3.3話 集団心理
『小惑星が、2032年冬地球に衝突する可能性「2.2%」。』
この記事を読み、驚愕してからまだ半日も経っていない今────、既にその確率は『13.8%』にまで上昇していた。
これ程の上がり幅なのに対し、メディアはその事象を信用せず、大きくは取り上げようとしない。
「所詮ESAの言うことだ」と言わんばかりに。
僕、大星 肖和は先程支給された簡易型布団に身を包み、無謀な事ばかりを考えていた。
そして僕は、動くことも出来ない自分への無力感と、それでも助かるかもしれないという淡い期待に感情を任せ、────とにかく願った。
「父さん、母さん……無事でいてくれ、どうか…また何処かで会えますように。」
僕はそう呟いた後瞼を閉じて、不安と焦りで駆られる一日が幕を閉じた。
◇─◇─◇─賢人
俺、多須 賢人は、先程肖ちゃんに「一旦家族の所に戻るね!」と言ってその場を後にしたのだが、本当のところ、それは ”嘘” だ。
俺と世那ちゃんは、無事家族と再会して安心できた。でも、肖ちゃんだけ不安の念に駆られるってのは話が違う。
だから俺が、肖ちゃんの代わりに彼の家族を探す。俺が、彼を助けんといけない。
そうして俺は、肖ちゃん含め人々が大体眠りについてきたタイミングを見計らって、体育館の抜け道を探して外に出ることにした。
歩いていると、時々起きている人に変な目で見られる。俺そういうの苦手なんだ……
偶々開いていたシャッターを潜り進んでいくと、
「おっ、窓発見。…でも高いな。」
しかしそんなことは想定内。俺には ”魔法” が使え、………ない。あっ、でも横にある跳び箱台に乗れば、ギリ届くか……?
俺は ”バレー部” だ。本気で飛べば、多少高さのある窓でさえも届くはずだ。
しかし、俺は跳び箱から盛大に転げ落ちた。
「痛っっ……………ぁ。」
全く……さっきまでの茶番は何だったんだ。
俺が落ちた刹那、視線の真中には裏口が写った。
裏口の扉を開けると、その向こうには一切の響きが無く、もはや時空さえ違うのかと思ってしまう程の空間が広がっていた。
俺らの普段見ている風景は、異様な程に静寂で包まれていた。いや、静寂一つで片付けられるものではない。
「あーー、あーー。」…そして手を叩いたりもする。
此処では一つ一つの動作が本当によく響くのだ。一歩一歩の足踏みでさえも、銃声にさえ聞こえてしまう。
そして、俺は此処から約6kmも離れている原子力発電所付近を目指すことにした。そこになら、肖ちゃんの家族がいるかもしれない。
そう、微かな希望を俺は走りに託した。
道中には、焦って逃げた人々が落としたであろう、キーホルダーや鞄、写真…更にはPCなんかも落ちていた。
よほど焦っていてそれどころでは無かったのだろう。それらを俺は拾ってあげようと思ったが、逃げ出したことがバレるので一応やめておいた。
様々な景色を見ながら道中を進んで、約二時間。
足がかなりもつれてきた。一歩一歩が重く感じるため、踏み込みが強い。故に足音がより銃声のように響く。
現在、深夜の0時44分。太陽は真逆に位置しているため、流石に空が暗い……というか黒い。街灯も停電により灯っていないため、気の強い俺でも恐怖を感じる。
刹那、とてつもない吐き気と脱力感に襲われた。足がくすぐったい、足が痺れる。心臓が締め付けられる、そんな気がした。
俺は道路の隅に行き、家の塀に寄りかかった。
少ししたら落ち着いてきたと思いきや、今度は視界に黒いぼやけが入ってきた。目も回る。次第には顎が動かずに助けが呼べなくなった。
今から戻るにも、二時間以上はかかる。
何せ、此処には人がいない………
そう思って視線を凝らすと────────
大事なものを抱えて倒れている人がいくらかいた。
……そうだ。皆大切にしているものを抱えているが、此処に倒れている人々は気づいていなかったんだ。
────自分が一番大切だということに。
無論それは、俺にも言える事だった。俺は、肖和のことしか考えてなかった。自分が周りを大切だと思うように、周りも僕を大切だと思ってくれていたんだ。
