4.4話 本来綺麗なもの
◇ ◇ ◇
「あんな事言っておいて何だけど……罪悪感ヤバいね。戻る?」
「世那が躊躇してどうする?!抜け駆けしようって言った張本人だろ……」
僕が世那の大胆な一面が見れて良かった、と思っていたらこれかよ……、しっかりしてくれ。
そして、暫く僕達は無言で歩いていた。しかも何故か僕が先導する形で。にしても、気まずいな……もし、このままの雰囲気で不幸に遭遇したら、それこそ病むぞ。
しかし僕は、彼女らに何の言葉もかけてあげることが出来なかった。そうやって時間は刻一刻と過ぎていく。賢人だって、更に遠くへ行っているかもしれない。
僕がそう考え込んでいたら、ふと彗が質問してきた。
「あのさ、賢人さんに連絡って出来ないの?」
僕は一瞬、その言葉に淡い期待を持ってしまった。───が、彼は恐らく僕に連絡させないように携帯を持っていかなかった。だって置いてあったから。
「賢人の携帯は体育館だ。あいつは持っていかなかった。」
「え、…何で?」
彗は本当に純粋だ。その純粋さが故に、空気の読めない発言、まぁ具体的に言うならば、落ち込んでいる人の心にズタズタと入り込んでくるようなことを言う。
……いいや、何を考えているんだ僕は。彗のことを悪く思いすぎだ。何も悪くないだろ…。
まずい、気分が落ちてきた。
「…?君…?肖和君……?」
「うぁあ!!」
気がついたら、世那の顔が僕の目の前にあった。近すぎだろ?!
「浮かない顔してる。肖和君はホントーに顔に出やすいよね。ほら、眉間にシワが寄ってるぞっ。」
そう言って彼女は、僕の額をデコピンした。
肖和も"僕"に似て、顔に出やすいんだな。
「にぃに、これは私達の重要任務なんだよ?終始罪悪感に追い込まれていたら、元も子も無いじゃん!」
まぁ…一理ある。と、説得力の無いただの主観に、僕は何故か納得してしまった。
そうやって、段々と会話のキャッチボールが続くようになり、雰囲気も安泰してきた時、僕達の踏み出す足が止まった。
「あっ、分岐点。」
「分かれ道みたいだね。」
目の前には、まるで運命を左右するような二つの分岐点があったんだ。体育館から出て暫くは、一本の道だったから迷いは無かったのだけど、ここに来て急に試練が振りかかってきたのだ。
「どちらかは栄光の道、そしてどちらかは空虚な道。」
「ちょ、にぃに。大袈裟なこと言わないでよ。怖くなっちゃう……。」
「そうだよ〜肖和君。どっちに行っても、肖和君の助けたい人はいる。お義母さん、お義父さん、そして賢人君。」
「いや、どちらかに偏っている可能性も…何ならどっちに行ってもいない可能性だって……。」
僕は今、自覚のあるレベルでネガティブになってい…痛っ?!
