5.5話 この世のバグ
※今回のお話には、若干のファンタジー要素が含まれています。
八雲の訃報を聞かされた刹那、肖和の瞳からは今まで溜め込んできた負の感情が溢れ出した。
「まさか……にぃさんも僕の為に…………?」
八雲が死に、賢人は命が危ないこの状況。それは、神様が僕のことを嫌っているとしか思えなかった。
更に僕は、一度に大切な人を多く奪う隕石、いや……天体自体が嫌いになってしまったのだ。
「にぃにの……にぃに……?…私に、他に兄妹がいたの…?何で言ってくれなかったの……」
対して彗は、今まで隠されてきた衝撃の事実に呆然としていた。
肖和と彗、兄妹揃って別のことでショックを受けていたんだ。
「と、取り敢えず……八雲さんの事は本当に残念だったし、肖和君に兄がいることにも驚いたけど、私は君が無事でいてくれて良かったと思っている。」
そう言って世那は───僕に抱きついてきた。僕もそれには心底驚かされ、涙が引っ込んでしまった。………いや、吹っ切れたんだ。
これだと僕がただの薄情者だと思われるかもしれない。しかし僕は、改めて人に大切だと思われること、心配してもらえること、同情してもらえること、………慰めてもらえること、それらがどれほど人には必要で、奇跡なのかを今実感した。
賢人だってまだ助かる余地はある。そして、にぃさんだって僕が泣き喚くことを望んではいないだろう。彼ならそう考えるはずだ。 だから、僕はこれから肖和、そして八雲としても生きていく。そうしていずれ、
「小惑星を食い止めるんだ。」
………あれ、僕…心の底ではそんな夢を描いていたんだな。知らなかったよ、僕のこと。そして、改めて僕のことを知る機会をくれた二人には、一生頭が上がらないな……
「ど、どしたの…?肖和君。……でも、いい夢だと思うよ。」
そう言って世那は、涙を流していた。え、僕、世那を泣かせるようなことしちゃった…?
「……にぃに、サイテー。」
彗も頬を膨らませて僕のことを見ている。これ、本当にまずいやつ………?
「世那、ごめん!…すぐ離れるから。」
「そうじゃないの。」
そう言って彼女は、僕の袖を掴んだ。
…どうして、彼女は耳を赤くしているんだ。
「私、場違いになっちゃうかもだけど……今、嬉しかったんだよ。」
「そう、なのか?」
僕と彗は、目を見開いて彼女の方を見た。
「…ほら、肖和君って昔から…自分のことよりも他人優先だったでしょ……?」
◆ ◆ ◆
重い荷物を運んでいる子がいてさ、でも君は骨折してた。仲良くもない子。それなのに、
「大丈夫ですか…?良かったら手伝いますよ。」
「でも肖和君、腕……」
「こんなのどうってことないですよ。ほら、」
そんな事言って、無理して持ち上げたら君、骨折が悪化したんだよ。
またまた別の日、君は当時話題だったアニメのストラップを筆箱に付けてて、それもかなり入手困難な物品。
「肖和!これどこで手に入れたんだ?!」
「……普通に雑貨屋で。」
「えぇー、いいなー!それどこ行っても売り切れなんだよ……。」
それを見ていられなくなったのか…君は、
「あの……そんなに欲しいなら、あげようか…?」
そう言う君の表情は、かなり渋かったよね。
しかも、君がかなり頑張って貯めたお小遣いをはたいて買った、当時の君には貴重なお宝のようなものなのに。
極度に優しい肖和君。いつでも自分を犠牲にして、相手に尽くす。
それは、一見素晴らしいことに思えて、可哀想だった。
これは優しさではなく、肖和君が振り回されているだけ。
結局、周りは君を頼るだけ頼って、どこかに行く。
そんなこんなで、肖和君に友達はほとんど出来なかった。私は、それが不憫で仕方がなかった。
後に君と友達になって、賢人君とも友達になって、日々日常を過ごしていく中で、私は思ったの。
賢人君は、自分のやりたいことを追い求めている、夢も大きく持っている。まぁその夢は転々と変わっていくんだけどね。
対して肖和君は、いつでも自分を抑えていて、自分勝手になることを恐れていた。故に、君に夢なんてものは無かったよね。
だから孰、私の夢が出来たの。
『肖和君が夢を持つこと。』
それが、私の今日までの夢。
そして君の夢を、ある日天体という概念が創った。
◆ ◆ ◆
「同時に今、私の夢も叶ったんだよ。」
そう明かす世那の表情は、多少曇りがかっていつつも微かに震えている唇が、小さな微笑みをつくっていた。そして、目の奥には光が灯っていたんだ。
「あ、…ごめんね。今離れるから。」
「世那さんも、自分の感情を押し殺しているように見えるけど。……にぃにのこと好きなら、素直に好きって言えばいいのに。」
その言葉に、世那は更に涙を流した。そして、此処にいる全員が涙を流している状況になったんだ。
「彗、急に何言って…」
「にぃには黙ってて。」
いや今日も今日とて冷たい?!