それに、あと一分でも早く気づいていれば……。
そして俺は、本当に申し訳ないが、俺を大切にしてくれている人達の元へ戻ろうと必死で足を踏み込んだ。
十歩進んでは横たわって、もう二十歩進んでは過呼吸を起こして、そうやってもう何百回も繰り返し、必死で戻ろうと足掻いた。
深夜の3時12分。
まだ生きている。それが唯一もの救いだ。俺は、何処から湧いてくるのか分からない体力で順々と体育館まで進んで行った。
すると、急に瞬速の勢いで燕が落下してきた。驚いている暇もなく、燕の嘴が俺の腕をかすった。燕は、地面に落ちたきりピクリとも動かない。
恐る恐る腕を見てみると、それは結構深めの切り傷だった。直後の痛みはそれ程でも無かったが、時間経過と共に痛覚が研ぎ澄まされていく。何より出血がすごい。
俺は持っていたタオルを腕に強く当て、止血しながら足を踏み込んでいった。
3時55分。
普通だっだらもうどっぐに腕の血ば止まっでいるばずだが、何故が俺の血小板が仕事をじない。
ぞれどごろが、先程よりも吐き気や脱力感、更には極度の痙攣まで起ごずようになった。
体育館ばまだ見えでいない。
寒気が、ずる。
脚が、うごがない。
ぞれでも俺ば、皆のもどに戻ろうど、安心ざぜようど必死だっだ。じがし、神様ばぞんな事知っだごっぢゃない。身体の震えが、どまらない……
……
………
…………
◆◆◆
「何でそんなに泣いてるんだ?賢人。全く、本当に泣き虫なんだよなぁ。」
そう言って、肖ちゃんは俺の頭を「ポンッ」と軽く叩いた。
「肖ちゃん、寝てたはずじゃ……?」
俺が彼にそう問うと、彼──肖和は、俺に初めて魅せる万遍の笑みでこう答えた。
「何言ってるんだ?賢人と、世那と僕の三人でさっきまで表彰されてたのに、緊張しすぎて覚えてないか?……偉業を成し遂げたんだよ────小惑星を食い止めるってな。」
直後、世那も俺のところまで歩み寄り、更には俺の涙を拭いながらこう言う。
「賢人君、限界を超えてまで私達の為に尽くしてくれたもんね。こうやって表彰されるのは、ちょっと照れくさいけどさ、君はもっと自信を持ってもいいんだよ?だから……本当にありがと!!」
彼女もまた、今までに見たことの無い万遍の笑みを魅せてくれた。
二人とも幸せそう…………、しかし──────
”存在しない記憶”。
こんな思い出は無い。しかも、小惑星を食い止める……?…無謀な話だ。
それでも俺は思った。
彼らなら実現しそうで怖いんだよなぁ……。
◆ ◆ ◆
明けの明星が顔を出す、4時55分。
───遂には、とても幸せな心地で溢れた。
◆ ◆ ◆
「……!……っ!……きて!にぃに!起きて!!」
黄色い光が肖和の顔に差す。僕は、彗に揺さぶり起こされた。昨日の今日だということもあり、大分疲労感に苛まれていたのか、僕は起きるのを拒否した。
………外だって、出ることができないというのに。
「にぃに〜!!起きてよ!!賢人さんが!!」
僕はその『賢人』という二文字だけを聞いて、音速の勢いで飛び起きた。同時に嫌な予感もした。
「賢人が、何だって………?」
僕は、恐る恐る彼女にそう聞いた。
しかし彗は、僕を揺さぶり起こしたものの、少し怖くて言葉に出すのを拒む。僕が昨日あれ程落ち込んだのを見てしまったからだろう。
彗が言葉に出すことを渋っていたら、丁度良いタイミングで世那が駆けつけてきた。
「彗ちゃん!、…肖和君、賢人君が……何処を探してもいないの。」
「…それは、 ”駆け落ち” ってことか………?」
「もしそうだとしたら、何で………」
世那は、普段見せる温厚な表情とは裏腹に、引きつった目で険しい顔をしている。
そして僕は、賢人が失踪した理由を、暫く有り得そうなパターンで幾つか考察していた。
そこで、一つの答えか思い浮かんだんだ。
「賢人は、…僕らが未だに両親と再会できていないことをずっと不憫に思ってくれていた。アイツは行動力が鬼だから、もし探しに出たとしてもおかしくはない……」
僕がそう言い終える前に、彗と世那はリュックを手に持ち外に出る準備をしようとする。
「ちょ、ちょっと待て!外に出られるのは明日からだぞ?」
