8.8話 ユレる現実≒トケない意識
賢人がした驚愕の告白に、僕は慌てて返信をする。
『じゃ、じゃあ、凌吾さんは賢人って言っても履き違えないのか?』
できる限り焦りを連想させるように入力した。
『そーだよ』
そんな気軽に言っていいことではない……が、とにかく教えてくれただけ良かった。……そして僕は理解した。
『なるほどね、賢人。道理で凌吾さんの書いた本と、賢人の仮説の内容が酷似していたわけだ。』
『あ、あれ読まれちゃった?』
彼は文面からでも伝わってくる、お茶目そうな反応をした。全く、重要なことだっていうのに随分と軽そうだな……。凌吾さんと賢人、あれ程に人格が違うんだ。本当に同一人物なのかさえ疑わしいものがある。
それでも、普段僕が見ている明るい賢人は数多くの苦難を乗り越えて形成された、いわば努力の賜物なのだと考えると、心が少し締まる感覚がした。
そして、僕は今この仮説を言いふらしたくて仕方がない。しかし駄目だと言われているのに公表するのは、流石に人間性を疑うものがある。
まぁそうだな、賢人の話した内容は本で書かれていることと全く一緒だということも分かったから、そこから話を作っていくか。凌吾さんのことは一旦置いておこう。
「えぇ……と、それが書かれてるページは……っと。」
僕はスマホから目を離し、賢人の言っていた内容を探す為に本を読み漁っている。
すると、急に世那が僕の方へと詰め寄ってきた。
「何探してるの?私も手伝おうか?」
「いや、手伝うも何も、本は一冊しかないだろ。……っと、あった!」
僕は「あった」と大袈裟に言うと、周りは吸い寄せられるように寄ってくる。
「──────────。」
僕はさっきと同じ内容を、解説しながら自分でも理解しようと必死に読む。
「それって、あんま現実味は無くない?」
ふと沙雪さんがそう言う。まぁ無理はないよな。実際こんな出鱈目みたいな内容、研究者も信じるとは思わない。
それでも、今起きてるからな。未来跳躍とか言う世の中のバグが。
「でもさ、私達は特に未来跳躍を経験したってだけで、何か『選択』したわけじゃないよね?」
ふと彗は首を傾げてそう言う。……確かに。ここまでくると、もはや何が正しいのか分からなくなってくるな。
しかしそんな時、凌吾さんが口を開けた。
「肖和君、さっきの通知って賢人からだよね。」
「……そうですけど。」
「…分かった。それじゃあ、この際だからもう言わせてもらおう。俺はな、これまで本当に色んな『選択』をしてきた。だからな、俺という存在はこの世に何人か、いや何十人と存在するわけだ。肖和君、いや肖ちゃんには言ったが、俺が賢人だということも話しておこう。」
世那はこれまでにない程、目を見開いた。
「じゃ、じゃあ、…賢人君も私の、お父さんってこと、…?」
凌吾さん、いや賢人はただ頷くことしかできなかった。
そして、沈黙は暫く…いやかなり続いた。
しかしそこで、ふと椿が控えめに手を挙げながら口を開く。
「あのぉ……同一人物が、同じ時代、同じ時間、同じ秒数に同時に存在ってしてて良いのですか?」
「……と言うと?」
僕は疑問を疑問で返した。
その発言に続けて、彗も口を開く。
「それこそ、物理法則を書き換えなくちゃいけないってことじゃない?。」
「だから、俺はもうとっくに諦めてるよ。何もかもを物理法則に当てはめようとか無謀なことをね。」
まぁ…前例が無いのに当てはめろとか、無理難題だよな。
そして、気づけばもう外は真っ暗。というか、桜並木が街頭に照らされている。
「ま、まぁ、話が発展してきたところなんだけどさ、今日は一旦、頭を整理したい。自分勝手な理由で申し訳ないけど、今日はお開きってことで。」