* * *
「全く。全員泣くなんて見ていられねぇよ。………そして賢人さんや、君はまだ身体に余裕があるんだから…戻ってやった方がいいぞ。」
白い背景の中、八雲はそう催促する。
「そんなの分かってる。でも、此処で消えたら俺、八雲先輩と………」
「なぁ、お前はもしトロッコ問題で、ただの先輩である僕、反対には…大事な親友、その妹がいたら、どっちを助ける……?」
八雲がそう問うと、賢人の表情は徐々に険しくなっていった。
「そんなの……選べな」
「そんなの、今ある大切なものを守る他無いだろ。自分の意味を見いだせ。何の為に助かった?」
「────ごめんなさい。八雲先輩、僕行きます。」
「お前にはもう一度生きることのできる切符があるんだ。第二の人生、僕の分も充実させろよ。」
「………はい!」
* * *
「大丈夫。想いを伝えるのは、この件が落ち着いたらにするから。」
そういった後、世那は「またね。」と言ってその場を後にした。
下手に相手に響かせるような言葉を考えなくても、ただ寄り添ってくれる言葉をかけてくれるだけで、同情してくれるだけで人は、安心出来るんだな。、
「彗も、僕のことを思って探しに出てくれてありがとう。だけど、僕に実は兄がいるってこと、それを黙っていてごめん。」
「いや、私は元々八雲さんをにぃにだと認識してたから。謝ることはないよ。……にしても、世那さんと良い雰囲気になりすぎじゃない?…よりによって私の前で。」
彗はまた別のことで拗ねていたんだ。
「それは、…しょうがないだろ。」
肖和は手で顔を覆い隠す、いわば照れ隠しをしながらそう言う。……可愛いな、にぃに。
すると急に、彗が言い出したんだ。
「そえば、明日から家に帰れるんだよ。」
「あぁ、確かそうだったな。」
避難してきてから三日、一部を除いて避難指示は解除される予定だ。
「だから明日、早めに帰って母さん達の帰りを待とう。」
僕がそう言うと、彼女の表情は曇った。
「う、…うん。そだね…。」
それからは、ひたすらやるせない雰囲気のまま夜になった。
「そういえば、スマホってどうなったんだろ。」
僕はふと、そんなことを思い出した。…そんなことではないか。
八雲が持ち出したきり僕の手元には戻ってきていない。小惑星のことだって、僕は調べたい事が山ほどある。…そだ、世那にでも見せてもらいに行こう。
彗だと、…スマホ一瞬見るだけでもキレるからな。
そうして、僕は世那のいる場所へと向かうのだが、矢先でとんでもないものを目にしてしまった。
「やっと想いが伝わったんだぁ……彼も変わってきているし……。何よりこれでもっと肖和君とお近付きにぃ……!エヘヘ……。」
世那は、足をばたつかせながら簡易布団の枕に顔を突っ込んで、歓喜の嘆息をもらしていたんだ。
同時に僕は鼓動が早まり、自然と口角も上がっているのを実感した。────可愛すぎたんだ。
今日は、もう小惑星とかそういう気分では無くなったな。何故なら、世那のことが頭から離れなくなってしまったからな。
…まぁ取り敢えずバレたら終わりだから、もう戻って寝よう。明日早く帰りたいからな。
僕は心にそう言い聞かせ、自分の場所に戻る。
すると今度は、
「ヤバいヤバい……このままだと世那さんににぃにを取られる……!そんなの絶対に認めないよ…!にぃにが良い方向に変わってきた今だからこそ、私が必要なんだよ……!……もうっ!!」
彗もまた、世那と同じように足をバタつかせながら簡易布団の枕に顔を突っ込み、歓喜の嘆息をもらしていた。いや、こいつはもらすというより叫びすぎだ。
そして、実の妹なのにも関わらず僕の鼓動は再び速くなってしまった。
こんな奇跡的なことあるか…?二人も揃って僕のことを想ってくれている現状。何だそれ。
まぁ此処にも居られないよなぁ……