「だーかーら、にぃに考え込みすぎ。よく考えて行動するのは、にぃにの良いところだって私知ってるよ?だけど、今はそれがかえって周りに気を遣わせちゃってるの。」
彗は、『何故こんなことも分からないのか』と言わんばかりのムスッとした顔で、僕にそう注意を促した。
「じゃあ、こうしよ!……それぞれ二手に分かれるの。私が右に行くから、肖和君と彗ちゃんは左に進んで。その方が、……効率は良い。」
すると、急に世那がそんな提案をしてきた。正直、かれこれ30分程立ち往生した中で唯一の案だったため、僕達も心が揺らいだ。
しかし、
「世那を一人で行かせるのは危ない。現に、お前は自分が方向音痴なの自覚してるだろ。」
僕は、彼女が方向音痴だということを把握していたため、どうしても過保護になってしまうのだ。
「いや、そうだけど…でも!」
「じゃあ私が世那さんと一緒にいく。にぃには男だし、筋トレしてるし、何とかやっていけるでしょ。」
「筋トレしてるは関係ないだろ。…でも、そうだな。彗が傍に居てくれた方が、世那も僕も安心する。」
その言葉を聞いて、世那は頬を膨らませた。対して彗の頬は、淡く桃色に染まっていた。
「じゃあ、何かあったら直ぐに連絡してくれ。ちょっとした事でも良いからな。」
「またまた〜、そう言ってぇ本当は一人じゃ心細いから常に繋がっていたいだけでは〜?」
「もー、彗ちゃんも肖和君をからかったりしないの〜!」
二人は恐らく、僕の気分を落とさないようにと自身の不安も作り笑顔で掻き消しているのだ。更に、そんな二人のことを『大好きだ』と心の何処かで思っている自分が居たのだと思う。
「そうだな。多分…心細いんだと思う。だけど、二人に信用されている以上答えない訳にはいかないよ。」
僕が、心細いと素直に返答すると二人は、目を見開きお互いの顔を見合った。
「じゃあ、行こう。にぃにも、寂しがりなら何かあったら直ぐに連絡してね。」
彗の言葉に僕は、力強く頷いた。
そして肖和は、賢人と同じく一歩一歩、覚悟を決めて脚を踏み出す。
一人で先行きの見えない、まるで未来の小惑星のような道を進むと決心した以上、いくら彼女達の背中が、影が惜しくなろうとも進まなくてはいけなかった。
彼女達の話し声が、段々と遠ざかっていくのが分かる。同時に今、僕は本当に一人なのだと自覚して切なくなった。
「賢人にもこんな気持ちをさせていたのかな。」
彼は今、何処にいるのだろう。何をしているのだろう。そもそも、…生きているのか。
いやいやそんな考えはよせ。最近、自分でも自覚する程に望みもしない最悪の不幸が結構な頻度で脳裏によぎる。本当に、考えたくもないのに。
だから取り敢えず、明るい未来だけを考えて行動しよう。
そうして僕は顔を上げ、手始めに賢人の名前を呼んでみる。
「賢人ー!いるなら返事してくれー!」
直後、木に止まっていた鳥が一斉に鳴きながら羽ばたきだした。心底戻れるならすぐにでも戻りたい、そんな雰囲気が漂い始めた。
僕は更に、更に奥へと進む。こんなにも進んでいるというのに、ずっと虚無。エンプティーロードと言ったところだろうか。
そんな時、メールが入った。
差出人は──────────世那だった。
僕のことを心配してくれての事なのか、はたまた、賢人と再開できたのか…!
高揚と緊張が入り交じる中、僕はメールを開いた。
◆ ◆ ◆
<「賢人君が血流して倒れてる早く来てお願い」
<「救急車呼びたいけどスマホ壊れあ」
<「た」
<「電話かけて」
◆ ◆ ◆
「………は?」
僕はもう本当に何が起きているか理解できなかった。賢人が、?血を…?え、?そもそも、何処にいるんだ……、
刹那、今時期だと遅く、そして冷たい豪雨に見舞われた。同時に頭が冷え、現状をようやく理解することができた。
そして、僕は焦った操作で何回もスマホのパスワードを間違えてしまいつつも、何とか世那に電話を繋げることができた。
(ちょっと!遅いよ!!)
世那の声は、いつもの抑えの効いたトーンとは裏腹に、かなり感情的になっていた。
「本当にごめん!それで、賢人の容態は?」
(顔が真っ青だよ、でもかろうじて心拍はあるみたい。肖和君救急車呼べる?場所はメールで送るから!!)
(せ、世那さん!!賢人さんが変な呼吸し始めたんだけど?!)