僕のその言葉に、周りは苦笑した。
「……その、ありがとう。俺もだいぶ、気が楽になったっていうか…まだまだ問題はあるけどさ、と、とにかく!これからも頼んだよ。肖ちゃん達。」
僕は親指を立てた。同時に、二人の賢人をこれからも支えていこうと心に誓った。
◇ ◇ ◇
………鳥のさえずり、歩行者信号の音、子ども達の騒ぎ声が耳に響き渡る。
未来跳躍後、二日目の朝がやってきたのだ。
そして僕は、現時刻を確認しようとスマホを開く。どうやらこの時代は、iQhone21まで出ているらしい。技術の進化というものは、本当に著しいものがある。
「ん…?昨日電源なんて切ったっけな。」
まぁ寝ぼけて夜に開いたのだろうと、この時までは軽く思っていた。
「え……、何で初期画面になってんだよ。」
僕のスマホは、初期設定画面になっていたんだ。
「ねぇ、にぃにうるさ〜い。」
僕が色々と呟いているとそこに、朝ぼけ状態の彗がトコトコと歩いてきた。
「な、なぁ彗?…僕のスマホ、まさか初期化とかしてないよな?」
「何でぇ?するわけないじゃ〜ん。」
当然のことだった。あの彗がこんなに捻くれたことはするはずがない。
「…まさか世那ってことh、」
「違うよ。」
「うぁあっ!ビビった…、でも、まぁそうだよな。」
世那は知らず知らずのうちに僕の後ろへと忍んでいた。
…だったら一体誰が。
「わぁあああっっ!!!」
刹那、彗が今までに聞いた事のない声量で悲鳴をあげる。っ今度は何?!
「私のスマホも初期化されてんだけど………!」
彼女はこれまでにないくらいに絶望していた。…まぁ、この年頃の人はスマホが無ければ生きていくことすら難しいからな。……て僕もだった…………。
スパイか何かか…?と僕は思いつつも、情報無しには生きていけないので、一応テレビをつけた。
《…門家によると、現在の科学では何一つとして解明できないとのことです。また、…………》
「何だ…?このニュース。」
僕は気になって、次々と他のチャンネルに回した。
《速報です。深夜うちに、突如として人口の約2%が消失する事故が発生しました。専門家は、現在の科学では解明できず、更に現在の技術ではこの事故を解消することも難しいとのことです。政府は、この事故を重く見て……………》
世那、彗、僕と三人はそのニュースに絶句していた。
「これも隕石が関係あるの…?もう、怖いよにぃに……。」
「………っ。」
僕は怖かった。ここまで来るとこの上なく怖かった。それでも、二人は僕にくっついてきた。要は頼りにされているのだろう。
僕がやらなきゃなんだな。……僕が。
「っあ……、肖和君。手、すごく震えてる。」
世那は僕の異変に気付いたのか、直ぐに離れた。
「だ、大丈夫だよ〜…そんな事より、一旦賢人に連絡してみようか〜」
「ちょにぃに!目がグルグルしちゃってるってー!」
……
……
「…っ。」
僕の目には再び眩い光が入り込んでくる。
どうやらまた、寝ていたようだ。
「いや気絶してたんだよ?!」
彗は、僕の心を読むかのようにツッコミを入れる。
そして僕が起き上がるとそこには、昨日のメンバーが全員揃っていた。
「今朝のニュース、皆見たよね。」
一番最初に口を開いたのは、他でもない凌吾だった。
「どうやら、この付近にも被害者がいるみたいだよ。」
椿も続けて、貴重な現状を教えてくれた。
人口の約2%が消えた──────、そして、僕達のスマホのデータが消えた。
……っでも、この二つを結びつけるのは少し違う感じがする。
それでも、言ってみる価値はあるか……?