そうして僕は、再び移動を余儀なくされた。
「寝られないんですけど……」
僕は独りでそう呟きながら、落ち着ける場所、あわよくば寝られる場所を探した。
すると、遠目で僕に向けて「おいでおいで」と指先を動かしている仕草が見えた。
それは、賢人の両親だった。故に、少し行きづらさもあったが、此処でしっかりと話をしないといけない。
「僕のこと…呼びました?」
「うん、呼んだよ。」
「夜遅くにごめんね。肖ちゃん。」
切なげな笑顔で優しく反応してくれたのは、健人の両親────多須 恵美さんと凌吾さんだ。
「えっと、あの…僕の為に賢人さんを危険に晒してしてまい、申し訳ありません。」
僕は、精一杯の謝罪をした。そもそも、僕が両親が見つかっていないなんて言うから賢人が探しに出てくれたんだ。僕のせい以外考えられないよな。
「賢人が、大好きな親友の為に自分で行ったことだ。肖ちゃんに責任を問う理由はないよ。何なら、こっちが謝りたいよ……賢人の捜索で、肖ちゃんのお兄さん、お亡くなりになったそうで…あんなに良くしてもらったのに、何も返せなくて……ごめんね。」
恵美さんの目元には、大粒の雫が浮かんでいた。
「肖和君、君は確か…2.2%小惑星に興味があるんたよね。」
すると凌吾さんが、意外なことを口にした。
「……はい。でも興味があるっていうか…このままじゃまずいっていうか…。」
「それじゃあ、俺が”これから小惑星の行方を知っている”、って言ったら信じるかい?」
「…………、へ?」
何を言っているのかさっぱりだった。そもそも、未来を見るなんてのは今の物理学的に考えておかしい。これがもし本当なら…この世のバグだとしか考えられない。
「ごめんなさい。流石に信じることは出来ない。」
「…………あはは、冗談だよ。」
そう言って微笑む凌吾は、心の奥から何かを訴えかけてくるような気がしたんだ。「お願い、気づいて」と、もう顔に書いてあった。
しかし、そんなことを鈍感な肖和は知るわけもなく……
「もう、ごめんね肖ちゃん。うちの旦那ったらよく変なこと言うんだから。」
「……まぁ、冗談なら。……あ、あの、ありがとうございました。」
そう言って、僕はその場を後にした。しかし、振り向く直前…亮吾さんの面影が、限りなく賢人に見えた気がした。…まぁ家族だし当たり前か。
「小惑星の行方を知っている…これは、後々鍵になってくるような。頭に入れておこう。…………っておい。」
僕が呟きながら自分の場所に戻ると、彗はまださっきと同じことをしていた。何だこいつ、暇なのか。
「っ…!にぃに……。」
しかし今度は、彗に気づかれてしまったらしく、彼女は激しく赤面した。そして矢のような速さで、その場から逃げていった。
まぁ、……寝て忘れよう。そうして僕は、明日早急に帰るために、目を瞑り今日におさらばした。
◇ ◇ ◇
「………。」
そこは、見慣れた天井だった。
「家…。っ家?!」
体育館から家に帰るまでの記憶が無い。誰かに運ばれた…?いや、流石にそれはないな。
僕は体を起こして、家中を探索する。……見たことないテレビ番組。いつの間にカーペットも変わっている。………それに、何だよこれ。
棚には、母さんと父さんが万遍の笑みを浮かべている写真が置いてあった。
「おいおい、流石に気が早すぎだろ……母さん達はまだ生きてる可能性だってあるのに。」
「にぃに、おっは〜…て、どしたの。そんな深刻な顔して。」
「彗、…若干、背伸びたか…?」
僕がそう言うと、彼女は疑問そうに首を「コテッ」と傾げる。
直後、奥の部屋から出てきたのは間違いない
────世那だった。
「世那…?!何で此処に……。」
僕のそう問うと、彼女は悪戯っぽく笑って──
「そんなの当たり前でしょ。私達、”付き合ってるんだから。”」
………………は?
