遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
王国郊外のとある別荘の一室。王国の大貴族である侯爵の嫡男、エドワードは、隣で眠る女性の美しい髪を優しく撫でた。
「……あ、おはようございます。エドワード様」
「ごめん、もう行くよ」
ベッドから体を起こしながらエドワードがそう言うと、女性が潤んだ瞳で言った。
「またお会い出来ないでしょうか?」
「俺には婚約者がいる。まあ、親同士が決めた相手だが、婚約者は婚約者だしね。残念だけど、君とは一夜限りの恋だ」
エドワードはそう言って女性の頬に口づけをすると、服を着て部屋を後にした。
部屋を出ると、この別荘の主である伯爵の嫡男がニヤニヤしながら立っていた。
「ダンスパーティーの後でお持ち帰り。しかも一夜で捨てるとは、相変わらず悪いお方だ」
「なんだ聞いてたのか。はは、俺は罪深い男だよな」
エドワードが何故か自慢げにそう言って、手櫛で髪を整える。
伯爵嫡男が、ふと気づいたような顔をしてエドワードに言った。
「確か、今日は婚約者とお茶会なのでは?」
「ああ、直接ここから子爵家に向かうよ」
「はは、酷いお方だ。女遊びばかりして、挙式の準備は進んでるんですか?」
「大丈夫だよ。おれの婚約者は従順そのものだし、女遊びくらい何だ、と言ってやるよ」
エドワードがそう言うと、腕組みをしながら話を続けた。
「ほんと、俺ってワルだよな。大貴族の子弟でこんなに遊んでる奴なんて、俺くらいだろうし……それじゃまた。次のパーティーを楽しみにしてるよ」
呆れ顔の伯爵嫡男にそう言うと、エドワードは馬車で別荘を後にした。
† † †
「やあ、レイラ。元気にしてたかな?」
「はい、エドワード様。エドワード様もお元気そうで何よりです」
美しい花々が咲き誇る子爵家の庭園のテラス席。エドワードの婚約者であるレイラが、椅子から立ち上がり、優雅に一礼した。
レイラは子爵家の長女。子爵家は侯爵家からすると格下の家柄だったが、エドワードの父、侯爵が、レイラの才覚をいたく気に入り、婚約することになったのだった。
エドワードとしては、才覚はともかく、もっと華やかな女性が良かったな、などと内心不満を持っていたが、流石に表立って口にすることはなかった。
エドワードがテラス席の椅子に座ると、向かいの席にレイラが座った。
子爵家の使用人が、紅茶と茶菓子の他、一人分のパンやサラダを持って来た。エドワードの前に並べる。
「朝食を用意してくれたのかい?」
驚くエドワードに、レイラがニッコリ微笑んで言った。
「ええ。昨晩は泊まりがけでご友人主催の舞踏会に出席されたとお聞きしていましたので、もしかすると朝食はまだかと思いまして。お済みの場合は下げさせますわ」
「実のところ、朝食はまだだったんだ。ありがとう。頂くよ」
エドワードはそう笑顔で応じると、パンを手に取った。
パンをひとくち食べた後、エドワードが少し不思議そうに言った。
「あれ、そう言えば、舞踏会に行くって話を君に伝えてたかな? あ、そうか、うちの使用人が気を利かせて連絡してくれたのかな」
「フフッ、まあ、そんなところですわ」
レイラが少し可笑しそうな顔をしてそう言った。
† † †
「挙式まであと半年ですね。エドワード様」
パンやサラダを食べ終わり、紅茶を飲むエドワードに、レイラがそう言った。
「ああ、そうだな」
ティーカップをテーブルに置いたエドワードが曖昧にそう答えると、レイラが言った。
「私、侯爵家に嫁ぐ身として恥ずかしくないよう、色々と準備をしていますの」
「そうか。それは偉いな」
エドワードが気のない返事をした。傍に控える子爵家の使用人が、心配そうな顔でレイラを見たが、レイラは優しい笑みを浮かべたままだ。
「エドワード様。エドワード様は侯爵家の跡取りとして恥ずかしくないよう、ご準備は進められていらっしゃいますか?」
レイラの言葉を聞いたエドワードが、今朝の伯爵嫡男との会話を思い出した。
……よし、今後俺の女性関係に文句を言われないよう、ここでビシッと言ってやろう。
そう考えたエドワードは、笑顔で口を開いた。
「ああ、準備万端だ。ただ、俺は侯爵家の跡取りとして様々な付き合いをしなくちゃいけない。時には君以外の女性ともね。そこは理解して欲しい」
それを聞いた子爵家の使用人が驚いた顔でエドワードを見たが、エドワードは、そ知らぬ顔だ。寧ろ、こんなことを婚約者の前で言い放つ自分は悪カッコいいとでも思っているように見えた。
レイラがニッコリ笑顔で言った。
「承知しております、エドワード様。男たるもの、それくらいの度量がないと」
「そ、そうか……」
拍子抜けした様子のエドワードに、レイラが続けた。
「昨晩ベッドを共にした女性はいかがでしたか?」
「え?! ど、どうしてそれを?」
驚くエドワードに、レイラがクスクス笑いながら言った。
「今知りました。本当に同衾されたとは、お盛んなこと……」
「ひ、卑怯だぞ、レイラ!」
「エドワード様、昨晩の女性をちゃんと満足させられましたか?」
「え??」
レイラの予想外の言葉に、エドワードが目をパチクリした。
レイラが微笑んだまま話を続ける。
「10日前の某商家のお嬢様、7日前の某男爵家のご令嬢。昨晩のお相手は、別の某男爵家のご令嬢でしたよね」
エドワードは口をパクパク。何も言えなかった。
レイラがティーカップに手を伸ばしながら話を続けた。
「エドワード様はお気づきにならなかったかもしれませんが、実はあの方々、皆さん一流の高級娼婦ですのよ」
「こ、高級娼婦?!」
「ええ、そうです。私が王都一と評判の娼館の主人にお願いしましたの」
レイラが澄ました顔でお茶を飲んだ。
「き、君が頼んだって、一体どういうことなんだ?!」
狼狽するエドワードに、レイラがティーカップをテーブルに置いて言った。
「エドワード様の浮き名は王都でちらほら耳にします。誘い方が下品、歯の浮くような気恥ずかしい睦言、ベッドでは一方的で自分勝手等々……」
絶句するエドワードに、レイラが微笑みながら話を続けた。
「次期侯爵、そして我が夫となるエドワード様がそんな噂を立てられるのは、侯爵家の、そして私の恥。エドワード様の浮き名が素晴らしいものになるよう、高級娼婦の皆さんに指南をお願いしましたの」
エドワードが何も言えずにいると、館の中から子爵家の使用人がやってきて、レイラに一通の手紙を渡した。
レイラがその手紙を開き、読み始めた。
「昨晩のエドワード様のお相手をした高級娼婦から報告書が届きましたわ……あらあら、エドワード様ったら、まだまだご自分本意のようで。これではお相手は満足しませんし、良い浮き名は広がりませんわよ」
「レ、レイラ……す、すまない」
真っ青な顔で謝るエドワードに、レイラが微笑みながら言った。
「ふふ、謝る必要なんてありませんわ、エドワード様。私は、侯爵家の、エドワード様のためを思って行動したまで」
読み終わった手紙を丁寧に畳むと、レイラがエドワードの顔を見てニッコリと微笑んだ。
「ご安心ください、エドワード様。私がエドワード様を王国一の侯爵に育てて差し上げますわ」
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