


 幸運なことに、どちらも魔術としては初歩の初歩で、習得自体は簡単だった。

 種明かしをすれば、前世の現代知識と祖父から学んだ武術に通じた概念だったからだ。


 本来なら、初歩の魔術であっても、習得には月単位の時間が必要になる。

 人によっては十年経っても、二十年経っても、習得できないこともあるらしい。


 実際、ヒルダは身体能力向上の魔術は使えても、回復魔術は扱えない。


 それを、私はヒルダの講義と教本だけを頼りに、三日で習得してしまった。

 そのため、ヒルダを筆頭に使用人たちは大興奮で大絶賛。

 ある意味、ずるをしている私としては、恐縮するしかなかった。


 それに、身体能力向上の魔術は誰もが簡単に超人になれる便利なものではない。

 基本となるのは術者自身の身体能力で、貧弱な者よりも屈強な者の方が、向上の幅は大きいのだ。



「メリー様、俺を踏んで下さい! さあ!」

「はいはい、邪魔だから消えてね」



 では、魔力に初めて目覚めたあの夜、私が超人的な力を得られたのは何故か。

 それは、四つの門を開き、拙いながらも感覚的に身体能力向上の魔術を使い、その出力を全力全開に傾けたからだ。


 そして、その代償が一週間の寝たきり生活である。

 魔術を使っている最中は、副作用とも言える高揚感に支配され、痛みを置き去りにしていただけ。


 つまり、身体能力向上なんて言うと響きはいい。

 けれど実際は、無理に力を底上げして、その分の負担を身体に押しつけているだけなのだ。


 さらに、開く門の数に比例して魔力の消耗は激しくなる。

 効果が高くとも、時間が短ければ使い勝手は悪い。

 魔力が尽きた瞬間にブレーカーが落ちるように意識を失うのも危険すぎる。


 だからこそ、身体を鍛える必要があった。

 理想を言えば、男だった頃の身体能力を取り戻したいが、それは無い物ねだりに過ぎない。


 身長や性差といった根本的な違いはどうしても埋められないのだ。


 最初の目標は、訓練用の木剣で素振り百回。

 通常であれば、月単位や年単位で積み重ねる鍛錬を、一気に縮めてくれるもの。それが回復魔術に期待する理由だった。



「ニャー……。ヒルダお姉様に叱られたニャー……。」

「はいはい、酷いね。また明日にしたら?」



 これぞ、前世の知識。

 現代科学トレーニングを知っていたからこそ生まれた裏技だ。


 鍛錬の最中は身体能力向上の魔術で負荷をかけ続け、終わったら回復魔術で身体をケアする。

 この合わせ技によって、魔力が尽きる寸前まで鍛錬を繰り返せるうえ、筋肉が疲労から回復する際に増強される『超回復』の効果まで即座に得られてしまうのだ。


 最初の数日は自分の貧弱さを痛感していたが、効果は日に日に目に見えて現れた。

 その喜びが、鍛錬に夢中になる大きな原動力となった。


 身体を労われと諫める周囲の声に耳を貸さず、私は朝食前、朝食後、昼食前、昼食後、午後のお茶の後、夕食前、夕食後に鍛錬を続けた。

 雨が降ろうと、風が吹こうと、決して欠かさずに。


 満足な成果を実感できたのは、三ヶ月後だった。

 魔術に頼らずとも、剣を振って戦えるだけの身体能力を、ついに手に入れたのである。


 ただし、促成が過ぎたせいだろうか。

 腕も脚も身体も細いままで、外見にはほとんど変化がなかった。


 一応、力を入れれば筋肉は筋張る。

 腹筋だって、隠れていたシックスパックが姿を現す。


 ただ、それを見せるとヒルダは眉間に皺を刻んで、決して良い顔はしない。

 残念ながら今後、人前で見せびらかす機会はなさそうだが、それが今の私の密かな自慢だ。

 部屋で一人のとき、姿見に映った自分の腹筋を見ては、ついニヤニヤしてしまう。


 弊害はもう一つある。食べる量が極端に増えたことだ。

 鍛錬で消費したエネルギーを補おうとする、身体の自然な反応だろう。

 今は冒険者稼業をメインにして、鍛錬にかける時間は以前ほどではないが、最近の私は毎食、成人男性三人分ほど食べるようになっていた。



「メリーさん、どこへ?」

「どこって……。君もそのお茶を飲むなら、わかるでしょ?」



 当然、それだけ食べれば出るモノも出る。


 席を立つと、テーブルの向かい側から男の子が声をかけてきた。

 数少ない冒険者ギルドの苦茶飲み友達だからこそ、ヒルダが精算を済ませる前にどこかへ行こうとする私を不思議に思ったのだろう。


 だが、察しが悪すぎる。



「えっ!? ……あっ!? ご、ごめんなさい!」

「わかればよし。でも、罰として、その席を取っておいてね?」



 でも、怪我の功名だ。これで顔を真っ赤にした彼が留守番になってくれる。

 ヒルダの様子を窺えば、列の前には三人が並び、どこへ行くにも付いてくるヒルダは場を離れられない。



「は、はい、お任せ下さい!」

「お願いね」



 今が、一人で済ませる絶好のチャンス。私は足早にトイレへ向かった。




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