第一章:国力の定義の変容 「人口の時代が終わり、計算資源の時代が始まった」
◆ 1-1 国力とは何だったのか?
昔の国力は、とてもわかりやすかった。
人口が多い国は強かった。
それは、人口=兵士=労働者=生産力=税収、
全部が一本の紐でつながっていたからだ。
人口が多い国は、まるで
巨大な水車小屋みたいに、水(人間)さえ流れていれば勝手に回った。
ところが21世紀に入ると、この水車は
“水はあるけど、回転力は弱い”
という奇妙な状態に陥りはじめた。
なぜなら、
水車を回すはずの人間が、
「エネルギー源」ではなく「維持コスト」になったからだ。
◆ 1-2 国力を変えた“黒い箱”
この変化を決定づけたのがAIだ。
AIは、ひとつの国の真ん中に
「無限に働く黒い箱」
が置かれたようなものだった。
この黒い箱は、
24時間働き
文句を言わず
休まず
報酬を要求せず
しかも年々賢くなる
すると国家にとって
「人口による生産力」より
「黒い箱の能力」のほうが大事になっていく。
人口100万人の国より、
計算資源を数十万ユニット持つ国のほうが生産力が高い
という逆転が起きてしまう。
これが国力の第一の変化だった。
◆ 1-3 兵士が“電力”に置き換わる瞬間
昔の軍事力の象徴は「兵士の数」だった。
いわば、
砂浜に広がる数万の影
が強さの証だった。
しかしAIが戦場に入ると、勝敗を決める影は
「兵士の影」ではなく
データセンターの影になった。
監視
情報処理
予測
位置計算
弾道計算
通信整理
すべてAIが担うようになると、
物量よりも“演算の質”が軍事力そのものになる。
兵士10万人より、
推論2msの戦闘AIのほうが強い。
この瞬間、国力は完全に別のものへ変質した。
◆ 1-4 国家とは「巨大コンピューター」になる
AIが国家の中心に入ると、
行政・外交・金融・医療・教育などの意思決定は
徐々にAI前提で進むようになる。
たとえば:
教育
→ 生徒の理解度をAIが自動診断してカリキュラム再設計
外交
→ 過去のデータから“発言の最適解”をAIが作成
経済
→ 金利引き下げの影響をAIが秒でシミュレーション
医療
→ 画像診断はAI、治療計画もAIの補助
つまり国家は、
人間が動かす巨大装置から、
AIが運転する巨大コンピューターへと変わる。
ここに国力の第二段階の変化がある。
◆ 1-5 人口はもう“決め手”にならない
人口が多いということは、
かつては巨大な軍隊を動かし、巨大な生産力を生む力だった。
しかしAI時代では人口が増えるほど、
社会保障
教育
医療
インフラ維持
老後負担
労働市場の再教育
などのコストが雪だるま式に増える。
人口が多い国は、
巨大なマンションに住んでいるようなものだ。
住民が1万世帯もいる。
でもエレベーターが2つしかない。
AI時代の人口とは、
「大きいほどコストが増える設備」
に近い。
だからこれからは、
人口増 → 国力増
ではなく、
人口増 → 国力の負担増
という逆転が起きる。
◆ 1-6 国力の公式が書き換わる
AI時代の国力は、こう置き換えられる。
国力 = 計算資源 × モデル質 × 運用能力 × インフラ安定性
つまり、
領土や人口ではなく、
どれだけAIが動かせるか
どれだけメモリを持っているか
どれだけ安定した電力・水・冷却があるか
どれだけアルゴリズムを更新できるか
で強さが決まる。
これは、巨大な軍隊を持つよりも、
巨大なデータセンターを持つほうが強い世界。
砂浜に数万の兵士を立たせるより、
湿度管理された白いサーバールームに
何千ものAIチップを並べるほうが強い。
◆ 1-7 国力の新しい三本柱
国力は次の3つで説明できるようになる。
① Compute(計算資源)
国家の“脳みそ”そのもの。
これは戦車・空母より価値が高い。
② Memory
国家の“短期記憶と長期記憶”。
これが不足すると国家は何も判断できなくなる。
③ Energy(電力)
AIが動くための“栄養”。
電力が不安定だと国家機能が停止する。
これはまるで、
国家が 生き物 になったかのようだ。
計算資源=脳
メモリ=記憶
電力=血液
通信網=神経
データセンター=臓器
国民=細胞(本当に重要な部分にだけ使われる)
国家の定義は、
人間の集合体から、
AI+インフラの生命体へと形を変えていく。
◆ 1-8 まとめ:国力は“人間の力”から“AIを動かす力”へ
2000年前の国力が「農地」、
100年前の国力が「工場」、
50年前の国力が「人口」だったなら、
これからの国力は
「どれだけ巨大なAI生命体を維持できるか」
に変わる。
国力の主人公は、
兵士でも労働者でも政治家でもなく、
計算資源になる。
そして次章で描く「メモリ争奪(Memory Wars)」は、
その新しい国力の中心を巡る戦争になる。
国家は「自らの消滅」を受け入れない。
誰も黙って沈まない。
奪われそうなら奪い返そうとし、
壊れそうなら、何かを壊してでも生き残ろうとする。
国家が消滅を受け入れることは、絶対にない。
覇権を失う未来が見えた瞬間、
「何もしない」という選択肢は蒸発する。
行動が正しいかどうかではない。
ただ、生き残るために“動くしかない”からだ。
本作は、その国家の本能を
仮想世界で安全に観察するためのシミュレーションである。
未来を恐れるのではなく、
未来を知らずにいる方が危険だからだ。