「ちょ、二人とも冷静になろう。いいか、救急車呼んでくるから今できる最大限の手当てをしてくれ。」
そして僕は、電話を切って直ぐに救急車を呼んだ。しかし電話の最中にスマホの充電が切れた。まずい、昨日から充電してなかったからだ……。
とにかく一旦、さっきの分岐点まで戻ろう。
そして僕の脚は、その考えが出る前にはもう動いていた。
しかし、入り組んだ道を進んでしまったことに加え、今は豪雨だ。信じられないくらいに方向が分からない。
僕はほぼ勘と運に任せっきりで進んだ。角を出て曲がるを繰り返せばいつかは辿り着くと、そう甘い考えでとにかく進んだ。
走って、歩いてを暫く繰り返していると、次第に身体の力が抜けていくのを感じた。足がもつれ、横腹が張り裂けそうな痛み。
それでもと根性で進んでいると、更には吐き気、めまいをも自覚するようになり、その場に倒れ込んだ。
何が起こったのかと視線を若干上に向ける。するとそこには、『原子力発電所』の案内看板。そうか、僕は大量の放射線を浴びてしまったんだ。
しかし、その事実を知ったとして今の僕では為す術がほぼ無いに等しい。そして、僕はもはや何時間経ったか分からない程、その場でもがいていた。
18時22分、恐らく隕石が衝突してから丸一日が経った。先程雨が止み、土や木々の湿った匂いが鼻に付く。僕は身体に残っている僅かな余力で夜空を見上げる。それは昨日、僕が公園で見た点々と浮かぶ星達だった。それらを見ていると、とあるものを発見した。
「ひしゃくの形……北斗七星。先端の星の間隔を、五倍に伸ばした位置にある─────あった、北極星だ。」
僕達が体育館から出て進んだのは、"南"方向だ。つまり……北極星をずっと追えば体育館に着くかもしれない。
賢人、世那、彗、そして"肖和"とまた逢える…!
そうして僕は、余力を超えた何処から来るのかも分からない力で、あみだくじのように最寄りの角で曲がって北に行きを繰り返した。
そうやって順調に進んで行ったところで、───
……
……
……
◆ ◆ ◆
「にぃさん、いや、八雲…何でそんなにボロボロなんだよ……。」
白い視界の中には、僕を『にぃさん』呼びして心配する、大切な人がいた。
そして、不意に後ろから肩を叩かれた。
「八雲先輩、何があったんですか。肖和なんか、半泣きですよ。俺に、この世で一番大事なのは『自分』なんだよって、教えてくれたじゃないですか……。」
そこにいたのは、僕の大切な後輩だった。
「八雲……、そうだ、僕は…昨日の肖和があまりにも不憫すぎて、偽名を使ってまで賢人を探しに出たんだった……。それなのに賢人だって、僕は見つけ出すことが出来なかった。本当に…不甲斐ないよな。」
身体が消えかけてきた。同時に、純白だった景色が一変して────僕達の思い入れのある公園になった。
ここで、肖和と賢人の三人でよく遊んだっけ。
すると、肖和が僕の肩に手を置いて言ったんだ。
「にぃさん、賢人は生きているから安心して。そして、……必ず見つけ出すから、にぃさんのこと。だから…絶対に生きろ。」
正直今の彼は、泣きじゃくっているせいで言葉がままならない。しかしそこには、愛情が伝わってきたんだ。
そして、僕は賢人の方に目を向ける。しかし彼は、笑顔を魅せるも一言さえ喋らなかった。それでも切なく感じる表情は、情に訴えかけてきているような気もした。
「肖和、賢人、大好きだ。」
「な、なぁ…そんな最期みたいなこと言うなよ…。」
僕は、本当なら肖和と暮らせるはずだったんだよな。母さんと父さんの金銭的な問題で、"双子"の兄である僕は養護施設に預けられ、ほぼ両親には見放されたも同然だった。しかし、そんな僕のことを肖和、賢人はいつも気にしてくれていた。
