第13話「旅立ちの準備完了」
数日間、王都でいくつかの簡単な依頼をこなした結果、「希望の光」パーティの評判はさらに高まっていた。薬草の品質鑑定、商人の荷物護送、迷子の子猫探し——どれも完璧にこなし、依頼人からの評価は最高レベルだった。
「これで十分な資金が貯まりましたね」
クリスが革袋に入った金貨を数えながら言う。短期間でこれほど稼げるとは思わなかった。
「ギルドランクも上がったしな」
ギルが新しいギルドカードを眺める。EランクからD+ランクへの昇格だった。
「でも、そろそろ本当の旅を始めませんか?」
リナが仲間たちを見回す。
「故郷への旅路で、多くの人を助けながら」
王都での冒険者生活は充実していたが、彼女の心はやはり故郷に向いていた。残された時間を考えれば、いつまでも王都に留まっているわけにはいかない。
「そうだな。準備は整っている」
ファルが地図を広げる。
「最初の目的地はルーンベル村でしたね。王都から南へ半日の道のり」
「そこで情報収集をして、次の行き先を決めましょう」
リナの提案に、皆が頷いた。
その日の午後、四人は王都での最後の買い物に出かけた。長期間の旅に必要な物資を揃えるためだ。
武器店では、リナが新しい錬金術用の器具を購入した。携帯用の小型乳鉢と、魔力を効率よく伝導する銀製のスプーン。
「これがあれば、旅先でも高品質な薬を作れます」
店主が感心したように言う。
「お客様の腕前なら、これらの道具も活かされるでしょう」
既にリナの評判は商人たちの間でも広まっていた。
食料品店では保存の利く干し肉やパン、チーズなどを大量に購入した。
「南の方は気候が温暖ですから、保存には気をつけてください」
店主が親切にアドバイスをくれる。
「この特製の保存袋を使えば、一ヶ月は新鮮さを保てます」
薬草店でも基本的な素材を補充した。旅先で手に入りにくい希少な薬草を中心に選んだ。
「リナ様でしたら、どんな薬草でも最大限に活用されるでしょう」
店主の言葉に、リナは少し照れたように微笑む。
最後に馬具店を訪れ、旅用の馬車を購入した。四人と荷物を載せるのに十分な大きさで、悪路でも安定して走れる頑丈な造りだった。
「良い馬車をお選びになりましたね」
馬具商が満足そうに言う。
「この馬車なら、どんな道でも安心です」
御者は雇わず、ギルとファルが交代で馭者を務めることにした。二人とも馬の扱いには慣れている。
夕方、宿屋に戻った四人は最終確認を行った。
「装備、食料、資金、薬草……全て準備完了ですね」
クリスがリストをチェックしながら言う。
「明日の朝一番に出発しよう」
ギルが決意を込めて言う。
「ついに本格的な旅の始まりですね」
ファルも珍しく興奮した様子だった。
その夜、四人はギルドで開かれる送別会に招待された。短期間だったが、王都の冒険者たちとも親しくなっていたのだ。
「『希望の光』の皆さん、お疲れ様でした!」
ブルーノが乾杯の音頭を取る。
「君たちのような優秀な新人は久しぶりだったよ」
「元気でやってくださいね」
セシリアも心からの笑顔で見送ってくれる。最初の印象とは違い、実は面倒見の良い人だった。
「王都に戻った時は、また一緒に依頼を受けましょう」
マーサが握手を求めてくる。
「必ず戻ってきます」
リナが約束する。
「その時はもっと成長した姿をお見せしますね」
送別会は深夜まで続いた。多くの冒険者たちが、心からの激励を送ってくれた。
翌朝、四人は身支度を整えて宿屋を出た。馬車は宿屋の前で待機している。荷物は既に積み込み済みだった。
「いよいよですね」
クリスが感慨深げに呟く。
「ああ。本当の冒険の始まりだ」
ギルが手綱を握る。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
リナが最終確認をする。
「いつでも出発できます」
ファルが答える。
馬車がゆっくりと動き出した。王都の石畳を離れ、街道へと向かう。朝の陽光が馬車を暖かく照らしている。
「振り返って見ましょうか」
クリスの提案で、四人は後ろを振り返った。王都の城壁と尖塔が朝霧の中に浮かんでいる。美しい光景だった。
「お世話になりました」
リナが小さく手を振る。
「また必ず戻ってきます」
馬車は南へ向かう街道を進んでいく。道は整備されており、旅は順調に進みそうだった。道の両側には麦畑が広がり、農民たちが朝の作業を始めている。
「平和な風景ですね」
クリスが窓から外を眺めながら言う。
「こういう日常を守るのも、私たちの役目かもしれませんね」
リナの言葉に、皆が頷いた。
「最初の村まで、あと数時間だな」
ギルが前方を見つめる。
「どんな人たちが待っているでしょうね」
ファルが興味深そうに言う。
「きっと困っている人がいるわ」
リナが確信を込めて言う。
「そして私たちが助けてあげる」
馬車は希望を乗せて南へと向かっていく。青い空には白い雲が浮かび、暖かい風が頬を撫でている。
「『希望の光』の本当の旅が始まったのね」
リナの声には、期待と決意が込められていた。故郷への道のりは長いが、仲間たちと共になら、どんな困難も乗り越えられる気がした。
馬車の車輪が奏でる規則正しい音が、新たな章の始まりを告げていた。
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……余命まで残り353日……