6.6話 じごくごっこ
「このままの世界線だと、可能性は上がっていく一方だぞ。…まぁそもそも戻る方法があればそれで良いのだが……。…はぁ、それに比べて…本当にお前らは。…よくそんなに能天気でいられるものだ。」
彼女らはこんな時であっても、僕の大好きな雰囲気でいたんだ。しかし今では、それがかえって僕の心を不安にさせている。
「いやぁ、それはにぃにが一人でじごくごっこなんてしてるからでしょ。…さっきも言ったけど、君は独りで抱えすぎなんだよ。ほーら、もっと頼るべき人が周りにいるじゃん!…にぃにだって、本当は世那さんに甘えたくてしょうがないんじゃ〜?」
そう言って、彗は世那の肩に腕を置く。
くっ……こいつの煽りスキルが日に日に高くなっているのを身に染みて感じる。
…でも、実際そうだよな。避難中だって、今だって、それらは独りで抱え込む問題じゃない。なんてったって僕には、何時でも肩を貸してくれるような仲間がいるんだから。
僕は本当に弱くて情けないんだな。
「それで肖ちゃん。この未来跳躍はさ、ファンタジー的要因で捉えても良いのかな?」
ふと、賢人は僕にそう問いたんだ。
「ファンタジーって言っても、実際に起こってしまったらそれは現実になる。そしてこの事象がもたらす弊害。それは、今までの物理学が通用しない。まぁつまり、これまで築いてきた物理学が一気に崩れてしまうってことだよな。」
「まぁ肖ちゃんの言いたいことも分かるし、概ね合ってるんじゃないかな。でも言い切れないんだよ。俺達じゃまだ頭が足りないからさぁ。」
賢人は電話越しにでも分かる程、自分の無力さを悔いていた。
「まぁまぁ、二人共。そんなにうろたえなくても大丈夫だよ。…何せこの事象に巻き込まれたのは、君達二人だけじゃない──── ”この周辺一帯の人達” なの。時には大船に乗ったつもりで私達も頼って。」
こういう時、世那は相手に親身に寄り添ってくれる上、必ず肩を貸してくれる。この上ない程に完成した人間だ。
「まぁ、私を頼っても良いけどねっ。」
それに比べて彗は強がりばかりする。しかし彼女の言動には可愛げがあるから、僕達の心の支えとなるのだ。
「君達と一緒にいると、色々な事に気付かされるよ。本当に「ありがとう」って日本語だけじゃ感謝が伝わらない。」
「まぁ、良いってことだよ〜。…それで思ったんだけどさ、私達が時を越えちゃったのって小惑星が地球にぶつかることと何か関係があるのかな?」
彗にしては、かなり鋭い推理。
だとしても……時を越えることと小惑星を結びつけるのって、結構こじつけてる感じがするよな。
「もし関係がなかったにしても、小惑星が落ちてくる確率は着々と上昇していってる。また、これも問題だ。」
すると、今度は賢人が驚いたように言い出した。
「肖和……ちゃんと記事読んだ?現状の小惑星は、軌道を変えて月に衝突する可能性が懸念されているって話だぞ。」
「…それじゃあ、もう地球には衝突しないってことだよな。」
僕の再びの問いに、賢人も言い切るように言う。
「そうだ。」
…そんな、あっさりと確率を下げてしまっても良いのか。僕達の町には隕石が落ちたんだぞ。……それとも何だ、メディアはこれらを公にしないのか。
いずれにせよ、僕はテレビを見る暇も無く未来跳躍してしまった故、あの日のことは殆ど分からない。
暫く沈黙が続いた後、ふと世那が自身の憶測を話し出した。
「でもでも、私が気になったのは ”この周辺一帯” の人達が巻き込まれたってことだよ。正直、これはあの日の隕石が関係してるとしか思えないよね。」
それもそうだ。この事象に巻き込まれた人達の共通点って言ったら、隕石災害に巻き込まれたことくらいだもんな。