「じゃあ何、にぃには大事なお友達を、親友をこのまま放置するわけ?」
彗は、何時にも増して真剣な顔をしていた。
これはマジの表情だ………
「いや、そう言うわけじゃ…にしても、彗は賢人との直接的な関わりは無いだろ。」
すると、世那ちゃんも僕の肩を優しく叩いて言う。
「今躊躇したら、肖和君の望む未来が全て崩れるよ。明日とか抜かしている場合じゃない。賢人君に助かって欲しいと願っているなら、今動くべきじゃない?」
この隕石災害という事象の中で、彼女達……だけではない───ここにいない賢人の行動力さえも鬼にしてしまった。
そうだ、”今” 動かなければ ”未来” は保証されない。それに、僕以外はもう覚悟が決まっているんだ。
「抜け道を探して出よう。」
肖和は結局、賢人と同じ思考をしていたんだ。
そして、その提案に二人も、
「そう来なくっちゃ、にぃに…!」
「後悔はさせないから!」
覚悟の顔を魅せてそう言ったんだ。
「にしても、こんなに人で溢れかえっているのに、一体どうやってここから抜け出すんだ?どこかでバレちゃうだろ。」
僕は、それが唯一の疑問点だった。
すると彗が、僕の顔を覗いて言った。
「なーに言ってんの?にぃに。人で溢れかえってるからこそ、私達には戦略があるのさ。」
彼女の戦略というのは、大抵支離滅裂な机上の空論で、破綻しがちだ。
すると今度は、世那が彗の後ろから回ってきて、僕に耳打ちをした。
「集団心理、だよ。」
「集団心理?何だそれ。」
「まぁまぁ説明を聞いてね肖和君。まず私達は、廊下を回って裏にあるシャッターを開けて、窓から出ます。」
「にしてもだ。あそこのシャッターは開ける時、物凄い騒音がするぞ。」
僕が世那の話を遮って異を唱えると、彼女は僕の唇に人差し指を当て、
「だから、集団心理を使うの。」
そう、あざとく言って見せた。そこからは、僕の不安をかき飛ばそうとしてくれている意図も見えた。
「なので今から肖和君と彗ちゃんには、大きく ”拍手” をしてもらいます。」
「え、急に何?!」
「だからぁにぃに。話は最後まで聞け。」
今日はツッコミが鋭い?!
「とにかく二人とも、変な目で見られたとしても拍手を続けて。絶対にやめないでね。」
彼女はそう言った直後、走って何処かに行ってしまった。
拍手……?集団心理……?これらに一体何の関係が。
「にぃに、拍手するよ。」
彗は僕に、覚悟の意を見せた。
ここでやらなきゃ僕は、最悪な今から逃げることになる。栄光のある未来を掴むために、今は注目される羞恥心を捨てることが大事だと─────彗の赤い耳をみて確信した。そう、僕の妹だって緊張はするんだよ。
「あぁ、幸福降臨の儀式ってな。」
僕はそう言った直後、大きく拍手を始めた。彗も僕の後を追って拍手を始めた。
最初こそ、周りから冷たい目で見られていた。しかし、耳を澄ますと一つの拍手が、更には耳を澄まさずとも拍手が聞こえる程になってきた。最終的に、皆何が起きているとも知らずに大拍手が起きていた。
これが集団心理ってやつなのか。
大拍手の中、世那が僕たちの元に来てシャッターの場所まで誘導してくれた。
「肖和君、もう分かったよね。私が言った意味。」
「あぁ、集団心理で大拍手を起こし、シャッターの騒音をかき消したのか。」
「やるじゃん!世那さんも、にぃにも!」
彗はもう、本格的に子供味が抜けていた。
そして僕達は、騒音シャッターを開けた。
「あれ、窓から出ようと思ったんだけど………よく見たら裏口あるじゃん。肖和君!裏口あったよ!」
そこには、賢人が見つけたものと同じ裏口があった。
「えっ?あったの?」
肖和は跳び箱に足を掛けていた。しかし視線を外した直後、彼もまた、跳び箱から転げ落ちた。
その様子に二人は微笑む。いや助けろよ。
「じゃ、にぃにと世那さん、そして私でやっちゃいますか─────────駆け落ち。」
◇ ◇ ◇
今回のお話は、小惑星とはかけ離れたもので申し訳ありません。次回からは小惑星も関わってきますのでお楽しみに。
※この物語は、事実に基づいたフィクションです。