僕は一つ、物理法則に当てはめるのを諦めて推測してみると、何となく繋がったようなそうでないような感じがした。
「この深夜に消えたのは、人だけでは無い気がするんだ。」
僕がそう言うも、周りはパッとしない表情を浮かべる。そうだよな…、スマホに関しては根拠として弱すぎる。
しかしそんな時、椿が僕にスマホの画面を見せた。
《うちのチョコちゃんが先日、行方不明になりました。この画像の子を見掛けたら連絡下さい。》
そのポストと共に、恐らく行方不明になったらしい犬の写真も添えてあった。
更に、
《大事にしてたぬいぐるみが急に消えたんだけど?!》
《パソコンが付かなくなった》
《漫画全巻消えた…盗まれたのかな》
《家の前の信号、いつの間に撤去された?》
《家のドア盗まれたww》
《朝起きたらベッド無くなってたんだが!》
《車のタイヤ全部外れてる…悪戯にも程がある》
こういったポストが絶えなかった。流石にここまでくると人の仕業とは思えない。
極めつけには、
《急に妹が消えて、捜索届け出そうと思ったら、戸籍とか全部無くなってて……》
あまりに無慈悲で、僕は体が硬直してしまった。
「…賢人、心当たりは………?」
僕は僅かに残る希望で、彼に問いてみる。
「この事象に関しては、…何も分からない。でもただ一つ、言えることがある。それは、
───────世の中のバグは、一度起きてしまったら解消する術はないってこと。」
「…何故言い切れる?」
多分、少しでも希望を見出したかったのだろう。僕は再び彼に問いた。
が、しかし彼は首を振るどころかピクリともしなくなった。
「全く、賢人はすぐ落ち込みモードになっちゃうんだから。……ちょっと、公園にでも行って気分転換でもするか……?」
「…そうだね。抱え込みすぎてもって感じだしね。」
世那はこういう時でも、ポジティブを忘れない人だ。
「わ、私も行こぉ〜っと……!」
彗は、「置いていかれるのは嫌!」みたいな反応をする。
「あれ、椿さんは行かないの?」
世那が気を遣って彼女にそう言う。しかし彼女は、控えめに首を横に振った。
「他の方々は、?」
沙雪さん、凌吾も同様、家で待機しているらしい。
「それじゃあ、極力早めに戻ってきますので。」
そう言って僕達三人は、家を出た。
───────しかしその直後、僕達は思わぬものを目にしたんだ。
「ねぇねぇ……、肖和君。あれ…」
それにいち早く気付いたのは、世那だった。僕の肩に手を当てて、何処かを指さす。
見上げた先、空の一部が澄んでいた。それが第一印象だった。でも、すぐに違和感が押し寄せてくる。
そこだけ、何も“ない”のだ。
雲も、飛行機雲も、鳥の姿も。果てには、青の濃淡すら─────。
「……空が、削れてる……?」
思わず漏れた僕の声に、世那はこくりと頷く。
そして、僕は彗の方へと意識を向ける。
「綺麗…………。」
彼女の口からは、感動の音色が漏れていた。
ま、…まて、あの日隕石、それは彗の「綺麗」という言葉の後に衝突した。
しかし、それに気付いた時には既に始まっていた。
──────────世界の崩壊が。
空には亀裂が入り、あるべきものが次々と消失していく。それは、人も例外ではなく。
「ね、ねぇにぃに、何が起きてるの………。」
「大丈夫だ、僕の手を取れ。」
僕は彗が出来るだけ怖がらないように、手を取って欲しかった。ただ取ってくれるだけで良かったんだ………。
「…っにぃに!」
彗が僕の手を取る直前、
──────────彼女は消失した。
「え、……彗、……?」
しかし僕は、悲しみに暮れる猶予もなかった。
「世那……?世那?!」
振り向くと、今度は世那さえいなくなっていた。
何が起きているのかさっぱりだった。物理法則が壊れすぎている。最初から違和感はあったものの、流石にこれはおかしい。結局最初からおかしかったんだよ。…何だ?これは、悪夢か…………?…早く目覚めてくれよ。なぁ……
家が壊れる、道が壊れる、人が壊れる、それは──────見ていられない光景だった。
あの隕石から、何もかもが変わってしまった。賢人だって…もっと早く異変に気付いてあげられなくてごめん……。