「まぁこのまま動揺していても仕方がない。僕は聞きこみ調査をしてくるよ。」
「私も行く。にぃにみたく、ずっとじこくごっこなんてしてたら壊れちゃうもん。」
「私も、肖和君の助けになれるなら何でもするよ。」
世那の言葉に彗はニヤついていた。こいつ……いつまでもからかってくるな…。
「じゃあ俺も行くことにするよ、って…言いたいところなんだけどさ、今……俺アメリカにいるんだよね。」
「なんて?」
「え、いやだから、俺今アメリカにいるんだよねって。」
その事実に、僕ら三人は目を見開いた。
「ま、まぁ事実は事実だもの。しょうがない。ここは私達で聞き込みに行こ。」
そうして、曖昧な空気のまま聞きこみ調査が始まった。
◇─◇─◇─世那
私がまず行く場所は決まっている。
────そう、実家だ。
取り敢えず、身近な人から聞き込みをして視野を広げたい。でないと、この不自然な現象が解決するかどうかも危うい。私が頑張って、肖和君の心を少しでも軽くする。
そんな強い思いで、私は家までの道程を進んで行った。
それにしてもこの約四年の間に、町並みまでとは言わないが、元々あったはずの場所に無い建物や、畑だった場所に家が建っているだとか、所々変わってきている点も見受けられる。
そしてそれは、私の家も例外ではなかった。
「え……、空き地…?」
確かに此処は私の家だった。しかし、横にある看板には『売土地』の文字が。
この瞬間私は、普通が普通で無くなってしまったような気がした。
お母さんとお父さんに会いたくて仕方がなかった。きっとあの人たちも、同じ被害にあっているから…私の事、探している……はず。
私は、大きく希望を見出して両親に連絡を取ろうとした。
「……もしもし、お母さん?」
《おかけになった電話番号は、現在使われておりません。》
「お父さん?…聞こえてる?」
《おかげになった電話番号は、現在使われておりません。》
私はもう、自立して一人の人間として出来たつもりだった。しかし実際は、まだ子供だっんだって…自覚した。
私は、既に若干涙を浮かべていた。
きっと何処かにいるとしても、必要な時に近くにいてくれないのは、心底辛かったんだ。
「世那ちゃん!!」
「世那!!」
「……えっ、?」
刹那私の耳には、今いちばん欲しかったトーンで私のことを呼ぶ二人が。
同時に私は振り向こうとした。しかし、やっぱり違ったらと怖くて渋ってしまった。
──────それでも、
「………っ!」
やっぱり。私の大好きなお母さんとお父さんだった。
二人は、それはもう苦しいくらいに無言で私に抱きついてきた。
「……何で、ここにいるって。」
「世那ちゃんが一番に来る場所は、やっぱりここかなって直感で思ったのよ。」
お母さん──間華 沙雪の横で、お父さん──凌吾も、頷いていた。
「お、お母さんも、お父さんも、四年の時を超えたの…?」
私のその言葉に、二人は優しい笑顔で頷く……、いや、お父さんの表情が少し険しかった。
「まただ…………。」
「ん、お父さんなんて?」
するとお父さんは、決心したような顔つきで私に言ったんだ。
「な、なぁ…世那。俺が、…俺だけが、この現象を何度も繰り返してるって言ったら、お前は信じるか……?」
私は、一瞬信じ難い事実にポカンとしていた。しかし私は、あれ程自分に尽くしてきた父親の言うことを疑うことなど出来なかった。というか、この話し方は恐らく事実だ。
「当たり前だよ。お父さんの言う事なんだから。」
すると彼は、ホッとした顔を見せたんだ。
初めて知った。お父さんが、こんなにも深刻な問題を抱えていたなんて。
──そして、収穫は大きいものだ。
恐らくこの未来跳躍が終息すれば、お父さんの苦痛も終わる。