「ちょ、世那さん!!冗談も程々にして!!」
彗の嫉妬した口調に彼女は、「てへっ」と言わんばかりの表情をした。
「と、…まぁ冗談はそんなところにして、……肖和君。異変か起きているのは君だけではないから安心して。」
「え……そうだよな。…これは、異変だよな。」
僕は、その言葉に相当安堵した。
「今、世界で起きている事象を説明します。」
「っこれは、僕達にだけ起きているバグじゃなくて、世界中で起きてるのか?!」
「にぃに、話は最後まで聞け。バカ。」
……サセン。
「さて、今は西暦何年だと思う?」
世那は、ふと質問をしてきた。
「え、……2025年。」
「2029年。」
彼女は、僕を不安にさせない為に言葉を渋ることなくストレートに言い放った。
「そ、…それじゃあ母さん達は……。」
僕が彗の方に顔を向けると、無力な表情で俯きながら首を横に振った。
そんな…いくら僕達が最善を尽くそうと、運命は変わらないのか………
「…あ、じゃあ賢人は………!」
「俺は大丈夫だよ、肖ちゃん。」
今、彼の無邪気な声が確かに聞こえた。しかし、周りを見渡しても存在が確認できない。
すると世那は、自身のスマホ画面を僕に見せてきた。
賢人はそこに存在していたんだ。確かに。
「………良かったよ。賢人…ありがとう、生きていてくれて………」
「肖ちゃん、絶対泣いてるじゃーん。」
「そだよ〜、にぃに絶賛大号泣中だね〜」
「ちょ、彗ちゃんからかわないのー!」
世界のバグが起こっていても、彼ら彼女らはいつも通りのはっちゃけた様子で、いつの間にか僕も……安堵していた。
「……しかし、何で世那が此処に…?」
よく良く考えたら、僕達の家に世那がいることも不思議だった。
「それは……多分2025年から四年後だと、私達────同棲しているんじゃないかな。」
「ふむ、なるほど………………っ?!」
「おぉっと、にぃに…今の世那さんとの関係に興味がおありで?」
「ち、違うわ!!」
僕の羞恥と焦りに、世那もクスクスと笑っていた。
昨日のこともあり、彼女のことは相当意識してしまっていると思う。だけど、…これを表に出したら絶対からかわれる。
「しかし四年後に未来跳躍か。それだと今僕は……21歳か。」
「でもでも、これは全員に起きたバグだから、常識的に見たら君はまだ17歳だよ。」
すると賢人が、鋭い返しをしてきたんだ。
「そして肖和。恐らく君が一番気になっているであろう小惑星なのだが…」
「…あぁ、それは自分で見るよ。」
僕は再び覚悟を決め、スマホの電源を入れる。
しかし、
「あ、あれ。パスワードが…」
「203292。」
「いや何で彗が知ってるんだよ?!」
彼女は僕の言葉に動じす知らんぷりをしていた。
「ま、まぁいいや。」
僕はスマホを開き、例の記事が載っているサイトを開く。
正直、科学の進歩は著しいから2.2%小惑星の存在が忘れられるのも時間のうちかと思っていた。…しかし、そんなことはミリともなかった。
僕が目にした数字、それは────────
『55.2%』
可能性は、上昇する一方だったのだ。
明るめの要素を極力詰め込んでみました。