僕はもう、失うものは全て失った。何なら、早く自分でさえも居なくなってしまいたかった。
────そんな時、僕は何かを思い出したかのように冷静になった。
今見ている終焉のような景色は、今では無いかもしれない。
いや…違いない。これは───、あの日に見た景色のフラッシュバックだ。
肖和はあの日、”被爆していたのだ”。
一見彼の家は四年前の隕石衝突時、影響無しに思えたが、実際は衝突の影響をもろに食らっていたのだ。
そして彼の記憶は、”生死を彷徨う中に溶けていく意識”が形になったもの。いわば、現実とバグに囚われた、未完成な思考だった。
本当に壊れていたのは世界の方か、それとも自分自身だったのか。それを理解するまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
◆ ◆ ◆
────目を開けると、そこは知らない天井だった。
「…物理法則…………は、バグってない…?」
僕はもう、何が正しいのかが分からずそんなことを口にする。
「物理法則…には、特に問題ありませんね。それにしても良かったです…!目を覚ましてくれて。親族の方々にも報告しますね。」
優しく僕に声を掛けてくれたのは、看護師の方だった。
どうやら話によると、僕は四ヶ月程昏睡状態だったらしい。しかも、搬送されてきた時には既に瀕死だったらしく、今此処に生きていること自体が奇跡なのだ。
「あ、……でも彗は?!、あの日妹もいたんです!」
僕は次々と心配なことが増えていく。
「あ〜、彗ちゃんですね。彼女はね、肖和さんが肉壁になって瀕死を間逃れたんですよ。まぁ怪我は大きかったんですけど。だから、あなたが妹さんを救ったのよ。」
僕はその言葉に、だいぶ安堵した。
と、その時にドアが開く音がした。
「にぃに、生きてる〜!!」
彗は僕に、泣きながら飛びついてきた。痛い痛い!
「彗だって、大丈夫だったか?怪我は大きかったらしいじゃん。」
その言葉に彼女は、裾を捲って完治したことを自慢する。それにしても、やっぱり少し幼いな、今の彗は。
そして、彗の横には世那、賢人……………母さん、……………父さんの姿があった。
「母さん、父さん無事だったのか!!」
僕はふと、雫を浮かべた。あれだけ待ち遠しかった再会を今、目の前にしているのだから。
「まぁ、俺らは二人で出掛けてた最中だったし、被害を受けることはなかったな。それにしても、辛い目に合わせたな。」
父さんはそう言ってくれ、母さんは僕を抱きしめてくれる。やっぱり僕の家族だったんだ。
「肖和君、私…君のことが頭からずっと離れなくて、…ずっと心配で、死んじゃったらどうしようとか縁起でもないこと考えちゃったりして……。でも本当に良かった。これから、沢山お世話するからね。」
「おぉぉ、お世話?お世話してくれるの?」
世那はさも当たり前かのように頷いた。でも、彼女なら本当にしてくれそう…っていうか、僕のこと好きなんだよな。あれ、それは僕の勝手な記憶だっけ…?
どのみち、僕はもうあの記憶を思い出したくない。たとえ、世の中のバグだったとしても。
─────今が、あの日を忘れるくらいに幸せだから。
と、そんな時にふと思い出したことがあった。
「そ、そういえば賢人?」
彼はずっと僕から目を逸らしていたが、ようやく僕の方を向いてくれた。
「なぁに?僕の親友。」
「あの…さ、2.2%小惑星の衝突確率って今…どうなってるの?」
すると、賢人は覚悟した顔で言う。
「”それ”に関しては安心して。もう0.1%を下回ってるよ。」
その言葉に納得、しかけたが…どうにも「それ」が突っかかる。
すると、賢人は突如として僕の一番聞きたくないことを口にしてしまった。
「肖ちゃん。…寝ている間の記憶って、ある?」
僕はそれに小さく頷く。周りも不思議そうに此方を見ている。
「言い難いんだけどね、………」
とてつもなく嫌な予感がした。今すぐにでも此処から逃げ出したかった。もっと再会を喜びたかった。しかし、それは無謀なことだと数秒後に知るのだ。
「それは、─────別の選択みたいだよ。」