「もう、凌吾さんったら。また変なこと言って。昨日も同じこと言っていたじゃない。『肖和君なら理解してくれる!』って。」
「…それは、忘れてくれ。」
お父さんさんはまだ、何かを隠しているようだった。しかしそれは、また別のお話。
「じゃあ、取り敢えず二人共肖和君の家で待機しておいてくれないかな?」
「…どうして?」
「特にお父さんには、…肖和君と話してもらいたいから。」
私のその言葉に、お父さんはハッとした表情を見せた。
私は、両親を肖和君の家に案内した後、再び張り込み作業に戻ったが、それからというもの大した結果は得る事は出来なかった。
◇─◇─◇─彗
強がりでにぃにに「私を頼ってもいい。」なんて大口を叩いちゃったけど、正直…どこに行けばいいか分からなくて、自宅周辺をうろうろしている。
そんな時、都合良く話しかけられたりしないかな。
……
……
………
…………っ。
周辺を彷徨いながら約三十分。まぁそう上手くいく訳はなくて……。
それでも、四年前とは違って人通りは元に戻っている。…何なら、今は春ということもあり、周りの木々には桜が華やいでいる。それらを見ようと、外にはそこそこの人達でザワザワしていた。
「昨日まで秋じゃなかったか?」
「昨日今日でだいぶ変わったよなお前。」
「僕達の家が……」
「えっ?!2029年?!」
「何かのドッキリであってくれ……」
よく耳を澄ますと、民衆の戸惑いや心痛い声が聞こえてきたんだ。
ひとまず、同士がいて良かったとも思った。
すると、私の名前を呼ぶひとつの声がした。
「…っ!すーちゃーん!」
……その声に触れた瞬間、世界のざわつきが消え、彼女の愛くるしい音色だけが残った。
「椿………。全然変わってないね…!」
「…えへへ。そう〜?…って言いたいところなんだけど、うち…今何が起きてるのか分からなくて……。」
苦笑いを浮かべてそう話しながらも、再会を喜んでくれている目の前の華奢な少女は、
───────西野 椿。
私と同じ中学三年生だ。
「今分かっているのはね、この地域一帯の人達が、四年の時を越えてきちゃったってこと。そして、多分…あの日の隕石が関係しているんじゃないかって話だよ。」
私は解った気になって椿にそう話した。
刹那、彼女は驚くべきことを口にした。
「隕石と時間が関係しているの〜?……それじゃあ、あの本で読んだ仮説は立証されたわけだ……。」
「ん、本で見たの?」
私の問いに、彼女は「うんうん」と得意げに頷いていたんだ。
「……っそれ!見せ、」
「そういうと思ってたよ〜。ほら、着いてきて!」
そう言って椿は、私を半ば強引に家へ連れ込んだ。彼女はこういう性格なんだよなぁ。
* * *
「ごめんねぇ。勝手に連れ込んじゃってさ。」
彼女は、絶対に反省していない口調でそう言った。
「それは別に良いけど……本は?」
「…もう、すーちゃんが今腰をかけてるのって何?」
……
「うぁあ、本だ。…ごめん、座布団かと。」
「全く。本当にすーちゃんは、天然なのか馬鹿なのか……。」
「馬鹿言うなし!」
「はいはい、ごめんねぇ〜」
そう言って椿は、彗の膨らんだ頬をプクってする。
「すーちゃんの話を聞くに、今結構忙しいんじゃない?大丈夫…?っ何なら、その本貸してあげるから、持って帰って読んでみて。」
「……いいの?」
「あったり前だよ。困ってるんでしょ?」
椿は、優しい笑顔で私にそう言った。
「…じゃ、じゃあ遠慮なく。……っじゃあ!椿も家まで来てくれないかな!」
「そう言うと思ってた!…ほら行くぞノロケ〜!」
そう言って、椿は再び私の手を取った。
◇─◇─◇─肖和
◇─◇─◇─◆◆
次回は、「肖和の章」
そして、謎に包まれた「◆◆の章」 です。




