第11話「初めての依頼」
王都から東へ二時間ほど馬車を走らせると、妖精の森と呼ばれる美しい森が見えてきた。木々の緑が深く、陽光が葉の隙間から差し込んで幻想的な光景を作り出している。森の入り口には小さな看板が立っており、『妖精の森 薬草採集区域』と書かれていた。
「着いたようですね」
クリスが馬車の窓から身を乗り出して言う。
「思ったより美しい場所だ」
ギルが感心したように呟く。確かに、危険な魔物が棲息している森とは思えないほど、穏やかで美しい場所だった。
馬車を降りた四人は、採集用の道具を確認した。籠、小さなスコップ、薬草保存用の袋、そして万が一に備えた武器。準備は完璧だった。
「それでは、採集リストを確認しましょう」
リナが依頼書を広げる。
「月光草の根茎、星屑花の花弁、精霊蔦の葉、治癒苔……どれも基本的な薬草ですね」
「リナなら簡単に見つけられそうだな」
ギルが安心したように言う。
「そうですね。でも油断は禁物です」
リナは森の奥を見つめる。
「魔物もいると言われていますから」
四人は森の中へと足を踏み入れた。足元には柔らかい落ち葉が積もり、歩くたびに心地よい音を立てる。空気は清涼で、様々な植物の香りが混じり合っていた。
「あ、早速見つけました」
リナが立ち止まる。大きな樫の木の根元に、淡い青色の花を咲かせた植物が群生していた。
「鑑定」
リナの瞳が金色に光る。
「月光草ですね。純度も申し分ありません」
彼女は慎重に根茎部分を掘り起こした。薬草を傷つけないよう、丁寧な作業だった。
「すごいな。一瞬で見分けられるのか」
ギルが感心して見ている。
「薬草の知識は昔から好きだったんです」
リナが微笑みながら答える。
「それに、鑑定スキルがあると詳細な情報が分かるんです。成分の濃度から、最適な調合法まで」
採集した月光草を丁寧に保存袋に入れて、次の薬草を探し始めた。森は思った以上に広く、様々な種類の植物が自生している。
「あそこに星屑花があります」
クリスが指差した先に、小さな白い花が星のように散らばって咲いていた。
「よく見つけましたね」
リナが褒める。
「猫の目は良いですから」
クリスが誇らしそうに胸を張る。
星屑花の花弁を慎重に採集していると、森の奥から微かな音が聞こえてきた。
「何かいるな」
ギルが剣の柄に手を置く。
「スライムのようですね」
ファルが静かに報告する。
確かに、木々の間から青い半透明の生物がゆっくりと現れた。王国でも最も弱い魔物の一つ、スライムだった。
「危険性はありませんが……」
リナが鑑定スキルを使う。
「幼体ですね。攻撃性も低いです」
スライムはぷるぷると震えながら、四人を好奇心深そうに見つめている。敵意は全く感じられなかった。
「可愛いですね」
クリスが微笑む。
「こんなに近くで見るのは初めてだ」
ギルも警戒を解いた。
スライムはしばらく四人の様子を観察していたが、やがて興味を失ったように森の奥へと去っていった。
「思ったより平和ですね」
ファルが安堵の表情を浮かべる。
採集作業を続けていると、リナの目に珍しい植物が映った。
「あれは……」
彼女が駆け寄った先には、美しい紫色の花を咲かせた蔦が岩に巻き付いていた。
「鑑定」
瞬時に詳細な情報が頭に浮かんだ。
「精霊蔦の上級品種ですね。通常のものより薬効が三倍も高い」
「それは凄いな」
ギルが興味深そうに見る。
「市場価格でも相当高額になりそうです」
リナは慎重に精霊蔦を採集した。依頼に必要な分量を超えているが、これだけ質の良いものなら追加報酬も期待できる。
「最後は治癒苔ですね」
残る薬草は一つだけだった。治癒苔は湿度の高い場所を好むため、小川の近くを探すことにした。
森の奥で水音が聞こえる方向に向かうと、美しい小川が流れていた。透明度の高い水が静かに流れ、川岸には様々な植物が生い茂っている。
「ありました」
大きな石の陰に、緑色の柔らかい苔がびっしりと生えていた。治癒苔特有の、微かな光を放っている。
「鑑定」
「完璧な治癒苔です。傷の治癒に最適な成分バランスですね」
慎重に採集を行い、すべての薬草を集め終わった。
「これで依頼完了ですね」
リナが満足そうに採集袋を確認する。
「思ったより順調だったな」
ギルが安心したように言う。
「リナ様の知識のおかげですね」
ファルが感謝を込めて言う。
森を出る頃には、夕方の陽射しが森を金色に染めていた。初めての依頼は大成功だった。
「王都に戻って、報告しましょう」
四人は馬車に乗り込んだ。採集した薬草は想像以上の品質で、きっとギルドでも高評価を得られるだろう。
「私たち、本当にやったのね」
リナが感慨深げに呟く。
「初めての依頼、成功です」
「これが冒険者の仕事か」
ギルが充実感に満ちた表情を見せる。
「思ったより楽しかったな」
「次はどんな依頼にしましょうか」
クリスが期待を込めて尋ねる。
「まずはこの依頼を完了してからですね」
リナが笑いながら答える。
馬車が王都に向かって走る中、四人の心は希望に満ちていた。冒険者としての第一歩を確実に踏み出せたのだ。
「『希望の光』の最初の成功ですね」
ファルが静かに言う。
「これからもっと多くの人を助けられるわ」
リナの声には、確固たる信念が込められていた。
夕日が王都の尖塔を照らし、美しい光景を作り出している。それはまるで、四人の明るい未来を祝福しているかのようだった。
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……余命まで残り357日……