第17話「和解の証」
夕方、ルーンベル村に戻った一行を、村人たちが不安そうな表情で迎えた。人間とオークが一緒に歩いているという異様な光景に、子供たちは母親の後ろに隠れ、大人たちは農具を手にして警戒している。
「村長さん」
リナが前に出て、トーマス村長に声をかけた。
「森の問題は解決しました」
「本当ですか?しかし……」
村長の視線がオークたちに向けられる。グオッグとその仲間たちは、村人たちの敵意に満ちた視線に居心地悪そうにしている。
「オークたちも被害者だったのです」
リナが説明を始めた。森の奥に住む巨大な魔物フォレストベアが負傷して凶暴化し、オークたちを追い出していたこと。そして彼らが村の近くに現れたのは、行き場を失っていたからだということを。
「つまり、オークの皆さんも困っていたということですね」
村長が理解を示すが、他の村人たちはまだ警戒を解いていない。
「でも、オークは危険な魔物でしょう?」
一人の農夫が不安そうに呟く。
「私たちの畑を荒らすかもしれない」
その言葉に、グオッグが悲しそうな表情を見せた。
「我々、畑荒らさない。食べ物は森で採る」
オークが人間の言葉を話せることに、村人たちは驚いた。
「し、喋れるのか……」
「はい、オークは知能の高い種族です」
リナが説明する。
「人間と同じように、家族を愛し、仲間を大切にします」
「本当ですか?」
若い女性が恐る恐る尋ねる。
「グオッグさん、お話ししてもらえますか?」
リナに促されて、グオッグが前に出た。大柄な体格のため、村人たちは身を竦ませる。
「我々、家族いる。子供もいる」
グオッグが胸を叩く。
「子供、安全な場所で育てたい。だから、森の奥に住んでいた」
「子供がいるのですか?」
村の女性たちの表情が少し和らいだ。母親としての共感を覚えたのだろう。
「そうです。我々の集落には、老人も子供もいます」
別のオーク、ボルグが補足する。
「皆、平和に暮らしたいだけ」
村人たちの間で、小さなどよめきが起こった。オークに対する先入観が、少しずつ変わり始めている。
「でも、共存するとなると……」
村長が困ったような表情を見せる。
「食料の問題や、縄張りの問題もあります」
「それについては、お話し合いで解決できると思います」
リナが提案する。
「まず、お互いを知ることから始めませんか?」
その時、村の端で騒ぎが起こった。子供の泣き声と、大人たちの慌てた声が聞こえてくる。
「どうしたんだ?」
村長が駆けつけると、井戸の近くで七歳ほどの男の子が泣いていた。
「ベンが井戸に落ちた大切な人形を取ろうとして、足を滑らせて……」
母親が涙声で説明する。
「足を石に挟まれて、抜けないんです」
井戸を覗き込むと、確かに男の子の足が石の隙間に挟まって動けなくなっている。井戸は深く、大人が手を伸ばしても届かない。
「ロープを使って降りるか?」
「いや、狭すぎて大人は入れない」
村人たちが慌てふためいている間、グオッグが静かに井戸を覗き込んだ。
「我、手伝う」
オークの腕は人間より長く、力も強い。慎重に井戸に腕を伸ばすと、石を動かして男の子の足を解放した。
「ありがとう!ありがとう!」
救い出された男の子の母親が、グオッグに向かって深々と頭を下げた。
「命の恩人です」
その光景を見て、村人たちの表情が完全に変わった。オークも自分たちと同じように、困っている人を助けてくれる存在なのだと理解したのだ。
「グオッグさん、ありがとうございました」
村長が心からの感謝を込めて言った。
「これまで、偏見を持っていて申し訳ありませんでした」
「気にしない。人間も我々も、最初は警戒する。当然のこと」
グオッグの寛容な言葉に、村人たちは感動した。
「それでは、正式に友好関係を結びませんか?」
リナが提案する。
「お互いの利益になるような協力体制を」
村長が頷く。
「ぜひお願いします」
その夜、村の集会所で正式な協定が結ばれることになった。リナが仲裁役となり、人間とオークの代表が話し合いを行った。
「まず、縄張りについて」
リナが議題を整理する。
「オークの皆さんは森の北側、村は南側を中心に活動するということで良いでしょうか?」
「それで良い」
グオッグが同意する。
「森は広いから、十分な空間ある」
「では、交易について」
村長が提案する。
「村では農作物を、オークの皆さんは森の産物を交換できれば」
「良い考えです」
ボルグが興味を示す。
「我々、森のキノコや薬草に詳しい」
「それは素晴らしい!」
リナが目を輝かせる。
「薬草の知識を共有できれば、互いにとって大きな利益になります」
協定の内容は以下のようになった:
一、人間とオークは互いの縄張りを尊重する
二、定期的に交易を行い、物資を交換する
三、緊急時には相互に助け合う
四、次世代の子供たちも友好関係を継続する
「これで正式な友好協定の完成ですね」
リナが満足そうに書類をまとめる。
「歴史的な瞬間に立ち会えて光栄です」
協定書にそれぞれの代表がサインを行った。グオッグは不慣れな手つきで文字を書く。オークの文字は人間のものとは違ったが、その意味は確かに「友情」を表していた。
「これからもよろしくお願いします」
村長とグオッグが握手を交わす。その瞬間、集会所に拍手が響いた。
「明日は村を案内させてください」
若い農夫がオークたちに声をかける。
「こちらこそ、森を案内する」
ボルグが応じる。
「子供たちも一緒に遊べるかもしれないな」
夜が更けて、オークたちは森に帰っていった。別れ際、グオッグがリナに向かって深々と頭を下げた。
「リナ、ありがとう。本当にありがとう」
「どういたしまして。これからも友達ですから」
リナの言葉に、グオッグの目に涙が滲んだ。
「リナは真の聖女。心の美しい聖女」
宿屋に戻った四人は、今日の出来事を振り返っていた。
「すごい一日でしたね」
クリスが感慨深げに言う。
「まさか人間とオークが友好協定を結ぶなんて」
「リナだからできたことだな」
ギルが尊敬の眼差しでリナを見る。
「普通なら、戦って終わりだっただろう」
「皆さんも協力してくれたからです」
リナが謙遜する。
「一人では何もできませんから」
「でも、リナ様の理念があったからこそです」
ファルが静かに言う。
「戦わずに解決する道を選んだから、こんな素晴らしい結果になったのです」
窓の外では、満天の星空が広がっている。今日結ばれた友情も、あの星々のように永遠に輝き続けるだろう。
「明日からは、もっと平和な森になりそうですね」
リナが安らかな表情で星空を見上げていた。真の聖女として歩む道は、確実に正しい方向に向かっていた。
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……余命まで残り349日……