彼らと同じ高校に入ってきた時は、本当に嬉しかったなぁ。
でも僕は、実の兄弟なのにも関わらず彗には存在を知られていなかった。それが、唯一の心残りかな……それでも、彼女と最後に今日関わることが出来て、彼女を知ることが出来て、本当に良かった。
それじゃあ、もう心残りはないじゃんか。
「小惑星、食い止めるんだろ?賢人に、そして肖和に、栄光がありますように。」
「だからにぃさん!!」
もういいんだ。これ以上、心残りになるきっかけを作らないで欲しい。
「肖和、星ってのは本来、綺麗なものなんだよ。あまり悪く思っちゃダメだぞ。何せ、僕が星になるんだから。」
◆ ◆ ◆
そうして八雲は、二人の暖かい視線に身を包み、この世を後にした。
◇ ◇ ◇
体が左右に揺れる、焦った声が聞こえる。
「肖和君!!!起きて!!」
「肖ちゃん、大変だよ!!」
「……な、何…?」
まだ視界はぼやけていた。意識が朦朧とする中、ある一言で急激に目が覚めた。
僕のことを起こしたのは、賢人と世那の両親だった。
「賢人君がいない!」
「………は?」
何なら、彗も世那も体育館には居ないらしい。何がどうなってるんだ?と、取り敢えず連絡……って、スマホも無い?!
僕は、何か知ってそうな人に声をかけた。
話によると、何やら外に出た痕跡があるそう。そして、男女二人が急に拍手を始めたらしい。何だそれ。しかも、その二人の似つき具合はまるで兄弟のようだったと。……それじゃあ関係ないのか……?
もう何が何だか分からなかった。小惑星の衝突確率13.8%を見たときから、何も考えられずに寝てしまっていた。その間で本当にまずいことになった。この上なく外に出たい。
そして、何も出来ずにあたふたしてから随分時間が経ち、外は既に星で満ちた頃────
「はい、ごめんなさい。」
「気をつけます…」
何とも暗い顔で警備員に叱られていた、雨でずぶ濡れの二人が、────そう、彗と世那だった。
同時に僕は、抑えていた不安が爆発し、彼女らに飛びついた。
「二人とも、何処行ってたんだよ……!!」
その言葉に二人は、困惑していた。
「にぃにこそ、何処行ってたの!」
「賢人君だって、危なかったんだよ!!」
「僕は今日、ずっと此処にいたよ。それで、賢人が危なかったってどういうことだ………?」
二人は、本当に困惑していた。
「だから言ったじゃん、賢人君は、血を流して倒れてたからって……肖和君が救急車呼んでくれたんだよね?」
僕も、その言葉を理解するのは頭が足りなかった。賢人が血を……?僕じゃない誰かと……?
……まてよ、僕じゃない人と一緒に行ったんだよな。そして僕と見間違える程の姿……それって─────────
「そ、それは、恐らく僕の"にぃさん"だ。」
僕が言い終わって顔を上げると二人は、特に彗は絶句していた。
「ちょちょ、ちょっと待ってよにぃに。私の兄弟は、にぃにだけだよね……?」
「それじゃあ彼は、まだ戻ってきていないの……?」
そうだ。つまり、まだ戻ってきてないということになるのだ。もしこのまま、賢人とにぃさんを失うと考えてしまうと、本当に胸が張り裂けそうになる。
……その時ふと、誰かに肩を叩かれた。何か、逃れることのできない劣悪な運命を感じつつも、耳を傾けることにした。
「君、もしかして大星 八雲さんのご家族?」
聞いた事の無い声、緊張感を感じる。
「は、はい。弟ですけど……」
「………そうなんだね。…えっと、非常に申し訳にくいんだけど………」
まずい、肖和の顔がどんどん引き攣っていく。
「八雲さんが、先程……」
見ていられない、瞳の輝きが消え失せた。
「ご遺体で発見されました。」
暗い内容を立て続けに作ってしまいました。次回からは、明るい内容になるよう務めて参ります。