第12話「噂の広まり」
王都のギルドに戻った四人は、採集した薬草を受付に提出した。受付嬢が薬草を一つ一つ確認していく表情が、次第に驚きに変わっていく。
「これは……素晴らしい品質ですね」
彼女は月光草の根茎を手に取り、感心したように眺めた。
「特にこの精霊蔦は上級品種ではありませんか。通常のものとは薬効が全く違います」
「はい、運良く見つけることができました」
リナが謙遜して答える。しかし受付嬢の驚きはそれだけではなかった。
「申し訳ありませんが、ギルド長のマーサに確認していただけますか。これほどの品質の薬草は滅多に見ません」
数分後、マーサが現れて薬草を鑑定し始めた。彼女の表情も次第に驚嘆に変わっていく。
「リナさん、これらの薬草はすべて最高級品ですね。特に治癒苔の純度は九十五パーセント以上あります」
マーサが感嘆の声を上げる。
「どのようにしてこれほど質の良いものを見分けたのですか?」
「鑑定スキルのおかげです」
リナが素直に答える。
「Sランクの鑑定士でしたね……これほどとは」
マーサは薬草を丁寧に保管しながら続けた。
「通常の報酬は銀貨五枚でしたが、この品質なら追加報酬をお支払いします。金貨二枚はいかがでしょうか」
四人は目を見張った。金貨二枚は相当な額だった。
「ありがとうございます」
リナが深々と頭を下げる。
「いえいえ、当然の報酬です。むしろこちらが感謝したいくらいです」
報酬を受け取った四人がギルドを出ようとした時、他の冒険者たちが話しているのが聞こえてきた。
「『希望の光』って新人パーティ、すごいらしいぞ」
「ああ、Sランクの錬金術師がいるって聞いた」
「初依頼で最高級品の薬草を持ち帰ったそうだ」
四人は顔を見合わせた。もう噂になっているとは思わなかった。
「早いですね」
クリスが苦笑いを浮かべる。
「ギルドは情報の伝達が速いからな」
ギルが説明する。
翌日、四人が再びギルドを訪れると、より多くの視線を感じた。受付には長蛇の列ができており、その中の何人かがこちらを見て小声で話している。
「あれが『希望の光』パーティよ」
「本当に若いのね」
「リーダーの女性が元聖女だって噂もあるけど」
最後の言葉に、リナの背筋が凍った。聖女だった過去がバレてしまったのだろうか。
「大丈夫か?」
ギルが心配そうに声をかける。
「ええ……でも、気にしないようにしましょう」
リナは努めて平静を装った。
受付で新しい依頼を探していると、一人の男性冒険者が話しかけてきた。中年の戦士らしく、傷だらけの鎧を身に着けている。
「君たちが『希望の光』だね?」
「はい、そうです」
リナが答える。
「俺はブルーノ。Cランクの戦士だ」
彼は友好的な笑みを浮かべている。
「昨日の薬草採集、見事だったそうじゃないか。新人にしては上出来だ」
「ありがとうございます」
「もし良かったら、今度一緒に依頼を受けないか?経験者がいれば安心だろう」
ブルーノの提案に、四人は困惑した。悪い人ではなさそうだが、まだ他のパーティとの協力は考えていなかった。
「お気持ちはありがたいのですが……」
リナが丁寧に断ろうとした時、別の声が割り込んできた。
「よう、新人さんたち」
振り返ると、若い女性の魔法使いが立っていた。赤い髪をポニーテールにまとめ、派手な装飾の杖を持っている。
「私はセシリア。Bランクの魔法使いよ」
彼女の態度は少し高圧的だった。
「聞いたわよ、Sランクの鑑定士がいるって」
セシリアがリナを見つめる。
「本当にSランクなの?見た目は普通の女の子にしか見えないけど」
その言葉に、周囲の空気が少し張り詰めた。
「失礼な言い方ですね」
クリスが不快そうに言う。
「あら、ごめんなさい。でも疑問に思うのは当然でしょう?」
セシリアは謝りながらも、挑戦的な態度を崩さない。
「証明してもらえる?」
「証明?」
「そこにある薬草を鑑定してみて」
セシリアが受付カウンターにある薬草を指差す。
リナは一瞬ためらったが、誤解を解くためにも応じることにした。
「鑑定」
彼女の瞳が金色に光る。
「この薬草は『偽月光草』ですね。見た目は月光草に似ていますが、全く別の植物です。薬効はなく、むしろ軽い毒性があります」
周囲がざわめいた。受付嬢が慌てて薬草を確認する。
「本当です!これは確かに偽月光草でした」
「すごいじゃない」
セシリアの表情が一変した。
「本物のSランクね。ごめんなさい、疑って」
「いえ、気にしていません」
リナは穏やかに答える。
しかし、この一件でさらに注目を集めてしまった。ギルド内の話し声が大きくなっていく。
「本当にSランクだったのか」
「あの若さで……信じられない」
「『希望の光』、要注目だな」
四人は早々にギルドを後にした。
「有名になってしまいましたね」
ファルが苦笑いを浮かべる。
「注目されるのは悪いことではないが……」
ギルが複雑な表情を見せる。
「でも、これで私たちの実力が認められたということでしょう?」
クリスが前向きに言う。
「そうですね。むしろ良いことかもしれません」
リナも気持ちを切り替えた。
「これからもっと多くの人を助けられるかもしれませんから」
街を歩いていると、道行く人々の視線を感じることが増えた。特にリナに向けられる視線は複雑で、好奇心と何か他の感情が混じっているようだった。
「元聖女って噂、本当なのかしら」
通りすがりの女性が小声で話している。
「でも、なぜ聖女をやめたのでしょうね」
リナは足を速めた。過去から完全に逃れることは難しいのかもしれない。
宿屋に戻ると、四人で今後のことを話し合った。
「注目されることで、良い依頼が回ってくるかもしれないな」
ギルが前向きに言う。
「でも、妬まれることもあるでしょうね」
クリスが心配そうに付け加える。
「どちらにしても、私たちらしく活動していくしかありませんね」
リナが決意を込めて言う。
「そうだな。実力で認められたんだから、堂々としていればいい」
ギルが励ますように言う。
その夜、リナは窓辺で夜空を見上げていた。星々が美しく瞬いている。注目されることで新たな責任も生まれるが、それは悪いことではない。多くの人を助ける機会が増えるのだから。
「明日からも、頑張りましょう」
彼女の小さな呟きは、希望に満ちていた。
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……**余命まで残り356日……