第13話 苦茶の午後
「オクオォォーーク!」
深緑色の肌に、口の両端から突き出た二本の逆向きの牙、そして豚鼻。
身長は成人男性よりやや高く、二足歩行。腹はでっぷりと弛んでいるが、腕と足は極めて逞しい。
これが、この世界で『オーク』と呼ばれるモンスターだ。
独自の言語を使い、森の奥で小さな集団社会を作っているらしいが、知能は低め。
どいつもこいつも、手頃な木を折っただけの武器『棍棒』を持ち、身につけているのは粗末な毛皮の腰布だけ。文化レベルも低いことが一目でわかる。
もちろん侮ってはいけない。
中には突然変異的に知能の高い『ジェネラル』や『キング』と呼ばれる個体もいるらしいが、ごく稀の存在だ。
『はっはっはっ! 心配するなって!
もし出会うとしたら、そうだな……。空を飛んでいる鳥が落とした糞を鼻先に浴びるくらいの確率さ』
そう言って、教えてくれた者は笑っていた。
「はいはい……。4匹目っと」
勘違いしないでほしい。むしろその逆だ。
私は、出会ったら自分の不運を呪うほどの相手に出会いたかった。
なにしろ、ただのオークはつまらない。
知能が低く、稚拙なフェイントにも簡単に引っかかる。
豪腕で振るわれる棍棒の一撃は確かに脅威だが、技術が皆無で動きは反射的かつ直線的。避けるのは容易い。
二対一でも余裕だ。
慢心せずに落ち着いて対処するだけで、私の実力なら消化試合に等しい。
「オオクッ!?」
つい一瞬前まで胴体と繋がっていたオークの首が、恨めしげにこちらを睨みつけながら空中を舞う。
頭を失った胴体は膝をつき、こちらへと倒れかかるが、首の切断面から噴き出す緑色の血で汚れるのは嫌なので、私はそれを蹴飛ばした。
一拍のあと、オークの死体が背中から大地に落ち、ドスンと重い音を立てる。
心臓はまだ鼓動しているらしく、身体がビクッと痙攣するたびに、首の断面から緑の血が噴き出して血溜まりが広がっていく。
特別な感慨は湧かない。
モンスターの命を自分の手で奪うのは今日が初めてではない。
剣を軽く振って血を払い、周囲を見渡すと、仲間たちはまだ戦っているが皆優勢で、手助けは要らなさそうだった。
モンスターを討伐した証の耳削ぎ。
最初は少し躊躇したが、今ではすっかり慣れた。
「おっ!? 今日のメリーちゃんは赤! おっとなぁ~~!」
「はいはい……。私のパンツを覗いている暇があったら、前をちゃんと見てね?」
「おおっと! サンキュー!」
ただ、革製のミニスカートを穿いているため、しゃがむとどうしても私の秘密が見えてしまう。
だが、いちいち気にしてはいられない。作業を淡々と進めるだけだ。
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「にがっ……。」
夕方、多くの人で賑わう冒険者ギルドの待合室。
無料で提供されているお茶を一口飲み、その苦さに顔をしかめる。
このお茶は、健やかな快眠と快便を促し、疲労回復にも効果があるとされる。
どこの冒険者ギルドにも、必ず常備されている品らしい。
「うわっ!? メリーちゃん、今日もそれ飲んでるのかよ! よくそんなモノ、飲めるな?」
「ええ、慣れると美味しいですよ? この苦さが癖になるんです」
「いや、遠慮しておくよ。慣れるほど飲みたいとは思わねぇし」
だが、冒険者たちの評判はご覧の通りだ。
冒険者ギルドに名前を初めて登録した際、健康のために一日一回の常飲を勧められる。誰もが一度は飲むが、大抵それっきりだ。
言わば、新人冒険者の通過儀礼であり、冒険者同士の罰ゲームにも使われている。
私のように好んで飲む者は珍しく、ここでこのお茶を飲むたびに、今のような反応が返ってくる。
ちなみに、『メリー』とは冒険者としての私の偽名である。
冒険者を始めるにあたり、本名のままでは不都合が生じる可能性が高かったため使用している。
元日本人として、当初は偽名を使うことに罪悪感を感じたが、特に問題はなかった。
もちろん、本名の方が望ましいだろう。
しかし、冒険者ギルドとしては、登録手数料と名前さえあれば十分だった。
所属してからわかったことだが、冒険者ギルドは実質、何でも扱うよろず屋のような存在だ。
現代日本で例えるなら、冒険者ギルドが派遣会社、冒険者は派遣社員。名前の通りに全員が冒険に挑むわけではない。
私自身も、最初の一か月は薬草採集やドブさらい、下水道掃除、街の補修工事など、冒険とはほど遠い仕事ばかり与えられた。
他の街で実績がない新人冒険者は誰もがそうであり、こうした仕事で経験と信用を積み重ねて初めて、自分で仕事を選べる許可が与えられる仕組みになっている。
「よお、メリーちゃん! そんな不味い茶より、酒でも一緒にどうだ?」
「ごめんなさい。精算中のヒルダを待っているんです」
「かっかっかっかっか! 今日も振られちまったな!」
視線を受付窓口に向けると、長蛇の列がいくつもできていた。
その列のひとつに並ぶヒルダの前には、まだ五人がいる。
毎日ヒルダを列に並ばせるのは心苦しいが、まだ時間がかかりそうだと判断し、おかわりの一杯を飲みながら、精算を終えた上機嫌な冒険者たちを適当にあしらった。




