第15話「新たな門出」
午後の陽射しが暖かく馬車を包む中、四人はついにルーンベル村の入り口に到着した。素朴な木造の家々が立ち並ぶ、典型的な農村の風景が広がっている。村の入り口には小さな看板が立っており、『ルーンベル村へようこそ』と親しみやすい文字で書かれていた。
「のどかな村ですね」
クリスが馬車の窓から身を乗り出して言う。村人たちが畑仕事に精を出し、子供たちが路地で元気に遊んでいる光景が見える。
「平和そうだが、きっと何かしらの問題を抱えているはずだ」
ギルが現実的な意見を述べる。
「どんな小さな村でも、困りごとの一つや二つはあるものだからな」
馬車を村の中央広場に停めると、村人たちが珍しそうに集まってきた。見知らぬ訪問者に対する好奇心と、少しの警戒心が入り混じった表情をしている。
「こんにちは」
リナが馬車から降りて、村人たちに挨拶をする。胸元の銀のペンダントが陽光を受けて美しく光った。
「私たちは冒険者です。何かお手伝いできることがあれば」
村人たちの間で小さなどよめきが起こった。冒険者が自分たちのような小さな村を訪れることは珍しいからだ。
「冒険者さんですか!」
一人の中年男性が前に出てきた。村長らしく、落ち着いた威厳を持っている。
「私はこの村の村長、トーマスと申します」
「リナ・クラリスです。こちらは私の仲間たちです」
リナが一人ずつ紹介していく。
「ギル・ハント、戦士です」
「クリス・アリーシャ、拳闘士です」
「ファル・ルシカ、斥候です」
「皆さん、ようこそルーンベル村へ」
村長が歓迎の意を示す。
「実は、丁度お困りのことがありまして……」
「どのような?」
リナが身を乗り出す。
「最近、村の北にある森で魔物が出るようになったのです」
村長が困った表情で説明し始めた。
「元々は大人しいスライムくらいしかいなかったのですが、ここ数日、オークが現れるようになって」
オークは人間程度の知能を持った魔物で、スライムとは危険度が全く違う。村人たちにとっては深刻な脅威だった。
「薬草採集にも行けなくなって、困っているのです」
「なるほど」
リナが頷く。
「それでしたら、私たちにお任せください」
「本当ですか!」
村長の表情が明るくなった。
「ですが、報酬の方は……村の財政は決して豊かではなくて」
「お気になさらず」
リナが手を振る。
「困っている人を助けるのに、理由は必要ありません」
その言葉に、村人たちの表情が感動に変わった。
「なんと慈悲深い……」
「まるで聖女様のようだ」
村人たちの呟きに、リナは少し照れたように微笑んだ。
「それでは、早速調査に向かいましょう」
「今日はもう遅いから、明日にしよう」
ギルが空を見上げる。確かに、夕方に差し掛かっていた。
「今夜は村に泊めていただけますか?」
「もちろんです!」
村長が大喜びで答える。
「村で一番良い宿屋をご紹介します」
宿屋は『麦穂亭』という名前の、こぢんまりとした温かい雰囲気の建物だった。女将のマリーさんが笑顔で迎えてくれる。
「冒険者の皆さん、ようこそいらっしゃいました」
「お世話になります」
部屋に荷物を置いた後、四人は宿屋の食堂で村の名物料理を味わった。新鮮な野菜を使ったスープと、ふわふわのパンが絶品だった。
「美味しいですね」
クリスが感激している。
「王都の料理とは違った良さがあります」
「素朴な味が心に染みるな」
ギルも満足そうだった。
食事をしながら、村人たちから詳しい情報を聞いた。オークが現れ始めたのは一週間ほど前から。最初は一匹だったが、徐々に数が増えているという。
「森の奥に何かあるのかもしれませんね」
ファルが分析する。
「明日、詳しく調べてみましょう」
夜が更けて、四人はそれぞれの部屋に戻った。リナは窓辺に立ち、星空を見上げていた。村の夜は王都と違って静かで、満天の星が美しく瞬いている。
胸元のペンダントが、星の光を受けてほのかに光っていた。
「本当に新しい人生が始まったのね」
リナが呟く。教会での重苦しい日々から解放され、今は自分らしく生きることができている。
翌朝、四人は早起きして森へ向かった。朝露に濡れた草原を歩き、やがて鬱蒼とした森の入り口に到着した。
「気をつけよう」
ギルが剣の柄に手を置く。
「オークは狡猾だからな」
森の中は薄暗く、木々の枝が複雑に絡み合っている。四人は慎重に歩を進めた。
「あ、足跡があります」
ファルが地面を指差す。確かに、大きな足跡が点々と続いている。
「鑑定」
リナが足跡を調べる。
「オークの足跡ですね。三匹くらいでしょうか」
足跡を辿っていくと、森の奥の開けた場所に出た。そこには簡素な小屋があり、オークが三匹、焚き火を囲んで座っていた。
「見つけたぞ」
ギルが小声で言う。
「どうしましょう?」
クリスが尋ねる。
「話し合いを試してみませんか?」
リナが提案する。
「オークは知能があります。もしかしたら、何か理由があるのかもしれません」
「危険だが……やってみるか」
ギルが頷く。
四人は慎重に姿を現した。オークたちが驚いて立ち上がる。
「待ってください」
リナが手を上げる。
「話し合いをしませんか?」
オークたちは困惑した様子だった。普通なら即座に攻撃されるところだが、リナの穏やかな態度に戸惑っているようだった。
一番大きなオークが前に出てきた。
「人間……なぜ攻撃しない?」
カタコトだが、人間の言葉を話せるようだった。
「私たちは無駄な争いは望みません」
リナが丁寧に答える。
「なぜあなたたちは村の近くに?」
オークは少し考えてから答えた。
「森の奥……大きな魔物が来た。我々、追い出された」
「大きな魔物?」
「そう。恐ろしい魔物。我々も困っている」
リナは仲間たちと目を見合わせた。オークたちも被害者だったのだ。
「分かりました。一緒にその魔物を追い払いましょう」
オークたちの目が驚きに見開かれた。
「人間が……我々と協力する?」
「困っている者同士、助け合うのは当然です」
リナの言葉に、オークたちの表情が和らいだ。
こうして、思いがけない協力関係が始まった。真の冒険者としての第一歩を、リナは確実に踏み出していたのだった。
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……余命まで残り351日……