獣人区画の真実
潜入から二週間が経過し、ロバートは獣人区画の警備に配属された。
異世界の住人たちの管理や研究補助を目的とするこの区画では、獣人たちが狭い部屋に押し込められ、実験材料として扱われている。
「ハーフウルフって、どんな種族なんですか?」
ロバートは同行するパーシー刑務官に尋ねた。
「亜人種、デミ・ヒューマンの一種だ。狼と人のハイブリッドってところだな。力も俊敏さも人間の比じゃないが、獰猛で扱いにくい」
「なるほど……」
ロバートは興味深そうに頷きつつ警戒心を高めた。
(獣人区画の警備は、これが初めてだ。ここで得た情報をアルフレッドさんに伝えれば、大きな手掛かりになるかもしれない)
彼らは防護服を装着し、消毒を経て獣人たちがいる部屋に入った。
電動ドアが開くと、部屋の中は干し草で覆われた床が広がっていた。その上を走り回る影が二つ。一つは巨大な灰色の狼、もう一つは茶色の毛皮のような服をまとった少女――いや、ハーフウルフの少女だった。
「遅いじゃないか。先に始めているよ」
研究員が記録用のタブレットを片手に、ロバートたちに声をかけた。
「一人で始めるなんてあまりにも危険です!もし何かあれば……」
パーシーが警戒するように言うが、研究員は意に介さない。
「大丈夫だよ。あの狼には興奮剤を投与してある。どこまでハーフウルフが対応できるかを試しているだけだ」
「大事な研究対象なのでは?」
ロバートは冷静を装いながらも疑問を投げかける。
「見ていれば分かるさ。さあ、楽しみなさい」
ハーフウルフの少女は機敏な動きで狼に飛びつき、その背中に噛みついた。「ベリッ!」と肉を裂く音が響く。狼は血を流し、苦痛の声を上げるが、彼女は一切手を緩めない。
「これ以上は危険だ!」
ロバートは思わず叫んだが、研究員もパーシーも微動だにしない。
(彼らは、命を命と思っていないんだ。)
解剖室での光景が脳裏に蘇る。ロバートの中で何かが弾けた。
「やめろおおおお!」
ロバートは突如雄叫びを上げ、狼と獣人少女の間に飛び込んだ。
「何をしている!?」
研究員の声が響くが、ロバートは構わず叫び続ける。
「こんな実験、無意味だ!」
その瞬間、獣人少女が低く唸り声を上げた。
「邪魔をするな!」
彼女の声とともに鋭い衝撃がロバートの横腹を襲い、視界が暗転した。
気が付くと、ロバートは干し草の床に倒れていた。腹部には鈍い痛みが走り、体を起こすのも一苦労だ。
「……何を考えているんだ、お前は」
見下ろしているのはパーシーだった。彼の顔には呆れと怒りが入り混じっている。
「お前みたいな甘い新人が、この研究所で生き残れると思うなよ」
パーシーは吐き捨てるように言い、立ち去っていく。
「……す、すみません」
小さな声で謝るロバートに、ハーフウルフの少女が近づいてくる。
「どうして、あんなことをした」
彼女の声は低く、警戒心が滲んでいた。
「君たちが傷つくのを見たくなかったんだ」
ロバートはそう答えると、彼女はしばらく無言で見つめた後、ぽつりと呟いた。
「お前、変な奴だな」
その言葉に、ロバートは微かに笑みを浮かべた。